第493話 本物の中の本物

 タウロ達一行はハラグーラ侯爵の城館へと戻った。


 入城する時に厳しい検閲をされたのは、心外であったが、出入りに厳しいのは悪い事ではない。


「警戒が厳しいな。聖女一行に対してもこれなら、部外者が入る余地はなかったかもしれない」


 タウロは自分達の案内で真聖女マリアを入城させようとしなくて良かったと思うのであった。


 きっと、厳重な取り調べが行われ、入城を拒否される可能性の方が高いだろう。


 聖女一行から許可をもらっているわけでもないから尚更だ。


 こうして、タウロ一行は案内係を称するハラグーラ侯爵領側の兵士に先導されて自分達が宿泊する部屋に案内された。


 案内先は聖女一行、それもルワン王国側の強い勧めで特別室が用意されていた。


 ただし、五人全員同室なのでハラグーラ侯爵側はそこまで特別視してはいないようだ。


 タウロ達が大部屋よりはマシだと話していたところに、ルワン王国のドナイスン侯爵の使者が訪れた。


「タウロ殿達に折り入ってご相談したい事があるそうです」


 使者は用向きを簡潔に伝えた。


「……わかりました。僕達五人全員で大丈夫ならそちらに向かいます」


 タウロは良いタイミングとばかりに頷いた。


「それでは先にそう伝えて参ります」


 使者は頷くとそそくさと部屋を出て知らせに向かうのであった。


「ラグーネ、『次元回廊』を開いて。マリアさんに今から例のやつを知らせるよ」


 タウロはラグーネにそう告げるとすぐにヴァンダイン侯爵領まで移動し、マリアに伝え、準備してもらうのであった。



 こんこん。


「どうぞ」


 ドナイスン侯爵の声が扉の向こうからする。


 この部屋は聖マチルダの扉の前だ。


 どうやらそこに関係者が集まっているようである。


 タウロとエアリスは頷くと扉を開けて室内に入った。


 中には聖女マチルダをはじめ、ドナイスン侯爵、その側近、護衛の騎士数人が待機していた。


「よくぞお越し下さった、タウロ殿。さあ、お座りください」


 ドナイスン侯爵がタウロとエアリスに席を勧める。


 ラグーネ、アンク、シオンの三人は護衛役扱いだ。


 タウロとエアリスは着席すると早々に、


「それでご相談とは?」


 と確認した。


「……実はですな。聖女殿がまた、『祝福』を使えない状態になりまして、お二人にまた例のをご協力できないかと……」


 ドナイスン侯爵は不機嫌そうな聖女マチルダをわき目に二人に協力をお願いした。


「バリエーラ公爵領での阻害魔法に比べ、ここのものは桁が違います。エアリスも確認していますが、このレベルではエアリスのそれっぽい魔法も使用する事が出来ないようです」


 タウロは慎重にエアリスが使う魔法は『祝福』ではないと匂わせつつ伝えた。


「……やっぱり、エアリス嬢も『祝福』が使えるのね?」


 聖女マチルダは、バリエーラ公爵領での『祝福の儀』でエアリスが使った魔法を身を以て感じたのだろう多少確信めいたものを含ませて聞いてきた。


 エアリスは現在『聖女』スキルにいつの間にか目覚めているから、聖女マチルダと同じ立場、いや、実力的にはそれ以上だが、それは秘密である。


 タウロはエアリスに代わって聖女マチルダの質問に答えた。


「それっぽいものですよ。そして、その魔法もこの領都の中では聖女マチルダの『祝福』と同じく使う事が出来ません。それはそっち系の魔法が使えない環境がここにはあるからです」


「そっち系の魔法?」


 ドナイスン侯爵が、タウロの言葉に疑問を感じて口を挟んだ。


「ええ。この領都全体には、とても強力な結界呪術魔法が掛けられているようです。それがある種の魔法に反するもののようです。ですから聖女様の魔法もエアリスの使うそれっぽい魔法も使用が出来ないようです」


「それでは、招かれた聖女殿が恥をかくだけではないか!」


 ドナイスン侯爵はタウロの言葉にハラグーラ侯爵の意図がわからず、憤慨した。


「──ですが、この領都に掛けられている強力な魔法以上のものを唱える事が出来れば、問題無く『祝福』は発動すると思いますよ」


 タウロは早速、交渉に出た。


「そんなの無理よ!聖女である私が強く肌で感じるのだもの。これだけ私の『祝福』に反する結界呪術魔法に対して、それ以上の威力で魔法を唱える事はエアリス嬢にも不可能よ!」


 聖女マチルダはタウロの提案はエアリスにやらせるものだと思って即座に否定した。


「落ち着いて下さい、聖女様。エアリス嬢では無理だと先ほどお伝えしましたよ」


 タウロは笑みと共にやんわりと答えた。


「じゃあ、どうするのよ!私に恥をかかせる気なの!?」


「だから落ち着いて下さい、聖女様。エアリスには師匠がいます。その方ならこの程度の結界魔法以上の『祝福』が使えるそうなので、その方に当日、聖女様が『祝福』を使ったように見せる事が可能だそうです」


「エアリス嬢の師匠?」


 ドナイスン侯爵が興味を持った。


「ちょっと待って。私以上の『祝福』を使える人がこの世に存在するわけがないでしょ?私はこの約百年、現れなかった唯一の聖女よ?エアリス嬢が私と同じような魔法が使えるのは知っているわ。でも、この領都を覆う魔法以上の『祝福』を使える人は存在する事自体があり得ないわ」


 聖女マチルダの言う事ももっともだ。


 竜人族以外では。


「エアリスの師匠にあたる方はそれが可能です。もちろん、この事はみなさんには口外厳禁でお願いします。広まればルワン王国の聖女という外交カードも失われる事になりますし、エアリスの師匠も迷惑なだけなので。──それではここに呼んでもよろしいでしょうか?」


「近くまで来ているのか?そのエアリス嬢の師匠とやらは?」


 ドナイスン侯爵が藁にも縋る思いでタウロに聞き返す。


「実は隣の部屋にすでに待機しています」


 タウロはにこりと笑顔で答えるとラグーネと二人隣の部屋に移動する。


「……隣の部屋は聖女殿の寝室だぞ、タウロ殿。あまりおふざけが過ぎませんかな」


 ドナイスン侯爵はタウロの悪い冗談と思ったようだ。


「それでは少し、お待ち下さい」


 タウロは答えると寝室の扉を一度閉じた。


 十秒後、扉が開く。


 最初にラグーネとタウロが寝室から出て来た。


 そして、その後から神々しい光を放つかのような一人の美女が現れた。


 あまりの美しさとそのオーラにドナイスン侯爵以下一同は呆然とする。


 それは聖女マチルダも同じであった。


 真聖女マリアは、この勿体ぶった登場の為に、真聖女の能力をあらかじめいくつも発動させて現れたのであった。

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