第474話 聖女達の反応

 聖女誘拐を目論んだ帝国兵を、エアリスを囮にして討伐した作戦は、無事成功で終わったのだが、被害も大きかった事から、当の聖女マチルダ、そして、サート王国側責任者である王太子の耳にもその情報はすぐに入る事になった。


「え?私が狙われていた?……何で?私は聖女なのよ?」


 聖女マチルダは各地で『祝福』をして回る自分は人気の的であるから、感謝こそされても狙われる対象になるとは夢にも思っていないのだ。


「詳細はまだわかりませんが、どこかの国が聖女様を拉致しようとしたのは事実の模様です。ムーサイ子爵がそれを未然に防ぐ為に囮を用意し、敵を罠に嵌めたのだとか。しかし、その際、死傷者も多数出たらしいので、聖女様にはその者達に感謝の意と哀悼の意を表しておくのがよろしいかと……」


 聖女マチルダの耳に入れた取り巻きの一人が、そう助言した。


「そうなの?私にはよくわからないからドナイスン侯爵に聞いてみて?」


 そこへドナイスン侯爵が事の次第を知らせる為に聖女の元を訪れた。


「マチルダ殿、実は──」


 ドナイスン侯爵から再度説明を受ける聖女マチルダ。


 今回はちゃんと、詳細な内容を聞いて、眉を潜めた。


「私の代わりにエアリス嬢が?なぜ、そうなるの?」


「相手が誤解した事から──」


「聖女の私とあの女では全然違うでしょう!何でまた私の代わりをやっているのよ」


 この街で行われた『祝福の儀』も自分が知らないうちにエアリスが代わりを務め、仮初とはいえ成功させていたから、マチルダは恋のライバルに貸しを作った様で嫌だったのだ。それが、今度は、自分の身代わりで囮になっていたという。


 何度も自分を否定されている様でマチルダは不機嫌になるのであった。


「マチルダ殿。命を掛けて囮になったエアリス嬢はもちろんの事。犠牲になった多数の兵士達を前に自分の自尊心を優先させるのはお止めなさい!」


 普段怒らないドナイスン侯爵はこの時初めて、マチルダを一喝した。そして続ける。


「もし、彼らがこの作戦を成功させていなければ、あなたは遠くない未来、拉致、もしくは害されていた可能性が高い程、強力な敵だったのですぞ!それを相手に戦ってくれた者達を愚弄してはなりません。それはルワン王国の人間が薄情な人間だと喧伝する様な態度です!」


 普段怒鳴らないドナイスン侯爵に一喝された事で聖女マチルダは何も言えずにシュンとなった。


「ドナイスン侯爵。聖女様にそれは言い過ぎですぞ。我々サート王国側の近衛騎士による警備体制は万全です。このバリエーラ公爵領の領兵程度では残念ながら死傷者が多数出たのも半ば当然だったかと。逆に我々が傍にいる時に聖女様ご本人を狙ってくれていれば、被害も抑えて撃退できたかと思います。ムーサイ子爵は余計な事をしたかもしれません」


 王太子が部屋の出入り口付近で話を聞いていたのか、入ってきながらそう答えた。


「余計な事!?」


「ええ。それに加え、聖女様の同行を許した若い才能あふれる子弟達も傍にいるわけですから、聖女様を直接狙うのは不可能だったでしょうな。功を焦ったのかな、ムーサイ子爵は」


 王太子の背後にはハラグーラ侯爵が付いている為、その対立派閥である宰相バリエーラ公爵の息子、ムーサイ子爵の印象は王太子の中では良くない。


 だが、ドナイスン侯爵にとっては別である。


 聖女とルワン王国側の為に、犠牲を払ってくれた事に感謝しかない。


 特に、囮を買って出てくれたエアリス嬢とタウロ、そして、奮戦してくれたその仲間達には国を挙げて感謝したいくらいである。


 それに今回の作戦に参加した部下の報告では、敵は帝国の伝説的な皇帝直下の部隊『金獅子』と思われるらしい。


 そんな相手に狙われていたとわかってドナイスン侯爵は内心震える程恐れ、驚いたから、この王太子の発言は信じられない事であった。


「恐れながら王太子殿。敵は帝国の『金獅子』かもしれないと作戦に参加していた我が方の部下からも報告が上がっております。犠牲者も多く出ていますし、それ以上、批判するようなお言葉はお止めになられた方がよろしいかと」


「『金獅子』?あれは、ただの誇張された伝説ですよ。はははっ!ドナイスン侯爵は陰謀論がお好きですな。帝国とは以前から我が国は仲が悪いですが、私の代になれば友好関係を結べると思っています。それくらい私には帝国とは人脈もありますし、交流もありますからね。そんな関係を私が持っている以上、帝国がそんな大それた事をするとも思えませんね。それに私は事実を述べているに過ぎません。確かに亡くなった兵士達には可哀想な事です。指揮する者が優秀なら無駄に死なずに済んだものを」


 王太子は泣く素振りを見せるがもちろん、泣いていない。


 最低限の礼儀上でそう見せたというところだろう。


 ドナイスン侯爵は、今回の件ではいち早く手を打ってくれたムーサイ子爵に感謝しかなかったから、これで王太子に対する評価は奈落の底より低いものになるのであった。



 その頃、ムーサイ子爵はタウロ達と応接室で会って、報告を聞いていた。


「領兵隊長からも報告は聞きました。この度は我が父の代理として感謝申し上げます」


 ムーサイ子爵は頭を下げた。


「いえ、頭をお上げ下さい。僕達も相手があれほどの手練れとは想像もしていなかったので、てこずりました。そのせいで味方にも甚大な被害が出たと思っていますから、申し訳ないです」


 タウロも率直な気持ちで頭を下げた。


「我が方の領兵隊長はあれでかなり腕が立ち、見る目もある武人です。その男が帝国兵が尋常ではない強さだったと言うのだからそうだったのでしょう。みなさんには囮役と撃退の両方で活躍して頂きました。それどころかみなさんがいないと返り討ちにあっていた可能性もと……。感謝以外にあり得ない事です。本当にありがとうございました」


 ムーサイ子爵は再度、深く頭を下げた。


 今度ばかりはもう何も言えない。


 これ以上謙遜するのは失礼に値する。


「それでですが、我が父を通してタウロ殿を王家に推挙したいのですがよろしいでしょうか?」


「推挙?」


「ええ、聖女を守る事で、我が国とルワン王国の面目を保った勇士として叙爵を勧めたいのです」


「ええー!?」


 タウロは思わぬ言葉に声を出して驚くのであった。

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