第439話 嫡男と家臣
タウロと父グラウニュート伯爵の元ではすでに話し合われた事ではあったが、今回嫡男として迎え入れられたハクとその育ての親であるクロスの今後について当人達にも詳しく話す事になった。
タウロやグラウニュート伯爵が驚くほどハクはスムーズに養子縁組を受け入れていた。
タウロの説得もあるが、クロスからも言われていた事らしいのだが、お披露目会に来る前にクロスから、「これから何が起きても逆らわず、素直に受け入れろ。悪い様にはならないから」と、簡単な説明を受けていたのだ。
だから、何かがお披露目会で起きるのはわかっていた。
その会場に、剣の先生であるタウロが現れ、手を引っ張られ舞台に上がると養子決定の発表である。
これが育ての親クロスが言っていた事かと思うと、あまり驚かなくて済んだのだった。
会場でクロスと視線が合うと静かに頷いていたので、安心した部分もある。
その後、村長が連行され、連れていかれるのには驚いたのだったが、クロスもそれに付いて行ったので最初から決まっていたのだと、理解も出来たのであった。
タウロとグラウニュート伯爵は、全てを受け入れてこの数日間、養子縁組の話を進められても文句ひとつ言わないハクにクロスと引き合わせる事にした。
この数日、クロスはグラウニュート伯爵に協力して反対派の説得や、後始末をしていた。
「数日ぶりだなハク」
と、クロス。
「父上……。お話はタウロ先生……、いえ、兄上から聞かせて貰ったよ。これまでありがとう……」
「……私もタウロ殿に話を持ち掛けられなかったら、お前を悪い方向に追いやっていたかもしれない。だから、感謝はいらないぞ」
クロスは、大怪我を治療してくれた上に、大事な仮の息子ハクと自分の運命を変えてくれたのはタウロだからと強調した。
「いえ、僕は選択肢を増やしただけです。二人が選んで今ここにいるんですから」
タウロは、謙遜した。
「兄上には、感謝しかありません。ましてや自分が嫡男になれるところだったのに……。俺は兄上に嫡男の座を譲っても構いません」
ハクが、タウロと父グラウニュート伯爵に願い出た。
「それは駄目だよハク。君が嫡男になる事に意味があるのだから。僕は僕で冒険者として、まだ、旅に出たいという事もあるからね。僕的には君に押し付けた形なんだけど」
タウロは、父グラウニュート伯爵と視線が合うと苦笑いを浮かべるのであった。
「今後の話だが、クロスには今回、協力してくれた功績で私の側近として働いて貰う事にした。だからハクと会える機会はあるから安心しなさい」
グラウニュート伯爵は、クロスの人柄に好感を持ったようだ。
タウロからも報告を受けていたが、会って話を聞き、その誠実さと頭の良さ、さらには武芸に秀でている事など、優秀な人材である事は明白だ。
それだけに好待遇でグラウニュート伯爵はクロスを迎え入れたのであった。
クロスは最初、断ろうとしていたが、ハクの事が心配である事も確かであった。
それに、一歩間違えたらグラウニュート伯爵とは敵対関係になっていた可能性もあったのだ。
それだけに引け目があった。
だが、そう思うならなおの事、自分の元で働き貢献してくれ。と、説得されたのであった。
クロスもグラウニュート伯爵の誠実さに心打たれて家臣の一人になる事を決めたのであった。
「あとは、二人の時間にしましょうか、父上」
タウロは父グラウニュート伯爵に声を掛けるとハクとクロスを部屋に残して出て行くのであった。
その数時間後、タウロは父グラウニュート伯爵と、ヴァンダイン侯爵との三者で顔を突き合わせていた。
ここ数日、この三人で話し合う事が多かった。
内容は、タウロへの愚痴が中心である。
父グラウニュート伯爵は、タウロの説得で決心したとはいえ、嫡男はタウロの予定だったのだ。
母であるアイーダ夫人もタウロを実の息子の様に可愛がっていたから、グラウニュート伯爵家の為とはいえ、かなり渋った。
それだけに表面上は万事解決したように見えて、愚痴は出てくる。
そこに、今回のお披露目会の為に訪れていたヴァンダイン侯爵も加わった。
娘であるエアリスがまた、冒険をしたいと言い出した時には驚いたが、その時はタウロとではなかったのだ。
というのも、現在、ヴァンダイン侯爵家には真聖女を含む竜人族三人が滞在している。
この三人は侯爵家の守護神の様な状態で、暗殺ギルドの残党からもエアリスを護ってくれたりと活躍してくれた経緯がある。
ヴァンダイン侯爵は、エアリスがこの三人から色々と学んでいたので、冒険をしたいと言い出した時は、この三人とだと思っていたのだ。
だが、お披露目会に来てみると、タウロが嫡男の座をサプライズで他に譲って自由の身になり、エアリスはそこに感化された様に、タウロ達と冒険に行く選択をした。
竜人族三人となら、安全だろうし、すぐ戻ってくると思っていたのだが、タウロ達『黒金の翼』となると話は別である。
危険も多いだろうし、相性も良さそうなタウロ達となるといつまでも出かけて帰ってこないのではないかと心配であった。
だからこそ、ヴァンダイン侯爵はタウロに愚痴の一つも言いたくて仕方がないのであった。
「仕方が無かったとはいえ、嫡男の座を譲るとは……。ちゃんと伯爵家を継いでくれるならうちの娘を嫁に出してもよかったのに冒険に出る?タウロよ、どうしてくれるのだ。私も娘に許可した手前反対できないではないか」
ヴァンダイン侯爵はタウロの頭を小突いて文句を言うのであった。
「あはは……。なんだかすみません。そんな事情があるとは知らず……」
タウロはどう答えていいかわからず、とりあえず謝罪した。
「ヴァンダイン侯爵、それは仕方ないだろう。全ては偶然なのだから」
グラウニュート伯爵も愚痴りたい事はあるのだが、我慢するとヴァンダイン侯爵を落ち着かせるのであった。
だが、この後もタウロは二人の愚痴を聞かされるのであったが、タウロを探してやって来たエアリスが部屋に入って来てその場の雰囲気を察し、父ヴァンダイン侯爵を強引に連れて出て行く。
その間際、
「タウロ、あとで返却してあった装備、また、貸してね」
と、タウロにウインクして出て行くのであった。
「……エアリス嬢も少し会わないうちに一段と綺麗になったじゃないか。──タウロ、どうなのだ?」
「はい?どうとは?」
「……うちの子は、何でも出来て頭も切れるのに、こういう事は鈍感なのか」
グラウニュート伯爵はタウロの反応を見て苦笑するのであった。
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