第459話 接近

 村の集会所で食事を終えた聖女マチルダは、ずっと外が騒がしいのが気になり、それを見に外へ出る事にした。


 その度に周囲の人間が大移動を開始する。


 この取り巻きと護衛を担当するルワン王国の騎士達、サート王国からも派遣されている近衛騎士も付いてくる為、聖女マチルダはうんざりであった。


 それに、サート王国側の責任者は王太子なのだが、こちらはすでに妻も子供もいるから、マチルダにとっては嬉しくない相手である。


 本当なら、責任者には第五王子であるフルーエ王子を指名したかったが、それはサート王国側が決める事なので、さすがの『聖女』でも無理な事であった。


 その王太子は、ことあるごとに聖女マチルダをよく褒めるが、それは政治としての利用価値を考えてである事は、ルワン王国の側近達からもマチルダに忠告していたから、マチルダも勘違いする事は無かった。


 王太子は時折、マチルダに好意を持っている素振りをみせている。


 王太子には妻も子もいるのだから、側室としてどうかと匂わせていた。


 だが、これは合法的にルワン王国から聖女を奪取する為の作戦だとルワン王国側は踏んでいた。


 マチルダがフルーエ第五王子に惚れている事も、ルワン王国の側近達の頭を悩ませる問題ではあるが、こちらは王太子の側室になるよりは、対応がまだ簡単である。


 こちらの婿養子に入ってもらえばいいだけの話だからだ。


 聖女マチルダは、伯爵家の養女だが、親を侯爵に昇爵させて、そこに婿養子に入ってもらえば、体裁は整う。


 サート王国との同盟関係も深まるし、問題は無い。


 だが、王太子の側室だとそれは不可能で、ルワン王国の外交の切り札とも言える聖女をタダで奪われるだけだ。


 ルワン王国側の責任者であるドナイスン侯爵はその辺りをすぐに感づいて、他の側近達にも注意喚起していた。


 王太子は、独自の判断で動いているようだ、と。


 というのも、サート王国側の国王、宰相ともよく話したが、友好関係を深める為、妻も子もいて問題が起きるはずがないから、王太子に国内での責任者に任命した、と、説明があったからだ。


 だが、どうやら、王太子本人は国の思惑とは違うところで勝手に動いているようだと感じた為、ドナイスン侯爵は警戒して、マチルダにも注意を促していたのだった。


 マチルダもワガママが過ぎる面があっても馬鹿ではない。


 ドナイスン侯爵の忠告もあって、王太子の存在は最早、嫌いな対象の一人であったから、最低限の相手しかしないようにしていた。


 マチルダは、そんな王太子達も後を付いてくるのを、不快に感じながら外に出る。


 そして、広場の隅に人だかりが出来ているところへ向かった。


「私がいないところで何をそんなに盛り上がっているの?」


「え?──こ、これは、聖女様!」


 盛り上がっていた平民出の取り巻きや、関係者の者達は、聖女自身が現れたので、驚いてみんな、跪く。


「それはいいから、これは何をしているのかしら?」


 近くにいた者に、聖女がまた問い質す。


「今、みんなで腕自慢をしていたところです」


「そう言えば、食事中に大きな音が鳴ってたわね。それも、あなた達?」


「申し訳ございません。お騒がせしました!」


 聞かれた者は、聖女に即座に謝罪する。


「いいのよ。私も見たいから続けて頂戴」


 聖女マチルダが、見学者になると言い出したので、平民出の者達は臆した。


 先程、貴族組の実力を見せられたばかりだ。


 ましてや、聖女の傍に付く側近ともなるとさらに凄いのかもしれないと思うと、誰もが進んで自分の特技を見せる勇気は無いのであった。


「それでは私が」


 平民出の者達が怖気づく中、一人の青年が前に出た。


 それは、タウロにテイマーだと自己紹介をしていた青年であった。


「あなたは何ができるの?」


「私はテイマーです。魔物を扱う事が出来ます。お目汚しになりますが、ここに魔物を召喚してもよろしいでしょうか?」


 テイマーの青年は、先程のタウロ達の腕を見せられても、怖気づいた様子はなかった。


 なにしろ、テイマーとしてはそのタウロよりも優れていると、勝手に自信を持っていたからだ。


 だから、タウロ、エアリス、シオンの実力を見せられても、その自信は揺るがなかったから、聖女に言われても怖気る事無く進んで実力を示そうとしたのである。



 そんな比較されていたタウロ達は、聖女が近づいてきた時点でその場を離れていた。


「騒ぎ過ぎたね」


 タウロが苦笑いするとそう漏らした。


「そうね。特に私は派手に魔法使っちゃったから」


 エアリスも想定外の威力の魔法であったから、少しは仕方がないのだが、反省した。


「ボクはあまり、自慢出来ませんでした……!くっ、生きる!」


 シオンは終始手加減しての体術だったので、不完全燃焼からいつもの口癖が出るのであった。


「三人ともあれはやり過ぎだって。というか、エアリスの魔法は本当に凄かったな」


 アンクが、観戦者の一人として紛れていたので、エアリスに感心するのであった。


「そうだな。私もあれには驚いたぞ。マリア先輩の元でかなり頑張ったのだな!凄かったぞ!」


 ラグーネもエアリスを手放しで褒め称えた。


「ありがとう。でも、タウロが、魔石をとんでもないものに交換していたのも原因の一つだから。──タウロ!やってくれたわね!」


「あはは……。僕の好奇心のせいでごめん。まさか、あれほどの威力が出るとは思わなかったんだ」


 タウロは、エアリスに素直に謝る。


「その魔石って……、もしかして竜人族の村のお店で売っていた『水竜の魔石』じゃないか?」


 ラグーネが見覚えがあったのだろう、指摘した。


「あ!そうだ。それよりも──」


 タウロは値段を言われたくないと思ったのだろう、タウロは別の話に変えようと話始めた。


 しかし──


「タウロ!この魔石、いくらしたの!」


 エアリスが竜人族の村と聞いてすぐに凄いものだと察したのだろう、遮るようにタウロを追求した。


「……えっと、白金貨三十枚(約三億円)……」


「「「白金貨三十枚……!?」」」


「……なんでこの黒壇の魔法杖にそんな魔石を付けようと思ったのよ……。私、元々戻ってくる予定なかったでしょう?」


 エアリスが、金額に呆れるのであったが、なぜ改造したのか疑問に思った。


「……なんとなくだけど、エアリスが戻って来た時、この魔石を付けておいたら、びっくりするかなって……」


「はぁー……。もう、何考えているのよ。でも、私が戻って来る事を想像していてくれてありがとう。でも、これは高価すぎるわよ?」


「使い勝手悪かった?」


「使い勝手はいいわよ。まぁ、……良い魔石なんだろうなとは思っていたけど……」


 エアリスはタウロの気持ちが嬉しかったから、少し言葉を濁した。


「じゃあ、そのまま使ってもらえると嬉しいかな……」


「……うん」


 いい雰囲気の二人に、ラグーネ、アンク、シオンは嬉しそうに笑顔を浮かべるのであった。

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