第365話 完全休養の日(1)

 ラグーネがエアリスに会う為にカクザートの街から旅立ち、ヴァンダイン侯爵領に向かった事で、タウロとアンクは二人っきりになった。


 ラグーネがいない一週間は完全休養という事で、アンクは連日飲みに出かける様になった。


 タウロは久しぶりの休養という事で、カクザートの街を散歩して巡ったり、ジーロ・シュガーの名で制作しているリバーシの特別盤をいくつか作り始めた。


 ジーロ・シュガーの作品は市場では相変わらず、「幻」と言われており、高値で取引きされる事もしばしばなので、そろそろ新作を制作して高騰し過ぎない様にしておこうと思ったのだ。


 幸いカクザートの街には、ガーフィッシュ商会の支店もあるので、納品するのは楽である。


 同じくジーロ・シュガーの名で販売してある商品の数々の売り上げを引き落として、自分のマジック収納に入れておこうと思うタウロであった。




「ようこそいらっしゃいませ。坊や、親のお使いかな?」


 ガーフィッシュ商会カクザート支部に到着したタウロを、まさか自社の大成功にとてつもなく貢献しているジーロ・シュガーその人とは思わず、店員がお使いで訪れた子供だと勘違いして対応した。


「ジーロ・シュガーの使いです。支部長さんはいらっしゃいますか?」


「うん?」


「ジーロ・シュガーの使いです」


 世間で、ジーロ・シュガーは各地を旅する謎多き老齢の職人というイメージが定着しており、タウロが本人である事はほとんど知られていない。


 そして、ガーフィッシュ商会では、その弟子に子供がおり、代理でお店を訪れる事があるから気を付ける様にと、全店舗の支部長に通達が届いてる。


 だが、ほとんどの支部長は実際にその使いに出会う事がなく、文字通り生ける伝説である。


 店員にとっては、それはもう、寝耳に水であった。


「あの……、ジーロ・シュガー……?」


「はい、そのジーロ・シュガーの使いです」


「な、中へどうぞ!」


 店員は、慌てふためいてタウロをお店の中に案内する。


 他の店員が何事かとこちらに視線を送るが、子供なので興味を失い他のお客に視線を向ける。


 店員は、タウロを案内しながら、「し、支部長!支部長はすぐに応接室にお願いします!」と、奥にいるであろう上司を呼ぶのであった。


「なんだうるさいぞ?他のお客様がいるんだもっと声を落として呼べ!──うん?」


 店員の背後に子供が一人おり、自分から応接室に入っていくのを目撃した。


「なんだ?子供を応接室に通したのか?どこの富裕層の子弟だ?」


 支部長は、まさか飛ぶ鳥を落とす勢いであるガーフィッシュ商会最大の取引先であるとは微塵にも思わず、ただのお金持ちのお客だと思ったようだ。


「……支部長、落ち着いて下さいね?」


「お前が落ち着け」


 店員が深呼吸をしながら、宥めて来るので逆に支部長は注意した。


「……あの坊ちゃんは、ジーロ・シュガー様の使いです」


「……何?……ジーロ・シュガー様だと?」


「はい……」


「ば、馬鹿野郎、それを先に言え!──すぐにメイドにお茶と、お菓子を準備させろ!手の空いてる者は、みな整列して挨拶させよ。それで、その使いの名は確認したのだな?」


「あ、まだです……!」


「ええい!それは俺の方で確認する。すぐ応対する準備を整えろ!」


 バタバタ


 応接室の外ではそんな声や音が、微かに聞こえてくる。


 いくら密封性の強い部屋と言っても扉越しに大きな声は聞こえてくるというものだ。


 タウロは、苦笑すると支部長が来るのを待った。


「お待たせしました。私、このガーフィッシュ商会カクザート支部の支部長を任されている者です」


 支部長は深々と挨拶をする。


「こんにちは。僕はジーロ・シュガーの使いでタウロと言います」


「存じ上げていますタウロ殿。私共、ガーフィッシュ商会はジーロ・シュガー様には多大な恩恵に与っております。誠にありがたい事で──」


「──ちょっといいですか?」


 支部長の、ジーロシュガーを讃える長話が始まりそうだったのでタウロは話を遮った。


「──はい?」


「今日は、リバーシの特別盤を三面持ってきましたので、こちらにお任せします」


 タウロはそう告げると、マジック収納から、特別盤は次々に取り出した。


「おお!本当に本部からの伝達通りですな。タウロと名乗るマジック収納を持つ少年が本人の証である確認になると。そして、複雑で芸術的なリバーシ専用の盤……。なんと素晴らしい事か……」


 支部長は、目の前に出された特別盤を色々な角度からうっとりと眺める。


「それでは、お願いします。──あと、今日までのジーロ・シュガーの取り分も回収しておきたいのでよろしいですか?」


 タウロが気軽に、そう支部長に告げた。


「え!?……今日までという事は、シュガー様の報酬、全額でしょうか……?」


「はい」


「た、タウロ殿!申し上げにくいのですが、ジーロ・シュガー様の取り分である報酬が現在おいくらになっているかご存じですか?」


「?白金貨数枚とかですか?」


「と、とんでもない!数枚どころか百枚以上です!申し上げにくいですが、うちのお店程度ではその額をすぐには用意できません!──ジーロ・シュガー様が発明された魔道具ランタンや、防水具は今や王国全土に広まっています。ガーフィッシュ商会も販売の為、全力を注いで生産していますが品不足が続いている程です。それだけ売り上げはすさまじく、ジーロ・シュガー様のガーフィッシュ商会に預けているお金は日々膨れ上がっております。その額をうちの支部だけではとてもとても……」


 支部長は、困り果てると言った表情をした。


 どうやら、ここで強引に全額用意させたらこのお店が潰れかねないようだ。


「わかりました。今ならどのくらい用意できますか?」


「……白金貨二十枚。いや、二十三枚(約二億三千万円)と、金貨千枚(一億)が限界です……」


 支部長はそう答えると使用人に命じてすぐに現金を用意させた。


 目の前にどんどんお金が積まれていく。


「それでは今回受け取る分は、白金貨十五枚と金貨五百枚でお願いします。流石に全額だとこのお店の現金が不足してしまうでしょうから、残りはお預けしておきます。──あと急に無理を言ったお詫びです」


 タウロはそう答えると、金貨五十枚の入った袋を一つ、支部長に渡した。


「え!?こんな額、受け取れません!」


「これは急なお願いをした迷惑料です。みなさんの給与の足しにでもして下さい。これからも、ジーロ・シュガーの商品を頑張って販売して下さると助かります。それではよろしくお願いします」


 支部長とその場に居合わせた使用人達はこの目の前の子供の太っ腹な計らいに圧倒され、心震わせるのであった。

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