第402話 弁償のお話

 深夜、村の通りで、月の光に映し出されるのは、『黒金の翼』と、歩く死体達。


 そして、まばゆく光る、光の矢。


 その光の矢が、民家の二階の壁に向かって空気を切り裂き、真っすぐ飛んでいった。


 矢は、鈍い音を立てて壁を貫通すると、その奥にいる傀儡士の胸を射抜いた。


「ぎゃっ!」


 短い悲鳴が民家の二階から上がる。


 その傍にいるシルエットは、一階の催眠術士の傍まで急いで下りて行くのがわかった。


 それと同時に、タウロ達を襲っていた歩く死体達は動きを止め、その場に崩れ落ちる。


 やはり、傀儡士が仕留められた事で、動かなくなったのだ。


 催眠術士は、それを一階から確認し、二階から降りてきた催眠術で操っているであろう住民から傀儡士の最後を聞かされたのか、住民二人を慌てて壁側に立たせてその陰に隠れた。


「やっぱり、そうするよね」


 タウロは『真眼』でそのシルエットを確認すると、その民家にラグーネ達と共に歩いて行く。


 すると、それを窓から確認した催眠術士が、


「そこで止まれ!住民二人がどうなってもいいのか!」


 と、脅しをかけてきた。


 催眠術で操られている住民は、催眠術士の言葉に従い、刃物を自分自身に向けて窓際に立ち、壁になっている。


 タウロは、弓矢を構えた。


「ま、待て!俺を殺しても催眠術は解けないぞ!これは俺が編み出した独自の魔法。つまり、解くには俺ではないと無理という事だ」


 催眠術士は、弓矢を構えるタウロに警告した。


「……魔法なんだね?それはちなみに、闇魔法かな?」


「……それがどうした?確かに闇魔法だが、俺独自の繊細な術だ。知ってもそう簡単には解けないぞ!だから、その弓矢を下げろ!この二人がどうなっても良いのか!?」


 催眠術士は、住民二人の陰に隠れて再度警告する。


「シオン、いける?」


「……いけます」


 シオンは、タウロの意図するところを察して短くそう答えた。


「じゃあ、お願い。3・2・1……、行って!」


 タウロが、合図を送ると同時にシオンはその拳で民家の壁を粉砕し、そのまま、刃物を自分自身に向けている村人二人に飛び掛かった。


 村人二人が慌てて自分自身に刃を突き立てようとするが、シオンの動きの方が早く二人は腹部に拳を食らうと一瞬で意識を失ってその場に倒れ込んだ。


 その瞬間、タウロの放つ矢が、シオンの顔の横を通過し、背中を見せて逃げる催眠術士の背中を射抜く。


 ぐはっ


 催眠術士は驚いて振り向いた。


「ば、馬鹿な……。俺が死んでもその二人の住民は死ぬ事を選ぶぞ……!」


 催眠術士は倒れ込みながらそう答えた。


「大丈夫。闇魔法は僕の得意分野。そして、『魔力操作(極)』持ちだから繊細な魔力操作もお手のもの。──こんな感じかな?」


 タウロが住民二人の頭部に手を軽く当てながら詠唱する。


 そして、


「これで解けたはずだよ」


 と、答えた。


 そこへ、シオンが治癒魔法で二人を目覚めさせる。


 住民二人(夫婦であろうか?)は、目を覚ますと先ほどまでの記憶があるのだろう、抱き合って泣き始めた。


 その光景を目撃した催眠術士は愕然とした。


「そ、そんな馬鹿な……!俺のオリジナルの魔法が一瞬で解けるはずが……」


 催眠術士は、絶望したままその場で息絶えるのであった。


「これで、解決したけど……。通りの遺体はやっぱり僕のマジック収納で回収だよね?」


 心情的に腐乱死体をマジック収納に一時的でも入れたくないタウロであった。



 深夜の騒動は、村中の住民を目覚めさせる事は、容易な事であった。


 通りでの戦闘、壁を粉砕する音である。


 起きない方がおかしい事態であった。


 護衛対象である村長一家も慌てて起き、その経緯を宿屋の窓から息を殺して眺めていたが、無事解決した事には胸を撫で下ろした。


 しかし、襲撃者である傀儡士達による墓場荒らしに、死体の損壊、粉砕された民家の壁の修理費などは、村長も眉を潜めた。


「うちが払わなくてはいかんのかね?」


 村長が渋るのも仕方がない。


 結婚式で大枚を叩き、結構な出費をしている。


 そこに、傀儡士達が狙っていたのはどうやら、雇ったタウロ達『黒金の翼』らしい。


 元は自分が雇った二人組ではあったが、標的がタウロであり、こちらは巻き込まれたと言っていい側なので、釈然としないのであった。


 宿泊した村の村長も騒ぎを聞きつけやってきた。


 もちろん、村長同士の話し合いになる。


「これだけの騒ぎを起こして、無関係とは言えんじゃろ?」


 宿泊した村の村長が、そう指摘する。


「……だが、しかし、この請求額はさすがに……」


 早く村に帰りたい村長も提示された額に難色を示す。


 タウロがそこへ現れた。


 そして、一部始終を説明した。


 戦った二人が、暗殺ギルドの残党である事をだ。


「……ふむ、だが、うちには全く持って関係ない話じゃ」


「もちろん、迷惑料は僕がお支払いします。ただし、適正額でお願いします」


「これだけ騒ぎを起こしておいて、何を言っている!それに、そちらはゼンユの村の村長じゃろ!近隣でも儲けている村なのは有名な話。支払えない額ではないじゃろうが!」


 完全に足元を見ての請求である事を隠す気はない様だ。


 タウロは溜息を吐くと、ゼンユの村の村長に部屋から一時退室して貰う事にした。


「なんじゃ儂を脅す気か?儂はそっちが払える額を請求しているだけじゃぞ!」


「脅す相手を間違っていますよ、村長さん」


 タウロは、これ以上は話にならないと思ったのだろう、ここでも領内巡検使の証を示す事にした。


「こ、これは!」


 村長は驚いて目を剝いた。


「別に支払わないつもりではありません。ですが、ここで欲を出し過ぎるものではありませんよ」


「す、すみませんでしたのじゃ……」


 村長は、目の前の子が、最近、盗賊討伐で活躍した領内巡検使その人だとわかって恐れ入った。


「いえ、こちらもお騒がせしました。それでは、こちらをお納め下さい」


 タウロはそう言うと、迷惑料を出す。


 民家の壁や墓場の修理、怖い思いをした住民への迷惑料など多めに包んであった。


「こ、これは。少し多いかもしれませんのじゃ……」


 村長はさっきから一転して自分から申し出た。


「今後、ゼンユの村とのしこりが残っても困りますから、受け取って下さい」


 タウロは答えると、すぐにゼンユの村の村長を室内に呼び戻した。


「話がまとまったので、お互い握手してお別れの挨拶としましょう」


 と、仕切るとすぐ、村長二人に握手をさせて一件落着とし、帰郷の為にその村を後にする村長一行とタウロ達であった。

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