第362話 最後と最後

「くそっ!なんだよ、あのドラゴンは!こんなところとっとと逃げるのが一番だ!」


 一人の小男が悪態を吐きながらボーメン子爵邸の地下室への階段を下りていた。


「せっかく、暗殺ギルド内で評価されてきたっていうのに、なんて俺は付いてないんだろう」


 小男はタウロの元父親、ソークであった。


 ソークの愚痴は止まらない。


「これまで暗殺ギルドの役に立って来たんだ。最後に貰える物は貰ってからとんずらしよう。俺は一旦逃げに入ったら捕まらないからな。ひひひ」


 どうやら、ソークが地下室を彷徨っているのは宝物庫を探しているからの様だった。


「みんな、上に出払っているみたいだ。──ここの連中、死ぬのが好きな奴ばかりだから、巻き込まれるのは勘弁だな」


 ソークは、そうぼやくと、宝物庫の前にやってきた。


「……ここか。──うん?開いている?」


 ソークは、宝物庫の扉が少し開いている事に気づいた。


「しめしめ、開けたままとは不用心だな。これなら盗まれても文句は言えねぇぜ。ひひひ」


 ソークは扉に手をかけると思いっきり開いた。


 するとそこには、ソークが王都から逃げ出した時に幹部に頼まれた機密文書を、この屋敷に届けた時面会した男が立っていた。


 確か暗殺ギルドの首領のはずだ。


「うん?──確かソークと言ったな……?──貴様、火事場泥棒をするつもりだったか。珍しいスキル持ちだから重宝してやったが、そのような卑しい心根では我々の大願成就には邪魔になるな」


 首領はそう口にすると、剣を抜く。


「ひっ!」


 ソークは、命の危機を悟ると、スキル『遁走』を使って逃げに転じた。


「逃がさんよ!」


 首領は、目にも止まらぬ剣捌きでソークが消えた辺りを斬り付けた。


「ぎゃあ!」


 空間から血飛沫が上がった。


 そして、次の瞬間、背中を深く斬られたソークが現れた。


「ふん。やはり『遁走』というスキルは、姿自体が消えて無くなるわけではないのだな」


 首領は、地面に這う息も絶え絶えのソークを見下ろすと剣を構えた。


「……た、助けて……!命だけは……」


 ソークは命乞いをする。


「貴様は、自分の行動に対する責任を果たさなければならない。盗みを働こうとした代償はこれだ」


 首領は、冷淡にそう告げると剣をソークに突き立てた。


 ぎゃっ


 ソークは、短く小さい悲鳴を上げると、息絶えるのであった。


 こうしてソークの逃亡生活は終わりを告げた。


 タウロにとってソークは最低の父親であったが、妻を失うまではまだマシな男であった。


 村一番の美女であった妻と結婚するくらいには、村ではそれなりの男だったのだ。


 しかし、妻はタウロを生んでから病がちになり、ついに亡くなると妻を失った絶望からやり場のない怒りはタウロに向かった。


 そして、ソークにとって妻の命を奪ったのはタウロだと思う様になっていた。


 働く気力も失い、飲んだくれ、幼いタウロに一人で畑仕事をさせる様な最低な男にまでなり下がった。


 ソークの生涯は、タウロが生まれるところまでが絶頂だったのかもしれない。


 それからは、借金に追われ、息子に見捨てられ、ひたすら逃げる人生であった。


 人生の中でソークが人の為になる大きな手柄があるとしたら、それは暗殺ギルド殲滅に大きく貢献した事であったが、本人はそれを知る事なく生涯を終えるのであった。




 暗殺ギルドの首領であり、王国の貴族であるボーメン子爵は手元のマジック収納付きのリュックに重要な機密書類と、金目の物を詰めるだけ詰め込み、地下の隠し通路を使って脱出しようとしていた。


「……こうなれば、北の帝国に一旦亡命し、再起を図るしかあるまい」


 ボーメン子爵はそう口にして決意を固めると、地下への通路に続く扉を開く。


 すると脱出の為の通路があるはずのそこは、岩の壁で塞がれていた。


「な!?ど、どういう事だこれは!?」


 そこにあった通路の代わりにある岩の壁を叩く。


「そ、そんな馬鹿な……!」


 愕然とするボーメン子爵。


 そう、隠し通路は、竜人族が地上で探知して未然に土魔法で悉く塞いでしまっていたのだ。


 最早逃げ道は、この領主邸には無くなっていたのである。


「こ、これまでか……、ならば、やる事はひとつ……!」


 ボーメン子爵は宝物庫内に、マジック収納付きリュックから機密書類を戻すと、迷う事無く火をかけるのであった。


「……これで、依頼主達との守秘義務は果たした。あとは地上の連中を何人道連れに出来るかだが……」


 ボーメン子爵がそう独りそうつぶやいていると、背後に気配を感じた。


「誰だ!?」


 振り返るとそこには一人の子供が立っていた。


 いや、その背後に、大剣を背負った男と、美男美女の四人が立っている。


「あなたが、暗殺ギルドの首領であり、この地の領主であるボーメン子爵ですか?」


「……何者だ小僧」


「はじめてお目にかかります。僕はタウロといいます。一時はあなた達の標的になっていた者です」


 タウロは、軽く会釈をする。


「……!貴様が暗殺ギルドの手練れ達を返り討ちにして我々の自尊心に悉く泥を塗ってくれた小僧か。──ふっ。我々は契約以外での無駄な殺しはやらない事にしているが、貴様は報告を受けた時に例外として何が何でも殺しておくべきだったな……」


「そうならなくて良かったです」


 足元にはソークの遺体があるが、タウロはその事には触れなかった。


 この場で死んでいる事から大体予想はついたのだ。


「……で、何のようだ?──私の首が欲しいなら、タダではやらんぞ?」


「そう言いたいところですが、見たところ証拠はすでに失われた様なので、あなたには生き証人として是が非でも拘束させて貰います」


 タウロがそう口にすると、背後のアンク達が身構えた。


「ふははは!私が黙って捕まるとでも?──貴様らは私の道連れだ!」


 ボーメン子爵はそう宣告すると、懐にあった大きな魔石を取り出した。


 暗殺ギルドお得意の呪術による道連れだ。


 だがしかし、魔石は発動する気配がない。


「な、何!?なぜ発動しない!?」


「残念ながら、その呪術はもう何度も目にしているので、僕なりに対策は用意して来てました」


 タウロはそう答えると、懐から魔石の付いた箱型の魔道具を取り出す。


「この魔石には、ある加工がしてあります。それは、一定の範囲の呪術の発動を阻害するというものです」


 タウロに種明かしをされると、ボーメン子爵は、膝をついた。


「くそっ!」


 敗北を悟るボーメン子爵を、アンク達が拘束するのであった。


「……ふぅ。阻害できるのは一定時間だけだから、執拗に抵抗して、何度も発動を試されたらやばかった……」


 タウロの言葉にラグーネ達は、


「「「「「え?」」」」」


 と、固まるのであった。

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