第447話 聖女を送り届ける

 王都のグラウニュート伯爵邸に一瞬で戻ったタウロ、エアリス、ラグーネは、応接室で不満げに待っている『聖女』マチルダの元へ急いだ。


「遅くなってすみません」


 タウロがエアリスとラグーネを伴って戻ってくると、


「誰を連れてきたの?」


 と、ご機嫌斜めな態度で反応された。


「こちらは僕らの冒険者仲間で、この王国内でも有力な上級貴族ヴァンダイン侯爵の令嬢であるエアリスです」


「侯爵令嬢!?」


 さすがの『聖女』マチルダも侯爵令嬢と聞いて椅子から立ち上がった。


「『聖女』様、ごきげんよう」


 エアリスはマチルダに恭しく挨拶すると、この状況について話始めた。


 その内容とは、きっと王宮ではすでに騒ぎになっているであろう事、万が一、『聖女』に何かあった時、我が国とルワン王国との同盟関係は壊れ、その責任問題としてここに居る全員が処罰される可能性がある事など、心を込めて丁寧に説明した。


 エアリスの大人の魅力と美貌、その誠実そうな雰囲気に圧倒され、『聖女』マチルダも首を縦に振らざるを得なかった。


「……わかったわよ。ここは、エアリス嬢の顔を立てて王宮に戻るわ」


 マチルダはへそを曲げていたが、素直にエアリスの言葉に従う事にしたのであった。


「それでは、タウロ。グラウニュート伯爵にお願いして馬車の準備をしてもらって。──あ、『聖女』様がここに居る事を言っては駄目よ。知ってしまうと話が大きくなるから」


 エアリスはそう告げると準備の間、『聖女』マチルダの話し相手をする事にした。


 マチルダはエアリスの態度に心を許す気になったのか、身の上話をいくつかしてくれた。


 元々は平民の出らしいが、『聖女』である事がルワン王家に知られる事になり、まず、子爵家に養女入り、そこで教育と躾をみっちり教え込まれてから、次に伯爵家に養女入りしたのだという。

 そこからは、王家の保護下に入り、国内での実績作りとして、各地を『祝福』して回ったのだとか。


 四六時中王家の監視の元、そんな日々を送っていたが、実績も十分になったところで公式に世間へ発表。


 国内で『聖女』ブームになり、王家への支持が高まったところで、今度は諸外国への影響を考えて同盟国であるこちらに来た。


 有名な宰相の人物鑑定を受けて公認してもらう事で、今後の外交カードとして自分は一番有名な女性になるのだと、胸を張るのであった。


「『祝福』……ね?」


 エアリスはその話を聞いて思うところがあったのか、少し首を捻ったのだが、何も言わずにマチルダの労を労って続きを聞いた。


「アタシは『聖女』として、有名になって素敵な王子様と結婚するの。理想の王子様を今探しているのだけど、この国にも素敵な王子様がいたわ。ハーフエルフのフルーエ王子はアタシと年齢も同じだし、とても容姿が素敵でお優しい方よね。アタシととても似合っていると思わない?『聖女』の横に立てる数少ない人物だわ!」


 マチルダは恋する乙女の様な表情で、フルーエ王子の姿を心に思い描いている様子であった。


 フルーエ王子殿下、逃げてー!全力で逃げてー!


 タウロは心の中で友人の危機に警告を発するのであった。


 エアリスはタウロと同じ気持ちなのか視線が合うと苦笑する。


 そんな会話をしていると、馬車の準備が出来た。


 すぐにマチルダを乗せるとエアリス、ラグーネ、シオンが護衛として同乗、御者の横にタウロ、馬車の後ろのでっぱり部分にアンクが立って乗ると王城に向かうのであった。



 王宮のある王城では、想像通り大騒ぎになっていた。


 近衛騎士団や王国騎士団も総出である。


 最初、騒ぎを大きくしてはいけないと、秘密裏に王宮では探されていた。


 だが、城門近くで待ちぼうけを食らっていた『聖女』の取り巻き貴族から事情を聞き、王城外周辺を捜索、ここでも秘密裏に動いていたのだが、捜索隊が怪しい集団と遭遇、戦闘になった。


 どうやら、『聖女』の外出を狙って誘拐しようと企む諸外国の勢力だと思われた。


 しかし、その怪しい集団を捕らえたが自害してしまった為、判断はできない。


 だが、これでやっと、『聖女』に明確な危険が及んでいると判断した王家は公開捜索を始めたのであった。


 そんな中、グラウニュート伯爵家の家紋が入った馬車が、王城にやってきた。


 御者台には、王家の家紋入り小剣を携えたタウロがいたので、道を通される。


「……思っていたよりも大きな騒ぎになってない?」


 タウロは、御者台と車内の間の小窓からエアリス達に声を掛けた。


 まさか『聖女』を狙った集団が現れたとは思っていなかったから、事情を知らないタウロ達は動揺するのであった。


 王宮に到着すると、近衛騎士団が厳戒態勢で城門を固めていたが、ここでもタウロの王家の家紋入りの小剣は力を発揮した。


 道が開けられ馬車ごと入城しようとすると、近衛騎士からタウロが声を掛けられた。


「おお?もしや御者台にいるのはタウロ殿か?」


 タウロがその方向を見ると、そこには知った顔があった。


「あ!お久し振りです!あの時はどうも!」


 タウロが挨拶をしたのは、エアリスの侯爵家騒動の折に体を張って護衛を務めてくれていた近衛騎士であった。


「タウロ殿、念の為、車内を調べさせて欲しいのだが」


 近衛騎士は、生真面目にそう言って来た。


「えっと……、中にいるのは……──」


 タウロは素直に答えると大問題になると思って躊躇ったが、中からエアリスが現れた。


「あの時はお世話になりました騎士殿」


 エアリスは笑顔でその騎士に応対する。


「おお!ヴァンダイン侯爵のところの!──見違えましたな!こんなにお美しくなられて……」


「すみません、フルーエ王子に急ぎの面会なのですが、よろしいですか?」


「わかりました!わざわざ止めてすみませんでした」


 近衛騎士は道を開ける。


 ふぅー。こんなところで『聖女』が現れたら僕達絶対、囲まれて拘束、何を言っても事情聴取されているところだよね?


 タウロは内心冷や汗をかくと御者に馬車を進めさせるのであった。


 王宮内に入ると、外の騒ぎが嘘の様にひっそりしていた。


 散々探し回った後なのだろう、王宮には珍しく周辺は散らかっていて、使用人達がところどころで掃除をしてる姿が見受けられたが、それ以外は静かであった。


 タウロは馬車を止めると、すぐにマチルダを降ろす。


「それでは『聖女』様。あなたは最初から王宮内にいたという事でお願いします」


 タウロは御者台から頭を下げる。


「わかってるわよ!」


 マチルダは不機嫌そうにそう答えると王宮内に入っていくのであった。


「……これで大きなトラブルにならなくて済んだのかな……」


 タウロは安堵に溜息を吐くと、御者に「帰りましょう」と声を掛けるのであった。

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