第436話 お披露目会後の夜

 お披露目パーティーは、サプライズもあったが、無事終了した。


 反対派の一味は未然にほとんど捕らえられ、それを裏で糸引いていた暗殺ギルドも、残党を率いていた副首領以外は全滅したので、もう、まもなく終わりだろう。


 タウロは、豪華な衣装の首元のボタンを外して一息吐くと庭に出た。


 招待客のほとんどは、すでに用意された部屋に戻ったり、近くの宿に帰ったりしていたので、庭園に人影はほとんどない。


 中には、木陰で逢引する輩もいたが、その辺はタウロも気づかないフリをしてあげるのであった。


「ここにいたのね」


 背後からタウロに声を掛ける女性。


「エアリス。もう、部屋に戻ったと思っていたよ」


 会場は、使用人達が後片付けをしていて、人が結構いるのでエアリスに気づくのが遅れたのであった。


「話があるって言ったでしょ?」


 エアリスは、笑って答える。


 金髪の長い髪を結い上げて、赤い瞳に合わせた宝石の付いた髪飾りで止めている。


 ドレスは白を基調にした金色の刺繡が入った高価なもの。


 やはり、侯爵令嬢だ。


 とても似合っているし、最後にあった時よりも一層綺麗になっているのを月の灯りの元で再確認した形だった。


「そうだったね。ラグーネから聞いたけど、足はもう大丈夫なの?」


 タウロは、完治したというエアリスの足を気にした。


 パーティー会場では、歩いている姿に違和感はなかったので大丈夫だろうと思ったが、本人の口から改めて確認したいと思ったのだ。


「ラグーネが連れて来てくれた真聖女さんの治療のお陰で、この通り大丈夫よ」


 エアリスは、軽く踊る様にステップを踏んでタウロの前で大丈夫である事を証明して見せた。


「それなら良かったよ。──そうだ。話って何かな?」


 タウロは、何の用事なのか想像がつかなかった。


 ラグーネからは、エアリスは悩みがありそうだとは聞いていたが、詳しい事は聞いていなかったのだ。


「まずはお披露目会、成功おめでとうタウロ。でも、嫡男の座をハクという子に譲ったのはどういうことなの?」


 話があるというエアリスは話題を逸らす様にタウロの話題に触れた。


「うーん、成り行きというか、それが正しい流れというか……。でも、お陰で僕は爵位に縛られる事なく自由に動ける身にはなりそうだよ。冒険も続けられそうだし」


 タウロはすっきりした表情で笑って答えるのであった。


「ラグーネ達もその辺は同じ事を言っていたわ。ふふふっ。──話は聞いていたけど、タウロはタウロのままね。もちろん、成長しているのはわかるけど」


 エアリスはタウロの身長が、また伸びているのを確認する様に手で計る素振りを見せた。


「そうかな?──そうだ。エアリスは元の生活に戻って双子の弟妹も出来てかなり充実していそうだね。大分成長して大人になった雰囲気あるし」


 成長著しいエアリスをタウロなりに褒めるのであった。


「そうかしら?……そうね。そうかもしれないわね。新しい母であるメイからも最近そんな事言われたっけ。でもね?元の生活に戻ってみて、こんな感じだったかしらと、思う事が多いの。こんなに退屈だったかな?もっと心躍る日常じゃなかったかな?って」


「元の生活に戻るってそういう事かもよ?」


「そうなのかしら?──もちろん、家族と一緒にいる時間は楽しいし、幸せよ。弟妹の成長を見てるだけでも感動も多い。でも、タウロ達との冒険の日々を未だに思い出すの。とても、刺激的だった日々。危険な事との隣り合わせではあったけど、みんなと過ごした毎日を夢で見ては、起きた時泣きたくなるの」


「……」


 タウロは、その思いには答えない。


 エアリスにも上級貴族の令嬢としての責任と義務があり、自由な日々を懐かしく思う日があるのだろう。


 だが、それも過去の思い出だ。


 今はその思い出を胸に貴族の世界で生きていかなくてはならない。


「せめてタウロがこっちの世界に来てくれたら良かったのに。まさか、嫡男の座を譲って上手い具合に抜け出したわね」


 エアリスは呆れた様に、タウロをじっとりと見つめる。


「あははは……。ただの偶然だよ。それにこうする事で領地が二分される争いも起きなくて済んだし」


「グラウニュート伯爵夫妻はガッカリしているでしょう?」


「まぁね。でも、理解してくれたよ」


 タウロは説得した日の事を思い出し、苦笑するのであった。


「そう……。私はどうしたらいいのかしら?」


「エアリス?」


「足を怪我して、冒険者への諦めもついて貴族社会に戻ったのに、真聖女さんがそれを治療してくれた。そして、色々と真聖女さんから教わって、それを試す為に、また、領地内で冒険者みたいな事をしていたものだから、ちょっと色々と思い出しちゃったの」


「……」


 タウロはエアリスの言いたい事を察して言葉に詰まった。


「タウロはこちらに来てくれないし、みんなが羨ましい……」


「エアリス……」


「私ね、フルーエ王子との縁談が持ち上がっていたのよ」


 突然エアリスは驚くような発言をした。


「そうなの!?」


「でも、王子が断ったわ。タウロにもエアリスにも悪いって」


「僕達に?」


「あなた、王子に手紙を定期的に送って冒険の報告をしているでしょう?」


「うん」


「その手紙が楽しみなんだけど、その物語を王家の自分が関わって壊したくないって。だから、あなたの物語の登場人物のひとりである私を妻にはできないんだって」


「王子がそんな事を……」


「私がその物語から退場したのが、勿体ないって言うのよ、王子殿下は」


「それは、エアリスにも事情があるし……」


「でも、その事情も弟が生まれた事で解消されちゃったの。足も完治して元気いっぱいだし」


「それって……」


「ねぇ、タウロ。私をまた、冒険の旅に連れて行ってくれない?」


「……エアリス。ヴァンダイン侯爵家はどうするの?」


「パパには好きにしなさい、と、言われているから大丈夫よ」


 ヴァンダイン侯爵が!?


 タウロは内心驚いた。


 娘思いの侯爵が、また、危険な世界に娘を行かせる事に賛同するとは思っていなかったのだ。


そこで、少し考え込むタウロであったが、ここで断る事は出来ないと思える自分がいる。


そして、正解と思える言葉を口にした。


「……お帰り、エアリス。喜んで『黒金の翼』は君を歓迎するよ」


「ありがとう……、タウロ!」


 エアリスは嬉しさのあまりタウロに抱きついた。


 タウロは一瞬驚いたが、エアリスのあまりに嬉しいとう素直な気持ちが伝わってきてタウロも抱き締め返すのであった。



「良かった……」


「泣かせるぜ……」


「タウロ様、嬉しそうで良かったです……!」


 ラグーネ、アンク、シオンがこの一部始終を遠くから覗き見ていたのだったが、その姿を祝福するのであった。


 こうして、この日、『黒金の翼』は四人組から五人組になったのであった。

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