第306話 子爵の最後

 ヴァンダイン侯爵邸に夜遅く戻ったタウロは、待っていたヴァンダイン侯爵にハラグーラ侯爵邸での出来事を伝えた。


「……何と!それではサイーシ子爵は騎士団に出頭したのだなタウロ君」


 ヴァンダイン侯爵は、改めて確認する。


「はい、その瞬間を確認して戻ってきました。僕が盗み聞きしたハラグーラ侯爵の言い方だとサイーシ子爵を切り捨てるようです」


「──そうか!それならば、国を二分する様な事態にはならずに済みそうだな。……うん?今、ハラグーラ侯爵の話を盗み聞きしたと言ったか?」


「はい。ハラグーラ侯爵邸に忍び込んで聞きました」


「正気か!君は今回の渦中の人物なのを忘れていないか?……まぁ、こうして無事戻って来ているのだから安心だが、あまり無茶はしないでくれよ。うちの娘もだが、何より君と養子縁組をしたグラウニュート伯爵が、親として心配するからな」


 ヴァンダイン侯爵は目の前の少年の無鉄砲さにただただ呆れると、釘を刺すのであった。


「あはは……、すみません。──それでサイーシ子爵の件ですが、どうやら、ハラグーラ侯爵側はサイーシ子爵を処分するのではないかと思うのですが……」


「!……そうか。そうなるか……。ハラグーラ侯爵側の悪事を暴く為の貴重な証人になりうる人物ではあるが、今、サイーシ子爵を守って、あちらの悪事を洗いざらい吐かせてもハラグーラ侯爵側との全面戦争にしかならないから、サイーシ子爵には退場して貰うしか道はないだろうな」


 ヴァンダイン侯爵は騎士団にそれを知らせる事無く、サイーシ子爵の切り捨てを明言した。


 この瞬間、サイーシ子爵は敵味方からその価値を放棄されたのであった。




 翌日の朝。


 ヴァンダイン侯爵邸に一報が入った。


「拘束されていた騎士団本部にて、サイーシ子爵が隠し持っていた刃物で自決を計ったそうです」


 ヴァンダイン侯爵はそれを聞くと、タウロ達をすぐ呼び、知らせた。


「サイーシ子爵の自決と言っても、そう見せかけただけの暗殺だろうが、これで終わりだな」


「……これでタウロは暗殺ギルドからもう、狙われなくて済むのね……」


 父からの知らせに、エアリスはホッと胸を撫で下ろした。


「良い知らせだな。これで俺の肩の荷も一つ下りた感じだな」


 アンクは、ニヤリと笑うとタウロの肩を叩く。


「これでまた、みんな揃って一緒に冒険できるのだな!」


 ラグーネが嬉しそうに言う。


「……ははは。まだ実感が沸かないけど、そういう事になるのかな?──みんな僕の為に動いてくれてありがとう。お陰で無事、暗殺ギルドから狙われる理由が一つ減りました。それに、サイーシ子爵は因縁がある相手だったので決着がつけられたのかなと思う」


 いざ、解決してみるとあっさりした幕切れであったので、タウロもまだ実感がないのであった。


「そうだ、ラグーネ。竜人族の村に仕事で戻らないといけないんだった。『次元回廊』を開いて貰っていいかな。喜びを分かち合うのはそれからにするよ!」


 タウロは、すっかり忘れかけていた冒険者ギルド竜人族の村支部長サラマンの娘、サラーンの送迎任務を思い出すと、ラグーネに聞いた。


「別にいいが、今からなのか?」


 ラグーネも急展開で戸惑う。


「もう、タウロ!折角、喜びを噛みしめるシーンなのよ!?」


 と、エアリス。


「わはは!ついでに俺達もタウロのあっちでの仕事風景を見させて貰おうじゃないか!」


 と、ついて行く気のアンク。


「おいおい。タウロ君。それは少し先延ばしに出来ないのか?」


 状況がよく分からないヴァンダイン侯爵が、タウロ達に聞いた。


「すみません。あちらにはすでに延期して待って貰っている状態なので、早く迎えに行くに越した事はないかなと」


「……そうなのか?本当ならばグラウニュート伯爵と会って今後についての話し合いもしたいところだったのだが……。仕方ない、その仕事はどのくらいかかるのかな?」


 ヴァンダイン侯爵はため息を吐くと確認する。


「多分、半日もかからず、戻ってこられると思います」


「そうか、ならば急ぎなさい。グラウニュート伯爵にはこちらから説明しておこう」


 ヴァンダイン侯爵は、タウロ達を早く行く様に急かす素振りを見せた。


「ありがとうございます。──でも、みんな本当に僕についてくるつもりなの?簡単な仕事だから、僕一人行って済ませてくるけど?」


「俺達もそれに同行したいんだ。ほら、時間が惜しいんだろう?とっとと行こう」


 アンクが、笑うとタウロを急かす。


 エアリスもすぐ『空間転移』の為にタウロの手を繋ぐ。


「じゃあ、みんな『次元回廊』を開くよ?」


 ラグーネがそう言って『次元回廊』を開くと、手を繋いだタウロとアンク、エアリスは次の瞬間には、その場から消えていた。


 そして最後に、ラグーネがヴァンダイン侯爵に軽くお辞儀をすると消える。


「何度見ても、慣れないな。この瞬間は……」


 ヴァンダイン侯爵は苦笑いすると、使用人を呼んでスケジュールの変更を言い渡すのであった。

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