第451話 聖女と侯爵令嬢

 祝福の儀が無事終了し、『聖女』の取り巻きは感動に震えるとマチルダを賛美する者がほとんどであった。


「エアリスの話を聞いた後では、この光景は滑稽に見えてしまうね……」


 タウロはエアリスとシオンにぼそっとつぶやく。


「多分、『祝福』自体をルワン王国側は勿体ぶってあんまりマチルダに使わせていなかったのかもね。そうじゃないとあんなに初歩的な影響力しかない『祝福』はないもの」


 エアリスが、マチルダの分析を少ししてみせた。


「あはは……。マチルダ本人の前では言っちゃ駄目だよ?というかみんなの前でも言ったら大問題になるから」


 タウロはハクとエアリス、シオンに釘を刺した。


 こんな事を表で言ったら、国家間の問題にも発展しそうであったから、タウロが三人に口止めするのももっともであった。


「……わかりました!しゃべらない様にします……!くっ、生きる……!」


 シオンも問題の大きさを察したのか約束するのだが、緊張のあまり口癖が出てしまうのであった。


「何が生きるの?」


 そこへ、『聖女』マチルダ当人が、シオンの背後に立って聞いてきた。


「きゃっ!」


 シオンは、本人から声を掛けられて思わず驚いて悲鳴を上げる。


「ねぇ、見てくれてたエアリス嬢!私、凄いでしょ!?」


 マチルダはシオンの反応には気にも留めず、エアリスに声を掛けた。


「……そうね、いいんじゃない?」


 エアリスはタウロと視線を交わしつつ、ちょっと間をおいて答えた。


 エアリスも見た目だけでなく、大人としての対応も出来るようになったようだ。


 以前なら本音をそのまま、答えていたはずだったから、成長が見えるのであった。


「でしょう?私の一番の見せ場だからね!──エアリス嬢、いえ、エアリスって呼んでいい?私の事もマチルダと呼んでいいから」


 マチルダはエアリスが侯爵令嬢だからか、それとも親近感を持ったのか、よくわからないがエアリスを友人として扱いたいらしい。


「聖女様!それでは他の者に示しがつきません!」


 マチルダの側近と思われるルワン王国の関係者が注意した。


「ちょっと、あなた失礼よ?エアリスはこのサート王国のヴァンダイン侯爵令嬢よ?私に相応しい友人だわ!」


 マチルダはすでにエアリスを友人に認定した様だ。


 周囲の取り巻き達はその宣言に驚いてどよめく。


「聖女マチルダ様、貴女は我が国の国賓、恐れ多い事でございます」

 ※直訳(ちょっと止めてよ!私、承諾していないから!)


 エアリスは嫌な顔一つせず、丁寧にそう答えるのだが、傍にいるタウロにはエアリスの正直な言葉が聞こえてくるようであった。


「いいのよ、エアリス、気を遣わないで。私とあなたの仲じゃない!友情に垣根はないわ」


「そんな、滅相もない……」

 ※直訳(侯爵推ししたのそっちでしょう?舌の根が乾かぬ内に何言っているのよ……!)


 エアリスは、微笑みながら控えるのであったが、またも横にいるタウロにはそんな本音が聞こえてきた気がした。


「エアリスは謙虚なのね。でも、いいのよ。私の事は偉大な聖女である前に一人の女性として接して頂戴ね。私もあなたの事をそう心掛けるわ」


 マチルダは完全に自分に酔っているのか、どんどん話を進めていく。


「……わかりました」


 エアリスは礼儀上、これ以上の謙遜(本当は拒否)は失礼という事で受けいれる事にした。


 となりでエアリスの表情をタウロは確認したが、諦めて嘆息している、というのが正解と思える表情であった。


「後ろの三人も私達の前でなら口の利き方にも多少は目を瞑って上げるわ」


 マチルダは寛大なつもりなのか、タウロとシオンにもそう付け加えた。


 どうやら、マチルダはタウロとシオンはエアリスの取り巻きだと思っている様だ。


 そして、マチルダは続ける。


「それではエアリス、私、忙しいからまた後でね」


「それでは、ご機嫌よう……」


 エアリスは恭しく会釈するとマチルダを見送るのであった。


「……疲れたわ」


 マチルダ達が去ってようやく、エアリスが、本音を漏らした。


「お疲れ様、エアリス。せっかくの『黒金の翼』への復帰なのに、変な事になっちゃってごめんね」


 タウロが苦笑するとエアリスを労った。


「彼女、人の話全く聞かないわね……。あの鈍感さは貴族に向いているわ。それよりも私はタウロとシオンが心配よ。二人は大丈夫なの?彼女を相手にしていたら慣れていないと疲れるわよ?」


「ありがとうでも僕は大丈夫だよ。それよりもシオンかな」


 タウロはエアリスの気遣いに感謝すると、平民として取り巻きメンバーにいれたシオンを気遣った。


「ボクは大丈夫ですよ、タウロ様。彼女、悪い人でないのは匂いでわかりますし」


 シオンは人間の鼻を指差しながら言った。


 猫耳と尻尾を隠すとただの人にしか見えないシオンは半獣人族なので、獣人族の機能をどのくらい持っているのかと思っていたが、嗅覚は良いらしい。


「そっか。でも、対応に困る事があると思うから僕達の傍から離れない様にね。他の取り巻きに絡まれる事もあるだろうし」


「わかりました!お二人の傍を離れません!」


 シオンは、そう誓うのだが、その反応は一見すると猫というより犬の様な気がするタウロであった。

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