第370話 完全休養の日(6)

 タウロはひとり、街長邸に向かっていた。


 領都に帰っていた義父グラウニュート伯爵が、また、こちらに戻って来たらしい。


 当初、タウロはラグーネがヴァンダイン領から戻って来たら、領都まで向かい、そこで品種改良した種の数々を義父に直接渡そうと思っていたのだが、どうやらカクザートの街の街長について決めかねているのか人選の為、また、舞い戻って来た様であった。


「……カクザートの街はグラウニュート伯爵領の要所、人選も今回のミスから悩んでるだろうなぁ」


 タウロは義父の気持ちになると、大変そうだと思うのであったが、自分はここに来て日が浅く自己紹介もまだの養子である。


 とやかく言う資格は無いから考える事を止めるのであった。


 義父のいる街長邸に続く道を進んでいると、反対側から女性が歩いて来た。


 フードを目深に被っているのでシルエットで女性と判断したのだが、あちらはこちらを意識している気配が伝わって来た。


「……僕を知っている人かな?」


 タウロは内心、そう疑問に思いながらもその女性とすれ違う。


 その瞬間だった。


 その女性からタウロに向けられた気配が殺気に代わり、その殺気が一瞬で膨れ上がるのを感じたので、腰に差している小剣「タウロ」をとっさに抜き放った。


 すると金属音が鳴った。


 その女性はフードの下から短剣を抜き放ち、タウロに斬り付けようとしたのだ。


「くっ!出会い頭ならやれると思ったのに!」


 フードの女性は刃を重ねるタウロの想像以上の早い反応に驚いて後ろに飛び退った。


「……どちらさまですか?あなたに恨まれる覚えがないのですが?」


 タウロは冷静に周囲の気配も『気配察知』使って確認し始めた。


 先程まで能力は消していたのだ。


 なので殺気に気づいたのは、本当にただ勘であった。


 周囲には他の気配はない。


 単独犯?


 タウロは、そう、推測したが、つぎの瞬間にはその考えも変更した。


 かなり遠いが『真眼』の能力の察知範囲ギリギリから、こちらを観察している者がいるようだ。


 監視と、実行犯の二人だけか?


 タウロは、そこまで確認して、相手の返答を待った。


「身に覚えがないだと?──我々暗殺ギルドの本部を襲撃した化物共の中に貴様が混じっていたのは、仲間が確認済みだ!」


「……なるほど。残党ですか」


「貴様らは我々生き残りが地の果てまで追っていき殺してやる!」


 女暗殺者殺意をむき出しにしてタウロを威嚇した。


「……残念ですが、もう時間の様です。それと、勘違いしないで下さい。あなた方が僕達を追っているのではありません。こちら側があなた方を追っているんです」


 タウロの能力『真眼』には、こちらを監視していた人物の命が消えたのがわかった。


 それと同時に、命の消えた気配の場所に、味方の気配が『真眼』の察知に引っ掛かる。


 竜人族の面々だ。


 今、この街には、暗殺ギルド殲滅作戦に参加した竜人族のメンバーのほとんどが、滞在している。


 そんなところに飛び込んで来たのだから、この暗殺者達は愚かであった。


 そして、そう思った次の瞬間、女暗殺者は急速に迫って来た竜人族に反応する事無く斬り捨てられるのであった。


「……雉も鳴かずば撃たれまい、か……」


 タウロは前世のことわざをふと思い出し口に出した。


「大丈夫でしたか、タウロ殿。遅れて申し訳ありません。こちらを襲撃しようとした連中は残らず返り討ちにしたのですが、まさかタウロ殿も狙ってくるとは……」


「僕は大丈夫です。ちょっと油断してたので驚きましたが、──この短剣を見る限り、毒殺狙いだったようなので僕にはどちらにせよ通じません。それにぺらもいたので万が一はありませんね」


 タウロは、刺客の手にしていた短剣を掴んでそう答えると、ベルトを触ってぺらの活躍の場を奪った事を、ごめんねと謝るのであった。


 ぺらはぷるんと震えて答える。


 ちょっと、ご機嫌斜めな気もするが、大丈夫そうだ。


「では、我々は退散します。──ぺら、タウロ殿を頼んだぞ」


 竜人族の男が、ぺらに村の英雄の事をお願いした。


 ぺらは、擬態を解いて、ぴょんと跳ねると、空中で盾に擬態し、次の瞬間にはスライムの姿に戻り、また跳ねる。


 そして、また、タウロのベルトに擬態して、静かになった。


「ははは。ちゃんと守るそうです」


「わはは!こちらにもそれがちゃんと伝わりました。──それでは失礼します」


 竜人族の男はそう答えると道を戻っていくのであった。


「まだ、暗殺ギルドの残党は多いのかな?ラグーネが戻って来たら、みんなで一応、話し合っておかないとね……」


 タウロは、ベルトに擬態したぺらを擦りながら、そうつぶやくと街長邸に改めて向かうのであった。




「おお、タウロ!早速また会いに来てくれたか!報告は聞いている。暗殺ギルド殲滅ご苦労だったな。まさかというか、やはりというか子爵も関わっていたのは多少の驚きはあったがな……。──そうだ、この後食事はどうだ?その時の話も聞いておきたい」


 グラウニュート伯爵は、タウロ来訪に手放しで喜ぶと、抱きしめて背中をポンポンと叩くと話し始めた。


「父上、今日はグラウニュート領の農業について提案がありまして──」


 タウロは本題を早く話しておいた方が良さそうだと、用件を先に説明し始めた。


「なんと!?そんなものを作ってくれたのか!?ありがとうタウロよ。確かに我が領内の農業はこれといった特徴がない。塩での収益が大きいから気にした事もあまりなかったのだが、農家が喜ぶなこの種は」


 グラウニュート伯爵は笑顔で答えると、夫婦にとって出来過ぎな息子を得た事を改めて神に感謝し、食事の為にタウロを奥に通すのであった。


 こうして、完全休養の日をタウロは十分に過ごしたのであった。

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