第334話 塩湖の魔物

 タウロ達『黒金の翼』は、現状、冒険者ギルドカクザート支部で唯一塩湖で大量増殖しているらしい魔物・火焔蟹の討伐が可能な冒険者チームとしてクエストを受注する事になった。


 本来なら現地の冒険者に初めての魔物に対する討伐のコツなどを聞くところだが、自分達が一番手とあっては、貧乏くじを引いたと言ってよかった。


「やれやれ……。リーダーも火焔蟹っていう魔物は討伐経験ないのか?」


 アンクが、塩湖までの道すがら、タウロにダメ元で聞く。


「うん。遭遇した事ないなぁ。蟹と言うからには横歩きなのだろうけど」


「火焔蟹か。火焔蟹は左のハサミが大きくてそのハサミの付け根部分から火焔球を射出して攻撃してくる魔物だ。タウロの言う通り、横歩きしかできないな。討伐方法は左手のハサミを警戒して火焔蟹の右から近づくのが安全で、甲羅が固いから関節部分やお腹を攻撃するのが利口だぞ」


「「……ラグーネ詳しいね(な)!」」


 タウロとアンクは、いつも脳筋っぽい姿を見せがちなラグーネだが、こういう時の知識が何気にある事に感心するのであった。


「当然だ。私達竜人族はそう言った知識は幼少の頃より教え込まれているからな。それにあとは、ダンジョンに実際連れて行かれて体験もしたぞ!火焔蟹には火だるまにされたからよく覚えている」


 竜人族のダンジョン絡みの英才教育は筋金入りだった事、そしてブラック体質である事を改めて確認するのであった。




 塩湖に到着すると、その周囲にある塩の生産施設と思われる建物がいくつか煙を出していた。


 ほとんどの建物がすでに半焼状態で今更消しても何も残っていないだろう。


「こりゃ酷いな」


 アンクが呆れた。


「……本当だね。こんな状態なら領兵が出てもおかしくないと思うのだけど……。──今は討伐ノルマを達成しておこう」


 タウロは周囲を警戒しつつ、標的である火焔蟹を探す。


 タウロの『真眼』には、周囲に沢山の生物が確認出来るのだが、どれが火焔蟹のものなのかはわからなかった。


 シルエットを追うと、塩湖周辺の地中や海中にも同じ様なものがいる。


「リーダー、この近くにはどのくらいいそうだ?」


 アンクが、タウロの真眼を頼りに確認した。


「……もしかすると、『真眼』に映ってる生物って全て火焔蟹!?」


 タウロは、ギョッとする。


 すると、地中や水中から大きなハサミを持った蟹が、わらわらと出現する。


「なんじゃこりゃ!?」


 アンクが、驚くのも仕方がない。


 視界に確認できるだけで、その蟹は数十匹いるのだ。


 Dランク帯からの討伐対象がこれだけいると、それは無条件でCランク帯に条件が引き上げられる数だ。


「これを僕らで倒すのか……。気が遠くなりそうだ」


 タウロは立ちくらみを起こしそうであった。


「タウロ、ここは地道にやるしかないぞ」


 ラグーネはやる気十分で魔槍をしごくと火焔蟹に向かっていく。


 アンクも覚悟を決めたのか大魔剣を握ると構えてそれに続いた。


「そうだよね……。じゃあ、やろう!みんなには後で美味しい料理を振る舞うよ!」


 タウロも気合いを入れると、アルテミスの弓を構えて、上空に光の矢を放ち、それが四散して地上にいる沢山の火焔蟹を襲う。


 だが、火焔蟹の甲羅は固く、上空から襲う光の矢をほとんど弾き返し、仕留められない。


「……やっぱり火力不足か。じゃあ、地道に仕留めよう」


 タウロはそう呟くと、片膝を付いて低い姿勢を取ると、矢を使用しない強力な光の矢を放って行く。


 光の矢は低空で地面を這う様に火焔蟹に向かって飛んでいき、お腹の部分に次々と突き刺さって仕留めていく。


「流石リーダーやるな!俺も負けていられねぇ!」


 アンクが大魔剣から風の属性を持たせた飛ぶ斬撃で火焔蟹を斬り上げながら、やる気を見せた。


「さあ行くぞ、火焔蟹!幼少の頃の火だるまの思い出を払拭してくれる!」


 ラグーネは、タウロから貰った鏡面魔亀製長方盾に魔力を込めて、アンクと自分に範囲防御を展開しつつ、魔槍で無数の火焔蟹を薙ぎ払う。


 その一振りは土属性を帯びて地面から幾本もの岩の槍を突き出させ、それが火焔蟹を下から串刺しにするのであった。


 とはいえ、相手もDランク帯以上の討伐対象である。


 横にしか移動できないが動きが早く、火焔球で攻撃もしてくる。


 タウロはその四方からの集中砲火に、ぺらの防御だけでは追いつかず、逃げ惑った。


アンクはラグーネの範囲防御で守られながらも、その熱波に顔をしかめつつ、退治して行く。


 ラグーネはアンクと距離が離れない様に移動しつつ、盾と魔槍を駆使して攻防一体に務めていた。


 タウロはそれを視界に確認しながら、時折、体力回復ポーションをラグーネやアンクに投げて回復し、火焔蟹と距離を取ってまた、合間に攻撃に移る。


 そんな事を永遠とも思える時間、無数の火焔蟹相手にやっていたのだが、やはり多勢に無勢。


 タウロはここが引き際と、二人に声を掛けた。


「二人とも、これは長期戦になるよ。今日は一端引こう!」


「……わかった!確かにこれは一日じゃ無理だ!」


 荒い息を吐きながらアンクも了承した。


「了解だ!では引こう!」


 ラグーネはそう答えるとアンクと火焔蟹の間に入って盾を構えると下がって行く。


 タウロもそれを支援しながら退路を確保するのであった。




「これは、僕達『黒金』だけでやるには時間が掛かるね。持久戦は避けられないかも」


 塩湖から距離を取って戻ってくるとタウロは2人に理解を求めた。


「そうだな。他のチームが来れば、少しは楽になるだろうし、それまでは地道にやるしかなさそうだ」


「私もそう思う。あれだけの数だと、広範囲をカバーできて威力のある雷魔法を持ったエアリスがいないと短期間では討伐できないな」


 ラグーネが意識せずにそう告げた。


「……そうだね。エアリスがいないと大変だ」


 タウロは苦笑いすると、『黒金の翼』におけるエアリスの存在が改めて大きかった事を痛感するのであった。

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