第452話 王子と聖女と
『聖女』マチルダが王都に滞在している間、その取り巻きを務める同世代の若者達は四六時中行動を共にする事になっていたが、タウロはエアリスにハクとシオンを任せてフルーエ王子の元を訪れていた。
「すまん、タウロ!僕の安易な思い付きで迷惑をかける事になってしまった!」
フルーエ王子は自室でタウロを迎えた開口一番、頭を下げると謝罪から入った。
「頭を上げて下さい、殿下!」
タウロは慌てて頭を上げさせる。
傍にいるのは側近のセバスだけであるが、そのセバスは何も見ていない、聞いていないという姿勢でフルーエ王子の背後に立っている。
「いや、本当にすまなかった。まさか兄上まで絡んでくるとは思っていなかったのだ……」
フルーエ王子が言う兄上とはもちろん、王太子である。
「元はと言えば、僕が『聖女』と知らずに遭遇して王宮の外に出してエアリス達に会わせたのが原因ですから……」
タウロは前回の『聖女』と遭遇話を説明した。
「……なんと。あの後そんな事になっていたのか……。『聖女』は僕が説得してタウロやエアリス達を同行メンバーから外してやりたいが、兄上が絡んでいるから難しいかもしれない」
「仕方ないですよ。自国の王太子殿下相手には嫌と言えないのが貴族です」
タウロに貴族の自覚はそこまで無いのだが、誰にでも好き嫌いをはっきり主張していたエアリスが嫌と言えない相手なのだ。
タウロなどには否定する術はなかった。
「タウロの弟のハクについては、養子縁組手続き中であるから、僕も兄上には言っておいた。その事については、よいそうだ。だが、タウロ、僕には友人として言いたい事ははっきり言ってくれよ」
「もちろんです、殿下。だからこそ、相談しているのですから」
「そうだったな。それにしても、兄上は何を考えておられるのか……。僕の友人達である事はわかってるはずなのだが……」
フルーエ王子はタウロやエアリス、シオンの為に頭を悩ませるのであった。
「ところで殿下。お願いしたい件があります」
「なんだ?僕に出来る事なら何でも言ってくれ」
「僕の仲間であるラグーネとアンクについてですが……」
「……うん?ああ、『聖女』一行に同行できる様にすればいいのだな?」
フルーエ王子はすぐにタウロの言いたい事を察して答えた。
「はい。僕達『黒金の翼』は一心同体、そうして頂けると助かります」
タウロはすぐに察してくれたフルーエ王子に頭を下げた。
「元々、僕の失態だ。タウロが頭を下げないでくれ。『聖女』一行の総責任者は兄上だから、僕の力をもってしてもどうなるかわからないが、二人は必ず同行させる許可は取るから安心してくれ」
フルーエ王子はそう答えるとタウロを安心させるのであった。
それから二人は他愛ない会話をいくつかしていると、王子の背後に立っていたセバスが部屋から退室し、すぐに戻って来た。
「どうしたセバス?」
「殿下、『聖女』様が面会を求めておられますが……?」
「マチルダ殿が?……うーん。今はタウロと話している最中だ。後にしてもらえ」
フルーエ王子は国賓である『聖女』よりも友人であるタウロを優先した。
「で、殿下!さすがにそれは不味いです。僕はこの辺りでお邪魔しますので」
タウロはこの友人の行動に慌ててそう申し入れた。
「そうか?せっかくの友人との楽しい時間だというのに……。仕方ない。──それで、マチルダ殿はいつ会いたいと?」
フルーエ王子は残念がると、マチルダの面会時間を確認した。
「それが、もうすでに表に来ているようです」
と、セバスが答える。
「何!?……わかった。──タウロすまない。どうやら、断るという選択肢は最初からなかったようだ。タウロは出入り口付近で頭を下げておいて、マチルダ殿が入室するのを確認して退室するといいぞ」
フルーエ王子はそう友人にアドバイスすると、マチルダを迎える準備をするのであった。
タウロはフルーエ王子のアドバイス通り、扉の傍で入れ違いのマチルダに会釈して外に出ようとした。
するとその通り過ぎようとしたタウロにマチルダが誰かすぐに気づいた。
「ちょっと、あなた。確かエアリスの取り巻きの子よね?」
気づかれた!というか、王宮から連れ出した方の記憶はないのかよ!
タウロは内心ツッコミを入れるのであったが、表向きは嫌そうな表情をする事なく、無言で会釈し直すと外に出ようとした。
「だからちょっと待ちなさい。なんであなたがフルーエ王子の部屋に出入りしているの?──まさか、エアリスって、私のフルーエ王子殿下を狙っているの!?」
マチルダは、タウロはエアリスがフルーエ王子に遣わした逢引の使者だと思った様だ。
誰のフルーエ王子だよ!
タウロは友人の代わりに内心でツッコミを入れる。
「……いえ、僕は王子殿下とはただの友人関係で──」
だが表向き、タウロは冷静に否定した。
そうでないとややこしい事になりそうだと思ったのだ。
「そんなわけないでしょ!あなた、伯爵家の長男なのに嫡男ではないのでしょ?そんな人がフルーエ王子殿下と友人なわけが──」
「僕の友人を中傷するのは止めてもらえませんか、マチルダ殿」
フルーエ王子は、思いもかけずタウロがマチルダに絡まれたのに驚いたが、タウロとの関係性を否定された事に反応した。
「王子殿下。いいのです。この人の背後にいるヴァンダイン侯爵家を気にしておられるのでしょう?この者は爵位も継げない取り巻きの一人に過ぎません。侯爵家もそんな者を庇ってまで私達の仲を邪魔しようとは思わないはずです」
マチルダの中ではフルーエ王子との関係は親密なものだと思い込んでいる様である。
「マチルダ殿!だから彼は本当に僕の友人なのです。これ以上本当にタウロの事を馬鹿にするのであれば、帰ってもらいたい!」
フルーエ王子は、今や端正な美貌にすらっとした体形を持ち合わせた、誰もが見惚れてうっとりする様な男性であるが、その完璧なハーフエルフが静かに怒気を露わにしていた。
これには言われたマチルダ本人どころかタウロも驚いた。
フルーエ王子は温厚な人物だったから、まさか自分の為にここまで怒ってくれるとは思ってもみなかったのだ。
「ご、ごめんなさい……」
マチルダはフルーエ王子が本当に怒っているので思わずそう謝罪した。
「ではタウロにも謝罪してもらっていいですか?」
フルーエ王子は、謝罪を要求する。
「ごめんなさい……」
マチルダは、また、同じ様に謝罪する。
「誤解が解ければ、大丈夫ですよ。──それに殿下、僕の為にありがとうございます。それでは失礼しますね」
これ以上はこの場にいるのは気まずいと思ったタウロはそう告げると、足早に退室するのであった。
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