第369話 完全休養の日(5)

 完全休養のある日。


 いつもの事ながらタウロは誰かの視線を感じていた。


 タウロは目立つ存在であるからこれはいつもの事であった。


 まだ十三歳の子供でありながら、熟練者が到達できるという銀のタグを首から下げたDランク帯冒険者なのだ。


 それに、このカクザートの街では、塩湖の魔物討伐で活躍し、その後の復興にも大きく貢献しているのだから一部注目の的と表現しても過言ではない。


 タウロはその視線を能力の『気配察知』で感じる事がここのところ多いので、休養期間中は敢えて能力を遮断してそれにも鈍感に努めていた。


「……今日は能力を使わなくてもやたら視線を感じる。と言っても原因はあの子達だろうなぁ」


 タウロが口にしたあの子達とは、タウロを遠目に羨望の眼差しで見つめる地元の子供達であった。


 六歳くらいの小さい子から、タウロと同い年くらいの子までの五・六人が、タウロの一挙手一投足を見つめているのだ。


 タウロが、武器屋に入ると、「かっけぇー!」という声が聞こえてきたり、薬草屋に入っていくと冒険者にとって必須なアイテムを選んでいると思うのかタウロの視線の先の物を店頭から確認する。


「視線の先にある薬草、あれなんだ?」


「さあ?」


「きっと魔物退治に必要なものさ!」


「すげぇー!」


 子供達は、お店に入ると店員に怒られるのを分かっているので、入ってこない。


 ただ、声が大きいのでばっちりタウロにも聞こえていた。


「……ははは。買いづらい……」


 タウロは羨望の眼差しを向ける子供達の手前、見ていた薬草がカレーの材料である香辛料の一種であるとは口が裂けても言えないのであった。


 タウロは、一度声を掛けて話を聞いて上げれば、付き纏いも無くなるかなと考え、買い物の後、通りで振り返ると子供達に話しかけた。


「君達、僕が誰だか知ってるの?」


 タウロは、わかり切った質問だが、尾ひれがついた答えが返ってくる場合に備えて聞くのであった。


「は、はい!この街を救ってくれた英雄です!」


「大人でもビビる魔物を殲滅してくれました!」


「悪い街長もやっつけて、この街のみんなを救ってくれたんでしょ!」


「悪い冒険者も逮捕したんでしょ!」


 憧れのタウロに声を掛けられると、子供達は堰を切った様に話し始めた。


「どこかの国の王子様だって俺は聞きました!」


 最後のは!?


 最初、意外に尾ひれがついていない噂にタウロは、うんうんと頷いていたが、最後の情報には完全な尾ひれが付いている事に驚いた。


「え?僕が王子?」


「はい!だからこっちから話しかけたら、駄目だって母さんが言ってた!」


「俺は失礼があったらテウチにされるって言われた!」


 手討ちって……。


 タウロは子供達の噂話に苦笑するとそれらを否定した。


「僕は、君達と同じ平民出身だよ、ボソッ(貴族の養子に入ったけど)。王子じゃないから正しい情報を周囲には伝えてね?」


「「「そうなの!?」」」


「そうだよ。だから手討ちにもあわないよ」


「じゃあ、じゃあ、領主や悪党をやっつけたり、魔物を退治したのは!?」


「それは……、本当かな?」


 あまり子供達に英雄視されたくないタウロであったからうんとは言いたくなかったが、事実には正直に答えるしかなかった。


「……うちのお父さんは、冒険者は大人にならないとなれないって言ってたよ?」


 子供達の端っこにいた小さい男の子がそう口にした。


「……うーん、そうだね。お父さんの言う事も間違いじゃないかも。冒険者になるにはいっぱいお金が必要だし、それなりに実力がないと続かないから、大人になってからなるのが一番かな?僕は生きるのに必死だったから君の歳くらいになったけどね」


「……そうなんだ!」


「じゃあ、俺、大人になったら冒険者になります!」


「俺は親父の跡を継がないといけないからなぁ……」


 子供達はタウロの返答を聞いて、口々に感想を漏らす。


「お父さんは何してるの?」


「塩湖で塩を作ってるんだ!親父はタウロ殿はイジンだって褒めてた!」


 偉人は褒め過ぎだよ、この子のお父さん……!


 タウロは内心苦笑いするとツッコミを入れるのであった。


「そうか、褒めてくれてありがとうね。僕はこれから用事があるから行くけど、君達も家に戻るんだよ。あ、今日特別にこれを君達に上げよう」


 タウロはそう言うと、マジック収納から饅頭を子供達の人数分取り出すと配った。


「これは!?」


 甘い香りがする物体に子供達は興味津々だ。


「それは、冒険者の疲れを癒すあんこたっぷりのお饅頭だよ。みんなには内緒にね?」


「「「うん!」」」


 子供達は元気よく頷くと思い思いに饅頭を食べていく。


 一口で食べる子もいれば、少しずつ食べる子もいる。


 中には食べずにポケットに入れる子もいた。


 先程の冒険者は大人にならないとなれないと言っていた少年だ。


 子供達が、饅頭の美味しさに感動している中、


「食べないの?」


 とタウロは、興味を引かれて質問した。


「いつも帰って来たら疲れてるお父さんに上げたいから……」


 ……ええ子や!


 タウロはその言葉に、内心、洪水の如く涙が溢れるのであった。


「じゃあ、君のお父さんの分も含めて家族分上げるから、それは君が食べな。みんなも家族分、上げるから大事に持ち帰るんだぞ?」


「「「やったー!」」」


 子供達は浮かれて喜びを爆発させた。


 タウロは、子供達がおうちで家族と一緒に食べられるように、子供の分と家族の分を包んで一人一人渡していき、みんなを家に帰した。


 少年は、最後まで残ると、タウロにお辞儀をする。


「……僕、大きくなったらお兄ちゃんみたいな冒険者になるから!」


 少年はそう答えると、饅頭が入った包みを大事に持ってみんなを追い、走っていくのであった。


「……なんかちょっと良い事した気分……」


 タウロは、そう漏らすと、用事を済ませに街長邸に向かうのであった。

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