第327話 涙の日

 タウロ達は魔の付く武器の殺傷能力を安易に考えていた。


 それでも、念の為にタウロの判断でエアリスは竜人族の村に運び込まれた。


 すると長期休暇の為に療養していた攻略組の真聖女がこの事態にすぐ駆けつけ、治療にあたってくれたが、その傷は思っていたよりも悪く、エアリスは重体に陥ったのであった。




 それから、2か月余りが経った。


「……あれからもう、2か月余りか……」


 ヴァンダイン侯爵家の一室で、アンクが沈痛な面持ちで、そう口にした。


 室内にはタウロ、ラグーネ、アンクはいたが、そこにエアリスの姿はなかった。


「……私のせいで、すまない……」


 ラグーネがその時の事を思い出し、誰に対してなのか謝罪する。


「……もう、止めよう。あれからずっとエアリス無しでやってきたじゃない。今日はエアリスの誕生日。笑顔で祝おうよ……」


 タウロが、暗い表情に無理に笑顔を作るとこの話を嫌がった。


 今はもうエアリスはチーム『黒金の翼』にはいないのだ。


 あの時の怪我はそれほどのものだった。


 そこへ扉にノックがされ、1人の女性が入って来た。


「ちょっとみんな、今日は私の誕生日なんだから暗い顔しないでよね!?」


 そう、そこへ入ってきたのはエアリス本人であった。


 え?


 怪我が原因で亡くなった様な雰囲気だった?


 そんなつもりはありません。


 ただし、あの時の怪我は決して軽いものではなく、エアリスが一時重体に陥り、危険な状況になったのは事実であった。


 だが、竜人族の村で、すぐに駆け付けてくれた攻略組の面々、特に真聖女の治療が、功を奏しエアリスは一命を取り止めた。


 だが、エアリスには後遺症が残り、右足を少し引きずる様になっていた。


 本当に見た目には少しの違和感くらいだったので大丈夫なのだが、冒険者としては長い移動や、走るとなると足手纏いになるとしてエアリスは誕生日を待たずして一足先に『黒金の翼』を脱退したのであった。


「本当にみんな止めてよね、そんな暗い顔。私はどちらにせよ、誕生日までだったんだから、後悔はしてないわ。ラグーネもいつまでも自分を責めないで。そんな表情される方が、私は辛いって言ったでしょ?」


 ドレス姿のエアリスは、同じくドレスを身に纏うラグーネに歩み寄ると、励ました。


「そうだな。俺も少し感傷的になり過ぎた。今日はエアリスの貴族社会への復帰の日でもあるんだ。めでたいんだから祝おうぜ」


 こちらも珍しく正装姿のアンクが、ラグーネの背中を叩く。


「……そうだね」


 タウロもその言葉に賛成した。


 とは言え、タウロはエアリスが誕生日を待たずに引退せざるを得なかった事で、1日中泣き腫らしたのを知っている。


 誕生日までの間にCランク帯への昇格を新たな目標にした直後だったのだ。


 ショックは大きかった。


 それにエアリスも何かあった時は冒険者に戻れば良いという思いもあったであろう。


 冒険者として『黒金の翼』は自分の居場所であり、脱退した後も第二の居場所であると思っていたのだ。


 だが、その居場所は無くなった。


 それを考えるとエアリスの心痛は想像に難くない。


 だからこそ、タウロ達はこのおめでたい日にあっても、エアリスの事を考えると気が重くならずにはいられなかったのであった。


「タウロ、本当に表情が暗いから!もう!私は吹っ切れているのにみんなが暗いと私が薄情みたいじゃない!今日は王族以外では、タウロ達が私にとって一番大切な賓客なんだから暗い顔されると困るの」


 エアリスは涙を見せるラグーネを抱きしめながら、タウロに苦情を言った。


「ごめん。──今日はエアリスの晴れの舞台だからみんなも、エアリスを祝おう!」


 タウロは笑顔を見せるとエアリスにハグして誕生日を祝福する。


「じゃあ、私は今日の主役として他の来賓もお迎えしないといけないから行くわね?みんなは会場でパーティーを楽しんで!」


 エアリスは笑顔で答えると退室するのであった。


「それじゃ、ラグーネ、アンク、会場に向かおう。今日は王家の友人も紹介したいしね!」


 タウロはこれ以上陰鬱になる事を言わない事にした。


 それはラグーネを責める事になりかねないからだ。


 あの時からラグーネは自分を責めていたが、エアリスはラグーネを責める事はなかった。


 エアリスにしてみたら、あれは魔物のせいだったのだ。


 仲間であり親友であるラグーネを責めるのは筋違いである。


 だが、ラグーネは自分を責めて欲しかった。


 じゃないと自分の罪は許されないと思っている様であった。


 そんな気持ちを抱いたまま、この日、ラグーネはパーティーの間も浮かない表情でタウロ達と一緒に過ごしたのであった。




 パーティー終了後の深夜──


 ヴァンダイン侯爵邸の大きなテラスに1人ラグーネは夜空を見上げて佇んでいた。


 そこに、エアリスが現れた。


「……エアリス」


 ラグーネが、エアリスの存在に気づいて名を口にする。


「……ラグーネ。どう言ったら、あなたは自分を責めないでくれるのかしら……。私の大切な友人にそんな表情させたくないのよ」


 エアリスは悲しそうな表情を浮かべてラグーネに話しかける。


「……すまない。でも、私はエアリスの希望を奪ったのだ。私は罰を受けるべきなのだ」


 ラグーネは言えずにいた思いをエアリスに打ち明けた。


「……じゃあ、言って上げるわ。ラグーネがあの時、ちゃんと耳栓をしていたら、あんな事にはならなかったと思う。それに竜人族で状態異常系の耐性をほとんど持ってるのに、ハーピィの歌声で混乱するってどれだけ単純なのよ!……これでいい?でも、本当にわかって。私はラグーネがずっと大好きだし、今後も大好きなのは変わらない。最高の仲間だし、最高の友人だから。これからも、ラグーネの友人で居させてね?」


 エアリスがそう告げると、涙を浮かべるラグーネを抱きしめた。


 ラグーネが目いっぱいに浮かべた涙が、エアリスのハグによってボロボロと流れ落ち、


「本当にごめんよエアリス……!」


 と、絞り出すように謝罪するとエアリスを抱きしめるのであった。



「どうやら、これでラグーネの胸のつかえも取れそうだね」


 陰で見ていたタウロは、傍のアンクに声を掛ける。


「……だな。──最近、涙腺が緩んでいけないや。ぐすん」


 タウロに声を掛けられたアンクは、安堵から少し鼻を啜るのであった。

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