第448話 聖女の式典

 失踪した『聖女』騒動は、王宮内に元からいたという事で、すぐに鎮静化した。


 その翌日には、王宮で近隣諸国でも有名である宰相による『人物鑑定』が行われ、マチルダは無事『聖女』のお墨付きを得たのだった。


「バリエーラ宰相閣下のお墨付きが出た今、わが国にも招いて、国民の前で陛下を『祝福』してもらわねばならんな」


「そちらの国はこの数年安定しているから後回しで良いでしょう?うちは陛下が戴冠してまだ2年。聖女様に『祝福』をして貰って箔を付け、国内の安定に努めなければならないのだから、そこは譲ってもらわないと」


「みなさんはまだいいほうですよ。我が国はこの数年間不作が続き、国民が苦しんでおります。聖女様には我が国に一刻も早くお越し頂いて各地を巡り、土地に『祝福』をしてもらわねば困るのです!」


 各国の大使達にはそれぞれ自国の思惑がある。


 聖女を抱えるルワン王国の大使に対して、自国を優先してもらう交渉を行おうと躍起であった。


 そんな中、この国、サート王国はバリエーラ宰相の『鑑定』を条件に国内各地を巡って聖女による『祝福』が行われる約束を取り付けている。


 その各地を巡る聖女の相手をするのが同年代のサート王国の若き有能な人物達を集めた取り巻き集団であるのだが、タウロ達は王都に滞在する間のみの条件であったからあまり関係がないはずではあった。


 宰相閣下による『人物鑑定』の翌日。


 聖女マチルダと各地を巡る間の若きエリート達を引き合わせる式典が行われた。


 そこには、もちろん、フルーエ王子の推薦でタウロとハク、エアリス、シオンも入っている。


 中には国内の大貴族の子息はもちろんの事、平民出身ながら、そのスキルの重要性から貴族へと急遽養子縁組したばかりの者、国内一の学校で首席の成績で高級官僚の道が約束されている頭脳明晰な貴族の次男坊などもいる。


 まさに国の未来を背負うエリート達の集まりである。


 なるほど、フルーエ王子の言う通り、人脈作りに持って来いの場所だな。


 と、タウロは納得した。


 そこにグラウニュート家の嫡男であるハクをねじ込めたのは大きい。


「私はそれで、タウロの弟であるハク君のサポートをすればいいのね?」


 タウロから簡単な説明を受けてエアリスが、状況を理解した。


「初めまして!よ、よろしくお願いします!」


 ハクは、綺麗なドレス姿で美人なエアリスにどぎまぎしながら、挨拶する。


「兄上、この方はやはり兄上の彼女なんですか……?」


 ハクはタウロに小さな声で耳打ちした。


「はははっ……。それはどうかな?エアリスは大切な仲間ではあるけどね」


 タウロは初めてそんな事を聞かれたので驚いて苦笑するのであった。


「タウロ様、ボク、場違いじゃないですか?」


 そこへシオンが、不安そうに声をかけてきた。


 シオンは、半獣半人という珍しい容姿をしている。


 今は式典の場という事でいつものフード姿ではなく、グラウニュート家が用意してくれたドレスを着ていたが、人の姿に猫耳と尻尾の姿は確かに目立っていた。


「シオン、あなたは可愛いから自信を持って。確かに珍しい姿だから奇異の目で見られているかもしれないけど、その分みんなを魅了しているわよ」


 エアリスがシオンの手を握って励ました。


「エアリスさん……。はい!ボク、恥ずかしがらない様にします!」


 シオンは、エアリスの手を握ったままであったが、決意表明をするのであった。


「君達、かわいいね。僕達と一緒しないか?丁度聖女様のところに挨拶にいくところなんだ」


 高価そうな指輪に首飾りをした、金髪、茶色の目をした上級貴族と思われる少年が声を掛けてきた。


 後ろにはぞろぞろと同年代の者達を5、6人引き連れている。


 年齢からすると15歳くらい、成長盛りのタウロよりも少し背が高いくらいだろうか。


「どちら様ですか?」


 タウロがエアリス達との間に入って答えた。


「おい。お前には誰も聞いてないんだよ。この方は、ハラグーラ侯爵の孫であられるスグロー様だぞ!この方はそちらの女性二人に用があるんだ、お前はどいてろ!」


 スグローと呼ばれた少年のすぐ後ろに付いていた眼鏡をかけた少年が前に出ると、タウロの肩を軽く小突いた。


 突いたと言ってもタウロはその手をスッとかわしたから眼鏡の少年の手は空を切った。


「タウロいいのよ。──そのスグロー坊ちゃんが、ヴァンダイン侯爵家の娘である私に何の用かしら?」


「ヴァンダイン侯爵家の令嬢!?という事はエアリス嬢……?」


「ええ、そうよ。名前くらいは知っているのね。──(眼鏡の少年に対して)あなたが肩を小突こうとしたタウロはグラウニュート伯爵家の長男よ。確かあなた、親は子爵の出ではなかったかしら?あまり失礼な態度を取らない事ね」


 エアリスはハラグーラ侯爵の名に怯む事なく対峙すると、眼鏡の少年に警告した。


 なにしろヴァンダイン侯爵家は、国内派閥の中でも中立派最大勢力である。


 ハラグーラ侯爵としては敵に回して宰相派閥と仲良くされる事を恐れていたから、味方に引き入れようと幾度となく接近を試みていた。


「こ、これは、うちの連れが失礼した。ハラグーラ侯爵家の者として謝罪しよう。あなたが、ヴァンダイン侯爵のご令嬢でしたか。噂で美人だとは聞いていましたが、実物は噂以上だ。今度、お食事でもどうですか?」


 スグローは、エアリスの容姿を余程気に入った様子で、素直に謝罪すると、デートに誘って来た。


「スグロー殿。──今日は聖女様の為の式典、お誘いするのは聖女様にした方がよいですよ」


 エアリスはやんわりとスグローの誘いを断った。


「そ、そうだな。今から聖女様へ挨拶しに行くので失礼……」


 スグローはエアリスの対応に呑まれると、取り巻きを連れて去っていくのであった。


「あれは絶対、才能じゃなく侯爵家のコネだけで入り込んでるわね」


 エアリスが辛辣な評価を下した。


「ははっ……。でも、後ろにいた取り巻きはちょっと雰囲気がある感じがしたんだけど、付く相手を間違っているなぁ」


 タウロは、残念そうにスグロー一派を見送るのであった。

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