第460話 公爵の領都

 バリエーラ公爵領の領都に聖女一行は、到着した。


 聖女の馬車の周囲には、魔物であるスパイクウルフ二匹とダークウルフ、それに跨る投石猿が闊歩している。


 聖女にテイマーの青年が気に入られ、護衛の任に加えられたのだ。


 聖女のただの気まぐれではあるが、平民出のテイマーの青年にとっては、大出世が狙えるチャンスである。


 鼻息も荒く自慢気であった。


「……あれ、聖女のイメージとしては逆効果じゃない?」


 エアリスが、聖女の周辺に魔物を堂々とはべらせる事について指摘した。


 バリエーラ公爵領の人々は、聖女の来訪に大歓迎であったが、聖女の周囲に魔物がいるので正直、トーンダウンしていた。


「テイマー自体が珍しい職種だからね。魔物を街中で見慣れない人の方が圧倒的に多いだろうから、エアリスの言う通り、ちょっと控えた方が良かったかもしれないね」


 タウロも領民達の反応を見ながら、エアリスの意見に同意した。


 そんな微妙な反応になりつつあった状況下での歓迎の中、領都内の一角から火の手が上がった。


 どうやら火事のようだ。


 馬車に乗って歓迎する領民達の中を進むタウロ達も上空を見て、黒い煙が上がっているので火事にはすぐに気づいた。


「あらら、結構大きな火事っぽいね」


 立ち上る黒い煙の量を見てタウロが、そう分析した。


 そこへ、また、別の場所からも黒い煙が上がる。


 立て続けに、さらに二か所、合計四か所から黒い煙が立ち上った。


「……これはただの火事じゃないみたいだ」


 タウロは、エアリスとシオンに警戒を促す様に口に出して言った。


「そうみたいね……。シオン、私に付いて来て、一番近くの火事を消火しに行くわよ!」


 エアリスはそう告げると、ゆっくり進む馬車から飛び出した。


「はい!」


 シオンは元気よく返事するとエアリスに続いて馬車を降りる。


「それじゃあ、僕も行くか。──アンク!ラグーネ!付いて来て!」


 聖女一行の最後尾を進む馬車に乗り込んでいたアンクとラグーネにタウロは周囲の領民達の声にかき消されない様に大きな声で声を掛けた。


 タウロの声が聞こえた二人が馬車から身を乗り出し、タウロの馬車の方を確認すると、タウロが来るように身振り手振りでアンクとラグーネを呼んでいるのがわかった。


 二人は馬車を飛び降りてタウロの合流する。


「なんだ、リーダー。あの火事、やはり何かありそうなのか?」


 走るタウロの横にアンクとラグーネが追いつくと領民をかき分けて進みながら、声を掛けた。


「聖女一行が来たタイミングで起きる同時四か所の火事なんて、何か起こそうとしているとしか思えないよ」


「そりゃ、そうだ。だが、この火事は明らかに陽動だろ?狙いは聖女かそれともバリエーラ公爵の名誉を傷つける為の何かか」


「私もそう思うぞ。聖女歓迎のパレードで他への警戒が手薄になっているところを狙ったとしか思えないな」


 ラグーネも的確な感想を漏らす。


「みんなそう思うだろうから、聖女の護衛を引き受ける近衛騎士達も厳戒態勢に入ったし、公爵領の領兵も聖女一行や、要所の警備に入ると思うんだ。それならそちらはみんなに任せて、僕達は火事を消火する側に回った方がよくない?」


 そう言っている間に、エアリスとシオンが先に火事の現場に辿り着き、野次馬に下がるように警告していた。


 そこへタウロ達も到着する。


「じゃあ、私が消火、三人は他の家に火が移って延焼しない様に家を壊して!」


「「「わかった!」」」


 エアリスは三人の返事を聞くと、魔法の詠唱に入った。


 シオンは、エアリスの邪魔をしない様に、周囲に目を配る。


 タウロとアンク、ラグーネは、燃えている家の周囲の建物に散っていく。


「さあ、降って頂戴!『大如雨露』!」


 エアリスが、魔法を唱えると黒い大きな雲が見る見るうちに火事の現場の頭上に広がっていく。


 そして、その雲から一粒二粒と雨が降って来たと思うと、瞬く間にそれは土砂降りの雨になった。


 地面に叩きつけるように降り注ぐ豪雨に野次馬達は逃げ惑う。


 それほど体に当たると痛いと思う程の雨粒が地上に降り注いだのだ。


 この突然現れた雨雲から生み出される土砂降りの雨に激しい勢いで燃えていた火事は徐々にだが勢いを削がれていく。


 その間に、タウロ達は周囲の建物に火が移らない様に、家を破壊していく。


 タウロは鎧と盾の能力で馬鹿力が出せるので、柱を破壊していたし、アンクは大魔剣で同じく壁や柱を破壊する。


 ラグーネも魔槍で柱を貫き、土魔法を発動して周囲を壊していく。


 瞬く間に、一軒の家は倒壊し、火も雨のお陰で鎮火していくのであった。


 エアリスは鎮火したのを確認すると、天に掲げていた黒壇の魔法杖を降ろした。


 他の家の軒下で雨宿りをしながらこの光景をみていた領民達は呆気にとられるのであったが、完全に鎮火していくのを見ると歓声が上がった。


「凄い!天候を操る魔法だぞ!」


「もしや、あれが『聖女』様か!」


「『聖女』様が、火事を消して下さった!」


 領民達は黒い雨雲が瞬く間に消えて行き、光が射したところに、雨に濡れた美しい魔法使いのエアリスを聖女と誤解するのであった。


「みんな!まだ、三か所あるわ、行くわよ!」


 エアリスは領民が歓声を上げるのを無視してタウロ達に声を掛ける。


「お前ら、道を開けろ!聖女様達が他の火事の現場に向かわれるぞ!」


 野次馬の一人がそう叫ぶと、領民達は一斉に道を開ける。


「……誤解が生まれているけど、今はそれどころじゃない。急ごう!」


 タウロは困惑しつつも、みんなで次の現場に急ぎ向かうのであった。

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