第496話 惨状と事実

 ハラグーラ侯爵の腹心である冷静沈着なアレクサは現場である城館地下施設の破壊尽くされた有り様に、普段の氷のような表情から一転、呆然としていた。


 ハラグーラ侯爵家百年の研究により蓄積された知識と技術、そしてその集大成を基にアレクサが完成させた施設であったから、その惨状が信じられなかったのだ。


 施設は防衛機能にも力を入れていたし、万が一に備えた対応策も万全だった。


 呪術系の弱点である呪術返しにも身代わりとなる呪術防壁も用意していたのだ。


 それらがすべて吹き飛んでいた。


 地下施設内で日夜働いていた者達は文字通り四散していた。


 生存者がいない程の呪術返しが行われたのは確かだ。


 だが、アレクサはそれが聖女の『祝福』によるものとはどうしても思えなかった。


 自分は聖女系の魔法について人よりも詳しかったから王都で拝見した聖女マチルダによる『祝福』の能力がどの程度のものか理解していたのだ。


 確かにバリエーラ公爵領での『祝福の儀』妨害には失敗したという報告は聞いていた。


 だが、それは想定の範囲内だった。


 自分の計算より能力が少し上だっただけの話だ。


 だが、このハラグーラ侯爵領都のものはそれらの比ではない。


 なにしろ施設を作る際の研究の末端の産物として『祝福』妨害の術が生まれたから、元となる術は聖女マチルダ程度の術では破られるものではないのだ。


 だからアレクサは『祝福』程度では施設が破壊されるわけがないという自負がある。


 しかし、実際、施設が全ての研究成果と共に破壊されてしまったのも事実である。


 今では手に入らない古代魔物の魔石も使用していたがそれも粉々に破壊され、復元は不可能なのだ。


 そこに次々と領都周辺の塔の施設もことごとく破壊され、甚大な被害が出ているとアレクサの元に次々と報告がやって来た。


「あまりの破壊力に塔が全壊しているところも多数あります!……どういたしましょうか?」


 アレクサに部下達はどうするべきか判断を促す。


 直接ハラグーラ侯爵に確認すると怒鳴られるので、みんな侯爵のお気に入りの側近であるアレクサにお伺いを立てる方が安全な事を分かっているから、こちらに確認するのだ。


 もちろん、このアレクサには暗い噂が付きまとっている。


 ハラグーラ侯爵の命令を失敗した同僚が突然失踪した時にこの黒髪、銀色の目をしたこの側近が一緒に目撃されていたなんて事はよくある話だ。


 だが、それはハラグーラ侯爵に対して忠実だから、その命令で動いているだけだと部下達は思っていたから、普段の公爵への報告は全てこのアレクサを通すようにしていたのであった。


「……全壊なのですね?」


 報告を聞いたアレクサが部下に聞き返した。


「……はい。内側から破裂したように全てが破壊されていました。──そう、この地下の状況によく似ています」


 部下は地下の惨状も負けていない事にようやく落ち着いて気づくとそう答えた。


「……わかりました。主にはそう伝えておきましょう。今は、詳しい被害状況を数値化してください。──施設の関係者は全て死亡……ですか?」


「……残念ながら。現場に居合わせた者はみんな亡くなったようです」


 アレクサはそれだけ聞くと、手で出て行くように促すと一人その場で考え込んだ。


「……やはりどう考えてもあの聖女の『祝福』でこの惨状になったとは考えにくい。それに、この威力の呪術返しを出来る者自体が存在するわけがない……。そうなると各施設を同時に攻撃した何者かがいる?──それだけの能力者を多数用意できるとなるとそれは国家レベルになってくる。それは帝国かそれとも未知の大国?」


 アレクサは答えの出ない迷宮に陥っていた。


 まさかそれをやったのが、聖女マチルダの傍女のふりをした真聖女の『真の祝福』とは思わないのであった。



 聖女マチルダの部屋にはルワン王国の一部の関係者とタウロ達、そして真聖女マリアが集まっていた。


「聖女様、お陰で我々ルワン王国は聖女殿と共に面子を保たれました。ありがとうございます」


 ドナイスン侯爵はルワン王国を代表して深々と頭を下げた。


「真なる聖女様……。今日の『祝福の儀』で本物の『祝福』を感じる事が出来ました……。これからはあなた様のような聖女になるべく励みたいと思います……」


 聖女マチルダは人が変わったように真聖女マリアに頭を下げた。


 聖女マチルダは聖女スキルを持っていた事で祭り上げられ、その重責から自分を守る為に傲慢になる事で精神を保っていたのかもしれない。


 だが、真聖女マリアの圧倒的な力の前にいかに自分の力がちっぽけなものなのか気づかされた。


 そして自分より圧倒的な強者がいる事を知る事になり、背負わされていた重責に対して少し気が楽になったのかもしれない。


「私は恩人であるタウロ殿、そして、その大切な友人であるエアリスに頼まれたから引き受けたようなものです。だから私に感謝される事はありませんよ」


 真聖女マリアはそう言ってルワン王国側の感謝の意にそう答えると、タウロに視線を送る。


 どうやら、ヴァンダイン侯爵領に戻ります、という合図のようだ。


「ラグーネ」


 タウロは真聖女マリアの視線に頷くとラグーネと三人で隣の部屋に移動する。


 そして、その部屋でラグーネが『次元回廊』を開き、タウロが『空間転移』で真聖女マリアを一瞬でヴァンダイン侯爵領まで運んだ。


「そうでした。言い忘れるところでしたが、『祝福の儀』のあの場に、勇者のスキルを持つ人物が居合わせていました。確か名前はアレクサ。黒髪に銀色の目を持つ人物です。残念ながらあまり良い気配をもっていなかったのでお気を付け下さい」


 真聖女マリアは、そうタウロに告げた。


「え!?勇者スキル持ちなのですか!?」


「はい。こちらでは珍しいのでしょ?人族にしては熟練度も高い方だと思いました。多分、ハラグーラ侯爵の施設を完成させたのはあの人物かもしれません」


 タウロは真聖女マリアの衝撃的な報告に唖然とするのであったが、みんなを待たせていたのでお礼を改めて言うと、ハラグーラ侯爵領都に戻るのであった。

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