第437話 最後の残党

 タウロとエアリスの一部始終を陰から見ていたラグーネ達であったが、タウロが『気配察知』でこちらに気づいて気を遣うと邪魔になるという事で、早々に自分達にあてがわれた部屋に戻るのであった。


 そんな中、タウロとエアリスは庭園で二人、久しぶりの再会で話に花を咲かせていたのだが、そこへ霧が立ち込めてきた。


「ちょっと変じゃない?」


 タウロが、奇妙なタイミングでの霧を不審に思った。


「タウロ、この霧には魔力が込められているわ……!」


 タウロはエアリスの言葉に反応すると、エアリスから以前返却されていた黒壇の魔法杖をマジック収納から出して咄嗟に渡し、自分も小剣『タウロ』を取り出して構えた。


 濃くなる霧の中に一人の人影が映った。


 タウロは『気配察知』『アンチ阻害』を駆使してその影を正確に捉えている。


 今のところ、『真眼』でシルエットを確認してみても知らない人物の様だ。


 エアリスは人影が現れるのを待つ事なく魔法を詠唱すると結界を張った。


 その瞬間、範囲内の霧が晴れ、人影が姿を現した。


 それはやはり、見た事がない人物であった。


 赤い後ろに流した髪型に赤い瞳、その口元には驚きのあまり呆然と口を開けていた。


 そして、


「ちっ!結界師がいるとは聞いていないぞ!──仕方ない。いまさら一人殺すのも二人殺すのも違いはないか」


「お前は誰だ!」


 タウロは、エアリスの前に出ると、目の前の手練れと思われる男にダメ元で聞いてみた。


「ふん!タウロ・グラウニュート。俺は貴様の事をよく聞いて知っているぞ? 俺が北に仕事で留守にしている間に、竜人族を使ってギルドを壊滅に追い込んでくれたそうではないか。報告は聞いている。そして、今回も余計な事をしてくれたな。お陰で暗殺ギルド再興も叶わなくなった……」


「暗殺ギルドの残党ですか」


 タウロは冷静だ。これまで、暗殺ギルドとは死闘を繰り広げてきて、手の内も色々と分かっている。


 どうやらこの男は「霧」を自在に操る事ができるらしいが、自分は『アンチ阻害』を持っている。


 敵にとっては僕は相性最悪の相手のはずだ。


 そう分析して敵の動きを見逃すまいと集中した。


「貴様が放った竜人族の追手によって、俺の部下達も全てやられてしまった。追跡が厳しい以上、貴様だけでも殺して姿を消すとしよう。俺は暗殺ギルド副首領、実質ギルド最強の男だ。二人共死ぬがいい!」


 副首領はそう告げると、エアリスの結界を打ち消して、また、霧が一面に広がり始めた。


「ふふふっ! この程度の結界を解除できたからといって、実力が上のつもりなのかしら?」


 エアリスはそう言い返すと魔法を詠唱して杖を上に掲げる。


 するとまた、霧が晴れていく。


「そんな馬鹿な!? 先程と違って上位の解除が難しい霧だぞ!?」


 副首領は、エアリスの魔法に驚愕した。


「私を舐めないで。これでも真聖女に弟子入りして修行の日々を送っていたのよ。この程度、大した事ないわ!」


 真聖女とは竜人族の人間の事であるから、タウロはエアリスまで変な口癖が付いていないかと心配になるのであったが、確実に成長している事にタウロも驚くのであった。


「ならば、これならどうだ!」


 副首領の体から紫色の霧が吹き出す。


 すぐにタウロは毒霧だとわかった。


 庭園の木陰でタウロ達の様子を気にする事無くイチャイチャしていたカップルが、苦しみ始めた。


 エアリスは冷静に魔法を詠唱すると毒霧を解除し、さらには立て続けにカップルの解毒、結界で安全確保までして見せた。


 凄い!会わない間にこんなに成長していたなんて!


 タウロは、エアリスの魔法にまた驚くのであった。


 だが、タウロも驚いてばかりもいられない。


 マジック収納から自慢の『守護人形製円盾』を取り出し、副首領に接近戦を挑んだ。


 副首領は、再度エアリスの結界の中、霧をまた出しながら短剣を引き抜いてタウロに応じた。


 タウロは小剣、副首領は短剣で、霧に覆われながら刃はぶつかり合い、火花が何度も散る。


 今まで戦った人の中で一番強い!


 タウロは副首領が伊達では無い事が何合も剣を交える事で、その強さをはっきりと理解した。


「小僧、弓矢に優れていると聞いていたが、剣の扱いも慣れているな。だが、俺の敵ではなさそうだ!」


 副首領の強さは本物であった。


 タウロも見事に応戦しているが、相手が一枚上なのは、戦っているタウロも理解できた。


 だが、タウロは一切傷を負わない。


 副首領も、度々、タウロの急所に短剣で斬り付けるのだが、目にも止まらない何かに遮られ、その度に火花が散るのだ。


 それは、もちろん、ベルトに擬態しているぺらの仕業であった。


 タウロに届きそうな攻撃がある度に、高速でその攻撃を、変化させた触手?で弾いていたのだ。


 ぺらがいなければ、あっさりと急所を突かれ、絶命していたかもしれない。


 そんな攻防が続く中、エアリスがタウロに身体強化系の魔法を次々に唱えていく。


 副首領の霧は無視しての、能力上昇魔法であった。


 タウロには霧が通じていないと判断して、攻撃を優先したのだった。


 最初、圧倒的に副首領の優勢であった戦いも、謎の鉄壁の防御と、エアリスによる能力強化でタウロに互角の展開を強いられはじめた。


「くそっ!娘の方もなんという魔法使いだ!」


 次第に押され始める副首領。


 このままでは、自分が不利だと感じたのだろう、


「奥の手を使うしかあるまい……。俺にも負担が大きいが……、『霧隠れ』!」


 と副首領が唱えた。


 すると、副首領の体が、立ち込めた霧に溶け込んだ様に見えた。


 だが、タウロは『アンチ阻害』能力を持っている。


 どこにいるのかは見抜いている。


 タウロは鋭い斬撃をその霧に向かって浴びせたが、それは空を斬った。


「え!?」


 タウロは手応えの無さに驚き隙が見えた。


 そこに霧の中から短剣だけが飛び出しタウロを斬り付けた。


 だが、これもぺらの高速で動く触手?に弾き返された。


「貴様、どんな手を使って俺の攻撃を防いでいる!?」


 副首領が霧の中から顔だけを覗かせて苦々しく吐き捨てていると、エアリスがそこに躊躇なく攻撃範囲魔法『雷撃驟雨』を落とした。


 傍にはもちろんタウロがいる。


 ぎゃっ!


 攻撃が無効と思われたが、エアリスの魔法攻撃の直撃には耐えられなかったようだ。


 副首領は実態を取り戻してタウロの前に姿を現した。


 タウロはそこに躊躇することなく副首領の胸に小剣を突き立てる。


 格上の敵だ、捕らえる余裕はなかったのだ。


「……死ね!」


 副首領は最後の力を振り絞り、短剣をタウロに突き立てようとしたが、今度ははっきりとぺらが、擬態を解いてその攻撃を防いで見せた。


「……テイマーだったとは……な……、ぐはっ……」


 副首領は吐血するとその場で絶命するのであった。


「特殊スキル【&%$#】の発動条件の一つ<絶対的強者に打ち勝ちし者>を確認。[逆境能力強化]を取得しました」


 『逆境能力強化』?なんかまた変なの覚えた……。


 霧が晴れる中、タウロは、そう思いながら安堵してその場に座り込むと、エアリスに親指を立ててその咄嗟の魔法攻撃の判断を讃えるのであった。

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