第366話 完全休養の日(2)
カクザートの街の高い塔から、住民自慢の塩湖が一望できる。
その塩湖もつい最近まで火焔蟹と言う魔物の大量発生でその周辺は炎上している建物や施設など、決して心洗われる景色とは言い難い状況であったが、ここ最近はタウロ達冒険者の活躍でその魔物もかなり討伐され、以前の塩の生産が盛んであった景色を取り戻そうとしている。
塩湖の周辺は今、延焼した残骸は撤去され、新たな塩生産の施設や、建物の建設ラッシュであった。
タウロは最近まで魔物討伐について指導していた地元冒険者達に、すれ違いの際、挨拶されながら、すでに再開し始めた塩生産業者の元を訪れていた。
今日タウロは見学に来たのだ。
何の見学かというと、タウロが技術を提供している魔道具『塩吸着機』がちゃんと機能しているかの確認である。
評判の方は良いとは聞いていたが、完全休養の間に実際の現場での評判を確認しておきたかったのだ。
塩湖の傍では、早速、タウロが魔石に塩のみを吸着させる魔法陣を複雑に施した箱型の魔道具が使用されていた。
その表面にはボタンが付いていて、それを押すと魔法陣が発動し、それを塩湖の水面に入れると塩を吸着していく。
塩生産業者は、もう慣れた手つきで、『塩吸着機』を、作動させると水面に入れ、見る見るうちに箱の周囲には塩が吸着し、大きな塊になっていく。
業者は手頃な大きさになると、水から引き上げ、大きな木の板の上にそれを移動し、塩の上からスイッチを押して吸着を解除、乾燥させる為に、木の板の上に塩を広げていく。
あとはそれを天日干しにして水分を飛ばしたら完成だ。
「『塩吸着機』は、使いやすいですか?」
タウロは、地元業者の男に聞いてみた。
「おお!タウロさんじゃないか!あんたが貸してくれたコレ、使いやすいどころじゃないよ!本来、塩が出来るのに数か月かかるのに、これだと一週間かからないんだからさ。塩不足になる前に供給が間に合ってよかったよ!」
業者の男はタウロが来た事を周囲の業者にも知らせ始めた。
「ここら辺の業者はみんな、あんたに感謝してるよ。魔物討伐をし始めてくれたのもあんたなんだろ?そればかりか、以前の状態に戻すどころか、それ以上に楽にしてくれている。こんなに便利なものを無償で貸し出してくれて本当にありがとうよ」
多くの業者が、集まって来ると、リーダー格と思われる男が、みんなを代表してタウロに感謝の言葉を伝えた。
すると、周囲の業者の連中も、口々にありがとう!と、感謝の言葉を伝える。
「あんたが子供でなければ、今からすぐに宴会開いてお酒を振舞うところなんだが、それは出来ないからな……。そうだ。何か好きな食べ物とかあるかい?用意させるぜ?」
「好きなもの言ってくれ!」
「塩湖の魚だったら、すぐに潜って獲って来るよ?」
男達はタウロに感謝の意を示したいとタウロの望むのを聞いてくる。
「ははは。そのお気持ちだけで十分です。あ、生産が落ち着いたら、これまで通り税金を納めて下さいね」
タウロがそう冗談っぽく言うと、
「わはは!それはもちろんだ!生産の再開資金も領主様からは出して貰っている者も少なくないからな。あんた同様、領主様にも頭が上がらないさ。なぁ、みんな?」
「ああ!みんなあんたと領主様には感謝してるぜ!」
「これまで以上に税金は納めるよ!何しろこれだけ塩の生産が容易になったんだ。作業効率を考えたら、利益が半端じゃなくなるからな」
「今、無料で使わせて貰っているこの『塩吸着機』の使用料も、安定したらしっかり払うから安心してくれ!」
などと、嬉しい反応が返って来た。
どうやら、今回の事は災難ではあったが、領主を責める者はいないようだ。
それが自分の発明が一助になっているのだが、役に立てた様で良かったとタウロは安心するのであった。
カクザートの花街通り。
いわゆる娼館が軒を並べている色町の事であるが、その娼館のひとつの一室に、アンクの姿があった。
彼もいい大人である。
普段はラグーネもいれば、未成年のタウロもいる。
なので気を使って中々来れないのだ。
そういうわけで、完全休養を利用して羽を伸ばしに来ていたのであった。
「お兄さん。改めて見ない顔だね」
アンクの相手をした娼婦が世間話をしようと思ったのか話を振った。
「俺か?まあ、こっちには数週間前からいるんだが、こっちに来るのは初めてだな」
「数週間も我慢してたのかい?そりゃ大変だったね。クスクス」
娼婦は同情的に笑うと、アンクの横に身を寄せる。
「確かに、数週間ご無沙汰だったが、仲間と一緒にいると楽しくてな。不思議と大変だとは思わなかったよ。──それよりも、何かこの街について話してくれ。俺もこの街は昔来たっきりになっていたからな。色々と変わった事でも知りたいな」
「──そうだね……。これは噂だけど、前領主様が亡くなる寸前まで、この花街に通っていたという話があるよ。まぁ、この手の話をどこの花街でもよくある与太話の類だけどね」
「確かにその手の話はよく聞くな。──それにしても今頃、そんな話が出てくるのかよ。ははは」
「でしょ?私もそう思ったのさ。でも、これにはきっかけがあってさ。最近まで、領主様がこの街に来てたのは知ってるかい?」
「ああ、街長だったコロン準男爵の後始末の為だろ?」
「そう。その領主様を見かけた産婆が、昔、取り上げた子供によく似てると言い出したんだ。赤ちゃんと似てるって、どんな領主様なんだって笑い話になったんだけど、その産婆がしっかり者でさ。それが14年前の話で丁度、前領主様が亡くなった年だと言うのさ。状況や、場所なんかもしっかり覚えているものだから説得力があって再燃したのさ」
「(もし、それが本当なら今のグラウニュート伯爵に弟妹が存在する事になるんだが……)そりゃ、ガセだな。俺はその時代こっちにいて、前領主の事も多少知ってるが子供好きだったからな。それが本当だったら何かしら子供の為に動いてたろうな」
「そうなのかい?──まあ、その母子はこの街を離れて行方が分からないらしいから、どこまで信用していいかわからない話だったんだけど……、お客さんが言うならそうなんだろうさ。──ところで続きするかい?」
「──そうだな」
アンクは、取るに足らない噂話の事をすぐ端に追いやると、自分にしなだれていた娼婦をゆっくり押し倒した。
アンクと娼婦の影が一つになる。
花街の夜が明けるにはまだ長い刻が必要なようだ。
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