第454話 上の思惑

 『聖女』とその一団を率いるルワン王国側の責任者であるドナイスン侯爵は、今回の噂に困惑していた。


 当初、ドナイスン侯爵はサート王国の王子と、こちらの『聖女』マチルダとの関係を臭わせる噂は根も葉もないものだと否定していたのだが、よくよく調べてみると『聖女』に近い取り巻きの方からその噂が出て来ていたので、「どうするのだ、こんな噂を立てて!」と、ルワン王国の取り巻きである若い貴族達を集めて叱責していた。


「ですが、『聖女』様自身の口から出たお話ですし……」


「自らあちらの王子殿下とは親しい間柄なのに、友人だと思っていた侯爵令嬢に横恋慕されたとお怒りでしたから……」


「私が正しいのだと広めなさい、と命令されたのも『聖女』様です」


 若い貴族達は口々にドナイスン侯爵に言い訳をする。


「馬鹿者共が!今、この時期に『聖女』の醜聞を噂にして品位を下げてどうするのだ!お主らはルワン王国の代表でもあるのだぞ!その様な事に加担せず、諫めるのが筋であろうが!」


 ドナイスン侯爵は、『聖女』に心酔する若い貴族ばかりを集めた使節団にした事を後悔していた。


 と言ってもルワン王家の意向でもあったので、代表を務める事になったドナイスン侯爵にはどうする事も出来なかったのだが。


「とにかく、『聖女』殿には自重してもらい、務めに励んでもらえる様にお主達が配慮するのだ。相手はこの国の王家と有力侯爵家だ。同盟国とはいえ、サート王国で馬鹿な事をするのではない!」


 ドナイスン侯爵が何度目かの叱責をすると大きな溜息を吐くのであった。


 ここまで『聖女』を増長させたのはそれを外交の切り札として大いに利用したいルワン王家と、名誉と金銭に目が眩んでいち早く保護し、養子縁組した伯爵家が、甘やかした事にも責任がある。だが、もちろん、伯爵家はともかく、主君である王家にそんな事は言えるわけがない。……やはり、私が直接『聖女』を注意すべきか……。


 ドナイスン侯爵は胃痛を感じながら、今後の外交について苦慮するのであった。



「数日後には、『聖女』様を伴った地方巡りが始まるのだけど、噂の一人歩きは止まらないね……」


 タウロは、地方に行く前に噂を止めようと、地道に三角関係について否定して回っていたのだが、タウロ達の正しい情報はやはり、野次馬が喜ぶゴシップ的な噂には勝てなかった。


 今、王都では『聖女』VSヴァンダイン侯爵令嬢の、フルーエ第五王子争奪戦という形で噂が広まっており、その勝敗に賭ける者達もいた。


「今話題の容姿もそこそこいい『聖女』と、容姿で勝っていて名門侯爵家のエアリスが、三対七の賭け率なのは何でだ?」


 アンクが、どこからか入手して来た賭けのチラシを見ながらエアリス不利に疑問を呈した。


「フルーエ王子が、『聖女』と両思いだと思われているからだな。だが、容姿も才能も性格も完全にエアリスの方が勝っているぞ!」


 ラグーネが親友贔屓で評価した。


「ボクもそう思います。エアリスさんの方が綺麗ですよ!」


 シオンもエアリスを褒める。


「ちょっとみんな、賭けの勝敗はどうでもいいのよ。というか元々勝負していないし。一応、フルーエ王子を通して取り巻きから私達を外してもらえる様にお願いしているのよね、タウロ?」


「うん。こちら側の責任者は王太子殿下だから、どうなるかわからないけど、こんな噂が出た以上、メンバーからは外してもらえると思う」


 タウロも憶測ではあるが、明らかな醜聞がある以上、『聖女』の取り巻きから外されて当然だろうと思っていた。



 だがしかし、こちら側の責任者である王太子はエアリス達を取り巻きから外す決定をしなかった。


 ルワン王国も同様で、どうやら両国とも、取り巻きから外したら噂を認める事になると判断したらしい。


「……さっき王太子殿下のところから家に使者が来て、『聖女』から離れて行動する様に、って、忠告されたわ」


 エアリスがうんざりした表情で、タウロのいるグラウニュート伯爵邸にやってくるとぼやいた。


「ルワン王国も同じような返答だったらしいよ。エアリス嬢の同行は認めるが『聖女』の行動を妨げない程度には距離を取って欲しいから、側近の方々は配慮されたし。って、使者が家にも来たよ」


 タウロは苦笑するとエアリスに同情した。


「でも、変な話だよな。普通ならリーダーが予測したように、これ以上のトラブルを避けてこちらの同行は無しにすると思うんだが?」


 アンクが当然と思える考えを口にした。


「私もそう思うぞ。何のメリットも無いと思う」


 ラグーネもアンクに同調する。


「そんなに噂が気になるんでしょうか?」


 シオンが首を捻ると両国の判断を疑問に思った。


「そこなんだよね。ルワン王国は『聖女』ひとりの名誉の問題だけで済むけど、こちら側は王家のフルーエ王子殿下の名誉と、有力貴族ヴァンダイン侯爵家の名に傷がつくから王太子殿下がそれを考慮すると、十中八九は僕達が取り巻きから外されると思ったんだけどね……」


 タウロは、そう疑問を口にすると続ける。


「もしかして、王太子殿下は、フルーエ王子殿下の名誉、もしくはヴァンダイン侯爵家の名誉を傷つけたいのかな……?もしくは両方?」


 タウロは大胆な仮説を口にした。


「おいおい、リーダー。それは穏やかじゃない話だぜ?」


 アンクがタウロの仮説に驚いて指摘した。


「……フルーエ王子殿下、最近王都で評判が良いのよね。リバーシでの活躍以降、政治の舞台でも才能を発揮していて貴族の間でも評価が上がっていると聞いたわ」


 エアリスが、重要な噂を口にした。


「それはつまり、王太子が嫉妬心から、フルーエ王子の評判を落とす為に、エアリスを『聖女』にわざと同行させる事で、噂の火消しをしないでおこうという事だな?」


 ラグーネがエアリスの言いたい事を察して指摘した。


「……それに王太子殿下の支持母体はハラグーラ侯爵派閥だよね」


 タウロが、一番いやな情報を口にした。


「そうなのか?──そりゃ、やべーな……」


 アンクが嫌な顔をする。


「うん、最近、中立派であるヴァンダイン侯爵家やグラウニュート伯爵家は宰相派閥と親しくなっていると指摘される事もあるからね。牽制の為にも、ヴァンダイン侯爵家の名を陥れておきたいという意図があるのかもしれない……」


 タウロが最悪の推測をした。


「パパは中立派である事に変わりはないのに……、これだから貴族は……!」


 エアリスもその貴族なのだが、呆れると溜息を吐くのであった。

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