第398話 街長と村長と
郊外の小さい丘での決闘騒ぎは、観戦者の口から町全体にすぐに広まった。
そして、ドラ息子の醜態は、街長の耳にも入る。
結婚前に花嫁に夜這いをした事が原因で決闘になった事もしっかり広まっていたから、街長であるワーサン魔法士爵は自分の息子の愚かさに落胆するしかなかった。
魔法士爵としては、ドラ息子が結婚を機に落ち着いてくれる事を期待していたのだが、その前にこんな騒ぎを起こしたのだからたまらないだろう。
花嫁の父である村長も、複雑な思いであった。
タウロが勝った事は、雇い主としては内心誇らしい。
だが、村長として娘を魔法士爵の息子のところに嫁入りさせる身としては、素直に喜ぶわけにもいかないのだ。
明日には大事な娘が嫁入りするのに、その相手である婿殿の一連の醜態に、正直かなり幻滅するしかなかった。
双方の親が、この決闘の結末に頭を悩ませる中、タウロは決闘で勝利した側の条件として「花嫁の意志を尊重する」という権利を花嫁である娘に伝えた。
「自分の好きなように判断していいんですよ」
タウロは、娘がどういう判断をするにしても、ドラ息子が今後、介入できない様にするつもりでいた。
自分は決闘相手でもあるが、領内巡検使として、このグラウニュートを統治する伯爵の息子として一人の証人でもある。
だから、この決闘での約束に異議を挟ませる気は毛頭ない。
「……私の判断……」
娘は決闘を伝えられて他人事の様にその結果を楽しみにしていたのだが、いざタウロが勝利して、自分の意志で今後を決めていいと言われて戸惑った。
結婚を望んでいないのは事実。
ましてや相手があのドラ息子と知ってはなおさらである。
だが、村長である父は、結婚を望んでいる。
村の今後の発展の為にも父の為にも結婚した方が色々と得になる事も多いのかもしれない。
だが自分の幸せはどうなのだろう?
家族は、結婚してみないとわからないとか、最初はそんなものだと言う。
母も元々は、他所の村から嫁いできたから、説得力はあるのだ。
だが、あのドラ息子を知ってしまうとやはり心は揺れる。
それに、目の前にいる同年代の冒険者の少年少女から話を聞く事で自分の知らない世界が広がったから、その世界を見たいという思いもあったのだった。
娘が悩んでいると、そこへ、ドラ息子の父親であるワーサン魔法士爵が面会を求めて宿屋の前まで来ているという知らせが来た。
村長も慌てた。
あちらから面会を求めて来るとは思っていなかったのだ。
村長は奥さんに落ち着く様にと諭されると深呼吸し、皆を代表して宿屋の一階の食堂で会う事にした。
「この度は我が息子が結婚目前に失礼な事をしてしまい、申し訳ない……!」
ワーサン魔法士爵は、身分差を無視して村長に深くお詫びした。
「わ、ワーサン魔法士爵様、お顔をお上げ下さい!」
村長は、頭を下げる魔法士爵の顔を上げさせた。
「だが、我が息子が未遂とはいえ、失礼を働き、そればかりか決闘でその行いを、もみ消そうとしたと聞く。親として、この街の長として恥ずかしい限りだ。……後ろにいる少年が決闘でうちの息子にかったという冒険者……、かな?」
ワーサン魔法士爵は、村長の後ろに待機するタウロに気づいた。
「ええ。うちで雇っている腕利きの少年冒険者です」
村長は、簡単に紹介した。
「……どこかで見た気が……、いや、知っているだけか?何か既視感めいたものを感じるが……。なんであろうか?」
ワーサン魔法士爵は、タウロを見て首を傾げた。
多分、グラウニュート伯爵から、タウロの話の一つでも聴いてイメージしていたのが、きっとどこか合致したのだろう。
そうとは気づかないワーサン魔法士爵は、タウロが気になって仕方がなかったが、答えがでないので、村長に話を戻した。
「宣誓書にまでサインして行われた決闘となれば、こちらも守らなければならぬ。……村長殿、そちらの娘の意志を尊重したいと思う。結婚の破棄を望まれても私は非難せぬ。破棄されて当然だからな。──ただ少し息子について話すならば、あの子にも良い面はあるという事だ。親馬鹿だと言われればそれまでだが、あの子は、元々、私の様に魔法で名を成したいと思っていた時期があってな。だが、スキルは『騎士』だったからそれも果たせず、剣を磨かせる事になったのだ。親としても不憫で甘やかしてしまい、気づいたらあの様に傲慢な態度を取るようになっていた。だが、私にもあの様に驕る時期があったのだ。その自分のきっかけが、そうであったように結婚すれば落ち着くと思っていた。だから息子が一目惚れしたそちらの娘との結婚にも賛成していたのだよ……。だから、あの子にもチャンスを上げて欲しい……。もちろん、勝手なのはわかっている」
ワーサン魔法士爵はそう言うと、また、頭を下げた。
「ワーサン魔法士爵様、ですからお顔をお上げ下さい!」
村長は慌ててまた、ワーサン魔法士爵の顔を上げさせる。
そこへ、壁越しに話を聞いていた娘が現れた。
「お話は聞かせて貰いました……。でも、今のままの婿殿とは結婚したくないです」
その言葉に、ワーサン魔法士爵は、肩を落とした。
だが、当然と言えば当然だ。
そして、娘は続ける。
「ですから、しばらく結婚を延期して貰っていいですか?彼が今回の事をきっかけに変わってくれるのであれば、その時改めてお願いします」
「誠か!?うむ、うちの息子には何としてでも、反省させてそなたに相応しい男に改めさせよう!それは良かった……、うん」
ワーサン魔法士爵は娘の寛大な判断に安堵すると頷き、ほっとした。
そして、この娘がもし、息子の花嫁になったならば、将来も安泰だろうと思うのであった。
「そこの冒険者の君。君が決闘を受けてくれたお陰でいい結果に結びついた。ありがとう。だが、よくうちの息子を返り討ちに出来たものだ。あの子の剣の才能はかなり優秀だと言われていたのだがな。上には上がいるものだな……」
「息子さんは、才能は確かにあると思います。実戦経験を積めば、ワーサン家を担う立派な騎士になると思います。ただし、あの性根を叩き直しての話ですが」
タウロは正直な気持ちを伝えた。
性格に難があるが、それさえ直せば、グラウニュート伯爵家の与力として、力になれる人材のはずである。
娘の寛大な判断で、一時的にとはいえ丸く収まった事で、両者に溝が出来なかった事を、タウロは内心安堵するのであった。
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