第440話 脱退後からの今
エアリスはヴァンダイン侯爵領に引きこもっていた時期がある。
と言っても、双子の弟妹を可愛がる日々であったのだが。
とはいえ、エアリスの怪我は人にそう気づかれる事は無いが、歩く事に支障をきたしていたので、あまり表に出なくなっていたのだ。
だが、そんな生活が続いていた時、ふと気づいた。
もうすぐ、冒険者ランク降格の時期に来ていると。
冒険者ランクは、最後のクエストから2か月以上クエストしていなければ降格、5か月以上なら冒険者としてのその資格が剥奪される。
エアリスは冒険者を引退する決意をしたとはいえ、これまでの積み重ねてきた冒険者ランクを失うのは何か気が引けた。
タウロ達との思い出でもあったし、自分の誇りでもあった。
だから、降格期限が迫ると、領都内の冒険者ギルドに足を運び、薬草採取クエストを引き受けて降格を回避した。
その薬草採取クエストをやってみて、久し振りに領都の外に足を運んだ事に気づいた。
「……以前はこれが当然だったのに」
エアリスは、改めてショックを受けた。
怪我もあり、きっぱりと諦めていたつもりだったから、自分の変わり易い心境に苦笑する。
「……そっか。私、まだ、タウロ達との冒険の日々に諦めがついてなかったんだ……。諦めが悪いわね」
エアリスは自嘲するのであったが、それからも降格時期が迫ると薬草採取クエストを受けるのであった。
そんな中、ラグーネが会いに来てくれた。
それも、竜人族の仲間を三人も連れてだ。
その中には真聖女もいた。
ラグーネが言うには、エアリスの足の治療が出来ないかと真聖女に相談したらしい。
それに、タウロが暗殺ギルドの残党に狙われているので、エアリスも狙われるかもしれないと考え、護衛もお願いしたのだという。
竜人族の三人は快く引き受けてくれた上、ヴァンダイン侯爵家の守護神の様な立ち位置になってくれた。
ヴァンダイン侯爵もこの三人が只者ではない事がすぐわかったので、大歓迎だった。
そして、エアリスの足の治療が始まった。
最初、その治療は手探りからのスタートで、激痛を伴う事も度々あり、大変であった。
そんな中、ときおりラグーネが『次元回廊』で様子を見に訪れるようになった。
辛い治療の中、ラグーネが時折話してくれる自分がいなくなった後の『黒金の翼』一行の冒険譚を聞けるのは一時の安らぎになった。
そしてそれは、エアリスにとって大きな刺激となり、竜人族の三人(特に真聖女)を師事し、自分のスキルについての指導や、能力に関する知識を学び、エアリスは自分のできる範囲で努力する事で才能を徐々に伸ばしていった。
時にはその修行と言っていいかもしれない厳しい指導に辛いと感じる事もしばしばあったが、エアリスはそれさえも自分の成長に繋がっている事を実感し糧にした。
ある日、いつものようにエアリスの元に訪れたラグーネが、タウロから聞いた言葉をきっかけに、真聖女にエアリスの治療のヒントとなるアドバイスをすると真聖女も目から鱗とばかりに、その理論でエアリスの治療に当たり、見事完治する事が出来た。
エアリスは、真聖女が治療に四苦八苦している怪我だから、完治する事はないだろうとどこかで達観していたから、
「エアリス、これでまた、あなたは自分の好きな事ができますよ」
と、真聖女に言われた時は、一筋の涙が頬を伝った。
冒険者を引退し、元の生活である貴族に戻る事は当然の事だと思っていただけに、エアリスは自分自身でもこの涙に驚いた。
「……私、また、好きな事していいのかな……?」
エアリスは自問自答する様に口にした。
真聖女はそんなエアリスの気持ちをずっと一緒にいる事で察していたのだろう。
「あなたにはめでたく弟と妹もいる。貴族の務めもあるのでしょうが、ヴァンダイン侯爵は、そんな理由であなたを縛る気はないと思いますよ」
これも、真聖女マリアがヴァンダイン侯爵から感じた事だった。
「……私、マリアさん達と新たに冒険者やってみたいかも」
エアリスはそんな希望を漏らした。
だが、『黒金の翼』に戻りたいとは言わなかった。
ラグーネから、いよいよタウロがグラウニュート伯爵家の嫡男に収まりそうだから、解散もあるかもと、相談を受けていたからだ。
「タウロが貴族の義務を果たすと決めた時に、私が冒険者に復帰するというのもおかしな話ね。ふふふ!」
エアリスは、今や師匠であり友人である真聖女マリアに、そう漏らすと笑うのであった。
それからエアリスは竜人族三人と共にヴァンダイン領都の冒険者ギルドでときおりクエストを受注しては、活躍するようになっていた。
近隣では戦う侯爵令嬢として有名になりつつあった。
その為、お見合い話は縁遠くなりつつあるのであったが……。
貴族にとってヴァンダイン侯爵家は魅力的だったが、双子が生まれた為、エアリスと結婚しても旨味は少ない。
その上、冒険者として戦っているというのだ。
そんなじゃじゃ馬、貴族の妻に相応しくない、と思うのが普通であった。
フルーエ王子との縁談も王子自身の言葉で流れたから、父ヴァンダイン侯爵もエアリスの好きにさせた。
傍にはヴァンダイン侯爵家の守護神である竜人族三人がついているのだ、安心して任せられた。
そんな時、タウロのお披露目会に招待された。
そこで、ラグーネからも報告されていなかったサプライズが起きた。
タウロは突然現れた同じ養子の弟に嫡男の座を譲るという。
それはつまり、また、冒険者を続けるという宣言の様なものであった。
エアリスにとって、それは天啓の様に聞こえた。
私もまた、タウロ達と一緒に冒険が出来るのではないかと。
新たなメンバーもいて、自分が今更入れる余地があるのかわからないが、頭を下げて素直な気持ちを伝える事にした。
そして、お披露目会があったその日の夜。
エアリスは前置きを挟みつつ、タウロに勇気を出してまた、『黒金の翼』に入れてくれるようにお願いした。
タウロはもちろん歓迎してくれた。
その後、まるでチームへの入団試験の様に戦闘が始まったのは予想外であったが、久し振りのタウロとぺらと一緒に上手く戦えた事で自信にも繋がったのであった。
その日、ラグーネはエアリスの復帰に涙して喜び、アンクもぼやきながら歓迎してくれた。
そして初顔合わせのシオンは、ラグーネから聞いていたエアリスの実物に出会えた事に感激して握手を交わすと、「(タウロ様を)よろしくお願いします!」と、お願いするのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます