第492話 歪な力

 タウロ達一行は真聖女マリアを伴って、ヴァンダイン侯爵領から『次元回廊』を通って、また、ハラグーラ侯爵領都に戻って来た。


 天翔竜騎士シド、天意魔導士スレインは伴っていない。


 ヴァンダイン侯爵領の守護者として残る事にしたのだ。


「……この魔力の流れは歪ですね」


 真聖女マリアは到着するなり、領都を覆う魔力の気配に眉を潜めた。


 そして続ける。


「これは多分、結界魔法と呪術を組み合わせて作ったものかと思われます。よくこのようなものを作ったものです。この規模だとこの領内のみならず、隣接する領地からも魔力を集め、領都とその周辺の大地や人間に恵みを与えているのだと思います。例えば豊作が続いたり、病気になりにくくなったりとか」


「聞く限りではこのハラグーラ領都にとっては良い事尽くめっぽいけど、そうではないんですか?」


 タウロが真聖女マリアの説明を聞いて、首を傾げた。


「ええ。この領都は栄えるでしょうが、それは周囲の犠牲があってこそです。多分、周囲の土地はこの領都に反して徐々に不作に困る事が増えたり、病気が発生したりとこの領都周辺と逆の事が起きているのでは?長期的に見ると周囲の魔力が枯渇した時の反動が怖いですね。呪術の転用ですから副作用がないわけがありません」


 タウロの質問に首を振って答えるのであった。


「それにこの感じ、バリエーラ公爵領での『祝福の儀』での祝福を使えなくしたものと一緒だから、やっぱり、妨害していたのはハラグーラ侯爵によるものだったという事よね」


 エアリスが真聖女マリアの言葉に確信を得てそう指摘した。


「じゃあ、あの時、帝国兵の誘拐未遂の他にハラグーラ侯爵による妨害行為も起きていたという事になるが、まさか、共犯じゃないだろうな?」


 アンクが、疑問を口にした。


「……それは偶然じゃないかな。帝国兵は間違ってエアリスを狙っていたわけだし。今考えると放火は帝国兵によるものだろうね」


 タウロがようやく点と点が結びついたとばかりに答えた。


「放火は護衛の近衛騎士や、バリエーラ公爵領の領兵の練度を確認する為のものだったのだろうな。祝福の儀の妨害行為は、無難に見てハラグーラ侯爵の孫、スグローかその取り巻きが犯人ではないか?」


 ラグーネもタウロに納得して事件を紐解いた。


「そうね。あの時よりも大規模なものが、この領都を覆っているのだけど……、この魔法、一朝一夕で出来る規模じゃないし、開発するにしても相当な魔法技術を持った人物が関わっていないと不可能じゃないかしら?」


 エアリスが真聖女マリアに確認するように指摘した。


「竜人族の研究者ならすぐに分析して作れるレベルだとは思うけど、人族がこれをゼロから作ったとしたら、それは聖女系の魔法にも精通している者だわ。わざわざそれを反転させて周囲から魔力を吸収し、領都周辺の設備に集め、それを中心にある設備で変換して領都全域に行き渡るようにしている。やり方や呪術を使用している事から、やっている事はとても歪だけど、この領都を栄えさせたいという意図はわかるわ」


 真聖女マリアは未熟な方法だと言いたいようだ。


 そして、続ける。


「タウロ殿、どうしますか?呪術体系の設備だと思うので、私が『真の祝福』を唱えれば解呪効果などで破壊する事は出来ると思います。その代わり色々と大騒ぎになるとは思いますが……」


 真聖女マリアは大きな騒ぎでタウロ達に迷惑が及ばないかと気を遣ったのであった。


「……そうですね。例えばですが、誰かの『祝福』に合わせて唱え、その人がマリアさん規模の魔法を使ったように見せる事は可能ですか?」


「可能ですが、なぜです?──なるほど、話に聞いた聖女マチルダという女性が唱えたように見せるのですね?」


 真聖女マリアはタウロが何を言いたいかすぐに察した。


「はい。それならばハラグーラ侯爵側は自分達で招いた手前、『祝福の儀』で起きた事ですから文句も言えないでしょう?突然解呪されて設備が壊されたら犯人探しに躍起になるでしょうが、これなら原因はわかっているからあちらも騒ぐわけにはいかないかと。それに聖女マチルダを要するルワン王国側の面子も保たれます」


「そうなると、私が聖女マチルダの傍に付き添ってその『祝福の儀』とやらに参加しないといけません。あと、今後の学習の為にもエアリスも参加しなさい」


 マリアは師匠としてエアリスの成長の為に傍で経験をさせて上げたいようだ。


「私は構いませんが、聖女マチルダが納得するかどうか……」


 エアリスはマチルダとの間には、もう、しこりはないと思っているが、それはあちら次第である。


「私は一旦ヴァンダイン侯爵領に戻してもらい、その聖女マチルダに会う時にまた改めて呼んでもらってよろしいですか?」


 真聖女マリアは何か思いついたのかそう提案した。


「……?──あ!……演出ですね?」


 タウロは真聖女マリアの狙いが何となくわかった気がした。


「どういう事だ?」


 アンクが何の事だがわからず、説明を求めた。


「聖女マチルダは自分が百年ぶりに現れた聖女だからと自分を特別扱いしているから、そんな彼女にマリアさんがそれ以上の人物だとわからせる為の演出が必要だという事さ」


 タウロが答えた。


「実力でわからせればいいのではないか?」


 ラグーネがもっともな疑問を口にした。


「それでもいいけど……。でも、それだと『祝福の儀』の前に騒ぎになるかもしれないじゃない?いや、絶対なるよね?」


 タウロは真聖女マリアが実力を見せたら、ルワン王国側の人々が騒ぐ事になると容易に想像できるのであった。


「……そうね。──それでマリア。私は何かした方が良いのかしら」


 エアリスは師匠にだけ任せるわけにはいかないと思ったのだろう進んで何でも行う姿勢を見せた。


「エアリスはまだ、修行の身でしょ。今、目立って注目を集める必要は無いわ」


 真聖女マリアは謎の女性扱いが出来るが、身元がバレているエアリスが聖女の能力を示すと大騒ぎになる事は間違いない。


 今後の生き方にも影響を及ぼすだろう、それを真聖女マリアは案じて気を遣うのであった。


「それではラグーネ」


 タウロはラグーネに『次元回廊』を開かせると、真聖女マリアを一旦ヴァンダイン侯爵領に送り返すのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る