第405話 忙しい代官

 買い物を楽しんだタウロ達は、購入した可愛らしい青色を基調とした獣人用のワンピースに身を包んだシオンと一緒に街長邸に向かった。


 街長邸に到着すると、門番に領内巡検使の証を見せてから用件を伝える。


「これは、巡検使殿!お入り下さい!」


 門番は子供であるタウロの肩書きに驚いて門を開けて敷地内に通した。


 街長邸内にそのまま入ると、メイドが応接室に通しくれた。


 代官は今、忙しいので少々お待ち下さいという事だった。


「……思った以上に大変そうだね」


 タウロがシオンに話を振る。


「そうですね……。書類持った人が走っていくのが見えましたが、かなり忙しそうです」


 シオンもその忙しい緊張感を感じたのかタウロに同意した。


 そんな会話をしている中、少し時間が経ってから、代官が姿を現した。


「お待たせして申し訳ありません、タウロ様。領主様から話は聞いておりました」


「お忙しいところすみません。実は、火焔蟹の養殖場の件でお話がありまして」


「実はそちらの件はこちらも初めての事なので、施設を作るにしてもどのようなものにすればいいのかとか、養殖やり方、どのくらいの成長で出荷すればいいのか、手探り状態で困っています……。どうしたらよいでしょうか?」


 代官は、発案者であるタウロから話を聞きたいと思っていたのだろう。


 代官はタウロにすがる様に聞いてきた。


「それでは施設の方からですが、作りは土魔法で地中から土台を作る事からやって下さい。火焔蟹は地中にも潜るので土魔法で地中も固める必要があります──」


 タウロは、事細かに代官に説明を始める。


 代官は、なるほど!と、納得しながらメモを取り始めた。


 施設について一通り説明を終えると、今度は養殖方法だが、これは増殖力が強い火焔蟹である、ある程度放置でも問題はない。


 だが、ここで大事なのが火焔蟹最大の武器であり、一番厄介な左の大きなハサミである。


「──このハサミは、成長過程で一度斬り落として下さい。大丈夫、死ぬ事は無いので。通常、成体になる頃に左のハサミは大きく成長し、火の玉を飛ばせるようになりますが、成長途中ではそれもできません。途中で斬り落とす事で、生え変わるのに時間がかかるので、その間はほぼ無害です。出荷の時にもう一度、念の為に斬り落とし、右のハサミと足を縛り上げて生きたまま安全に出荷する事も出来ます──」


 タウロは、カクザートの街にいる間は嫌になる程、火焔蟹の討伐をやっていたのでその生態も熟知している。


 代官と、その部下達がわからず、手探りであった部分をタウロが補足するのであった。


「──なるほど!ありがとうございます!これで、養殖施設計画も話が進められますよ!」


 代官はクマのできた顔で笑顔になった。


 ここのところずっと寝ずに頑張っていたのが見て取れる。


「あと、新たな農作物の『醬油の実』ですが──」


「それも、知っておられるのですか!?」


 代官は、これもまた、未知の種を領主であるグラウニュート伯爵から手渡されてどうしたらいいのかわからずにいたのだ。


「これは、塩湖の近くで育てると良いです」


「塩湖の傍で!?それだと塩害に晒される可能性があるのでは?」


 代官の言う事はもっともだ。


 実際、塩湖の傍での作物を育てる事は、畑に塩が含まれた湖水が侵入したり、塩分の多い風に畑が晒されて被害を招くので、場所選びは難しいのだ。


 領主であるグラウニュート伯爵が推奨する未知の作物の種だったから場所を検討していたのだが、一番最初に除外していた塩湖の傍という提案には驚くのであった。


「その心配はありません。というかそういう土地でしか育たない植物なので塩湖の傍でお願いします」


「そうなのですか!?──塩湖の傍の土地なら、いくらでも広い土地が空いてるので、すぐ、候補はみつかります!助かりました!」


 代官はまた、ホッとする。


 これまで経験のない養殖や未知の植物を育てる事など、不安しかなかったのだろう。


 目に見えて安堵していた。


「僕も、他所に出かける前に言っておくべきでした、すみません」


 タウロは代官のそんな姿を見て謝罪した。


「いえ、顔を上げて下さいタウロ様。これで、難題であった二つが解決の目処が立ったので仕事が捗ります。ありがとうございました!」


 代官は、心の底からお礼を言うと、使用人にメモを渡して、早速、仕事を進めさせる。


「それは良かったです。ところで、父は、今、領都ですか?」


 タウロは、父の居場所は聞いた。


「はい。現在、領都におられると思います。領主様も何かと忙しい方なので。あとは、このカクザートの街の街長を早く任命して頂けるとありがたいのですが……。あ、すみません、不満ではないのですが、私、元々領主様の元で事務仕事をしていたのですが、代官という職務は初めてで戸惑っていたのです」


 代官は、本当に急遽任命されてきたようであった。


「そうでしたか……。父も人事については悩んでいるみたいでした。今度会ったら、伝えておきますね」


 タウロは、父親に代わってお詫びした。


「いえ、決まるまでは私も代官という職務を、粉骨砕身頑張りますので、よろしくお伝えください!」


 代官は、タウロの低姿勢に恐縮すると、決意を新たにするのであった。



 タウロはその後、代官といくつか仕事の話をした後、街長邸を後にした。


「代官の人、真面目でいい人だけに、次の街長を早く決めてあげたいところだなぁ。父も人選はかなり悩んでいる感じだったから、彼が事務仕事に戻れる日はまだ先かもしれない……」


 タウロは、代官の心配をするのであった。


「タウロ様、今度は領都に向かいますか?」


 シオンが何を思ったかそう聞いてきた。


「領都?……そうだね。行ってみるのもいいかもしれない……。ここを拠点として拘る必要もないものね。戻ったらアンクとラグーネに提案してみよう」


 タウロはシオンの言葉に賛同すると宿屋に戻るのであった。

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