第401話 深夜の戦い

 披露宴も無事終わり、その二日後には村長一家は嫁がせた娘と別れて帰郷する事になった。


 タウロ達はもちろん、その護衛である。


 新婚夫婦に見送られながら、村長一家の馬車と、護衛の村人の馬車二台、そこにタウロ達が最後に乗車して出発させる。


 そんな中、ワーサン魔法士爵がタウロ達に声を掛けてきた。


「君達、この護衛任務が終わったらうちに士官しないかね?うちは魔法士爵だから大したものじゃないが、領主であるグラウニュート伯爵からは信頼されている自負がある。おかげでこの街も任されているしな。だから、給金も十分支払えるだけの収入はあるつもりだ。息子を今後も鍛えて欲しいという事もある」


 ワーサン魔法士爵は、ドラ息子が一皮むけてくれた事がよほど嬉しいらしく、そのきっかけを作ってくれたタウロ達を高く評価してくれている様だ。


 一応、その上司であるグラウニュート伯爵の息子なんですけどね?


 タウロは内心で、そう答えるのであったが、直接言うのは控えた。


「魔法士爵。お誘いの言葉はありがたいですが、僕達は冒険者に誇りを持って生きています。それに、もしかしたら、気づかれるかもしれないと思ったので言ってませんでしたが、僕はこういう者です」


 タウロは、小声で言うと、マジック収納から領内巡検使の証を出して見せた。


「!こ、これは……!?領主様の代理として権限を与えられた証……!し、失礼しました……!それでは最近盗賊の討伐をされた巡検使とは、あなたの事でしたか……!まさか本当に存在したとは!」


 ワーサン魔法士爵は、そのまま平伏しそうな勢いなので、タウロは慌てて止めた。


「そういう事で、息子さんの決闘で、物事を処理しようとする行為は、このグラウニュート伯爵領内においてはあまり好まれない言動なので、以後控えさせて下さい」


 タウロはワーサン魔法士爵が、ドラ息子の行為を黙認していた部分があったのではないかと思って釘を刺したのであった。


「も、申し訳ありませんでした……。お恥ずかしい事です。息子も反省している様子。今後はこんな事が無い様に目を光らせておきます……!」


 ワーサン魔法士爵は、タウロに小声ながらも恐縮して頭をペコペコと下げる。


 それを遠巻きに見ている見送りの人々は、「?」という感じであった。


「それでは、御者さん出して下さい」


 タウロが、馬車を出す様にお願いした。


 こうして、ワーサンの街を後にするのであった。



 馬車に揺られながら、帰りはゆっくりと時間が流れている。


 村長も娘の幸せそうな姿を見られて安心したのか、ずっと笑顔である。


 村人の一部は、思い人であった娘の花嫁姿に尾を引いているのか静かに落ち込む者もいたが、行きと違い、帰りは任務を果たせた思いで、みな気持ちも穏やかであった。



 その日の夜は、近くの村で一泊する事になった。


 タウロ達は、緊張感のない村人達に代わって周囲をちゃんと警戒する。


 と言っても村の中だから、あまり警戒のしようもないのだったが、暗殺ギルドの残党による襲撃だけは、気を付けるのであった。


 そして、深夜。


「起きろタウロ。外を何かに囲まれている」


 この時間の見張りの担当をしていたラグーネが、タウロを起こしに部屋に訪れた。


「……何か?」


 タウロの『気配察知』には、何も引っ掛かっていなかったので、窓からすぐ外を確認する。


 月明かりに複数の人の影が映った。


 だが、『気配察知』にはやはり人の気配がない。


「残党の傀儡士っぽいね。それにしても見えるだけで、結構な数の人影が見えるのだけど……。──ラグーネ、シオンも起こしてきて」


 タウロが、ラグーネにお願いする。


 すると、アンクがタウロの起きた気配に気づいて目を覚ましてきた。


「……リーダー、どうした?」


「敵が来たみたい。警戒して」


「村で襲ってくるとは、大胆だな」


 アンクは、すぐに起き上がると、大剣を手にした。


 眠たそうなシオンが、部屋から出てきたが、タウロの姿に気づくと、尻尾をピンと立てて緊張状態になって革鎧の能力である黒い靄が出て来てフード姿に形をとった。


「じゃあ、行くよ」


 タウロ達は村人達を巻き込まない様に、二階の窓から外に飛び出した。


 通りの道に出ると、宿屋を囲んでいた人影がそのタウロ達をまさに標的として集まって来る。


 ざっと数えて二十人以上はいる。


 これだけの数を催眠術で契約を交わし、傀儡で操っているのなら前回はただの探りだったのだろうか?


 タウロが、そう警戒していると、月にかかった雲が晴れてその人影を照らした。


「歩く死体!?」


 タウロ達は自分達を囲む人達の正体に驚いた。


 それは生前は人であったろうが、明らかに腐乱した遺体やボロボロの服を纏った骸骨だったのだ。


「なるほど、人形を短期間で作って用意するくらいなら、村の墓場の遺体を漁って操った方が早いという判断か」


 ラグーネが、感心する。


「じゃあ、こいつらは歩く死体じゃないって事か?」


 アンクが、骸骨はともかく、腐乱死体の強烈な臭いに鼻に皺を寄せて嫌がる素振りを見せた。


「それでは、『聖域』魔法は通じないんでしょうか?」


 シオンが、対歩く死体用に魔法を詠唱し始めていたが、中断した。


「近くに傀儡士達が潜んでいるはずだから僕が、みつけるよ。みんな、こいつらを任せたよ」


 タウロは歩く死体の群れを、ラグーネ達に任せると、『気配察知』に集中する。


 周囲は宿屋や民家が集まっているので、寝ていると思われる人の気配は多い。


 その中から、タウロは例の二人の気配を探し始めた。


 その間、そうはさせまいと歩く死体の群れはタウロに襲い掛かる。


 だが、ラグーネが、盾の能力を発揮して立ちはだかり、歩く死体を吹き飛ばす。


 アンクも、嫌々ながら腐乱死体を真っ二つに両断する。


 飛ぶ斬撃で切り捨てる方法もあったが、村の中なので、他の被害を避けたのだった。


 シオンは腐乱死体はアンクに任せて骸骨をその拳で粉砕する。


 それぞれが自分の役目を果たしていると、タウロは民家の二階の窓際に例の傀儡士の気配を察知した。


 傍にもう一人の気配があるが、それは催眠術士のものではない。


 催眠術士は一階に他の気配の人物の傍にいる様だ。


 どうやら、人質に取っているのか催眠術で味方に引き入れているのか……?


 だが、タウロの『真眼』にはそのシルエットが映っている。


 タウロは民家の二階に映る傀儡士のシルエットに弓矢を構えた。


 矢は、白く鋭い光を宿す。


 二階の傀儡士は、それに気づいたのだろう。


 窓の傍から慌てて離れた。


「……それじゃあ、逃げられないよ?」


 タウロはそうつぶやくと二階の壁に向かって光の矢を放つのであった。

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