第305話 侯爵邸内で
ハラグーラ侯爵邸に侵入したタウロは、邸内で悪戦苦闘していた。
流石というか何というか最大貴族派閥の領袖だけあってその邸内はだだっ広く、その敷地面積は中立派の重鎮、ヴァンダイン侯爵邸よりも明らかに広大だったのだ。
タウロは仕方がないので使用人達が立ち入る部屋を重点的に探していたが、わかったのは大中小の応接室がある事と、台所、使用人の休憩室、使用人同士が逢い引きに使われている空き部屋などであった。
タウロが困り果てていると、玄関で出会った使用人のアレクサが小走りで歩いて行く。
「……もしかしたら」
タウロは、使用人のアレクサの跡をつけて行く事にした。
アレクサはどんどん邸宅の奥に歩いて行く。
邸宅の奥は人払いがされているのか他の使用人は近づく事ない様で人影が見られない。
そこをアレクサは進んで行くと重厚な扉の前で立ち止まった。
その扉をノックすると、
「アレクサです。旦那様、よろしいでしょうか?」
と、壁越しに聞く。
「入れ」
中から声がする。
アレクサは扉を開けると中に入って行く。
タウロはそれを追いかける様に扉の前に着くと、扉の前で聞き耳を立てる事にした。
「旦那様、現在王都に居る派閥の主要な方々は応接室に集まりました」
使用人アレクサの声がする。
「──侯爵殿、ですから私は騎士団に出頭するわけには!」
聞き覚えがある声だ。
声の主はサイーシ子爵だろう。
「サイーシ子爵、いい加減に腹を決めろ。何度も言っているが、こちらの手の者が急いで調べたところ、騎士団が証拠だと言っているそなたの暗殺ギルドとの関係を示す契約書類は本物のようだ。それがわかっては、これ以上ここに匿っておく事は無理だ」
「そんな!たかが平民の子供1人の暗殺契約がバレた位で私を見離すのですか!」
悲鳴に近い声を上げてサイーシ子爵はハラグーラ侯爵と思われる声の主に抗議する。
「その子供が問題なのだ!聞けば、中立派の重鎮グラウニュート伯爵家の養子というではないか!なぜそんな子供に目を付けて安易に暗殺を企てたのだ馬鹿者!」
「え?あのタウロという子供はただの平民のはず……。──グラウニュート伯爵家の子供のはずがありません!」
「実際、グラウニュート伯爵が、同じ中立派の重鎮ヴァンダイン侯爵と、暗殺の証拠を持参した宰相派のダレーダー伯爵と連名で騎士団に被害を訴えて出ておるのだ。この愚か者め!問題はすでにこのワシでもそう簡単に揉み潰せないところまできているのだ!」
ハラグーラ侯爵は、自分の派閥の金蔓を怒鳴り散らした。
「……そんな……。──では私はどうすればよいのですか!」
「……アレクサ。集まったアヤンシー伯爵達は何と言っている?」
「はい。サイーシ子爵が行った貴族暗殺4件は、幸いまだ証拠も無く発覚していないご様子。グラウニュート伯爵家の養子暗殺未遂のみが今回の騒動の中心ですので、問題をこれ以上大きくするよりはサイーシ子爵に出頭して頂いた方が騒ぎが小さい内に収める事が可能ではないかとの意見に落ち着いたようです」
「何を言う!それは私1人が泥を被るという事ではないか!我が子爵家はハラグーラ侯爵派閥で重要な資金源の1つとして貢献してきたはず。それを他の貴族達は簡単に切り捨てようとするとは……、侯爵殿、もちろん、私を切り捨てたりしませんよね!?」
「…………」
ハラグーラ侯爵はサイーシ子爵の嘆願に沈黙した。
「こ、侯爵殿!」
「ええい!すがりつくな鬱陶しい!──アレクサ、根回しは済んだのか?」
「はい、旦那様。サイーシ子爵が出頭した場合に備えての手筈は整っております」
「聞いたかサイーシ子爵。お主が出頭しても”大丈夫”な様にアレクサが準備をしてくれたそうだ。安心して出頭するがいい。すぐにこやつが助けてくれるだろう」
「おお!本当ですか!?」
「その為に、今まで時間稼ぎをして、騎士団に引き渡す事なくアレクサ達に動いて貰っていたのだからな」
ハラグーラ侯爵は先程までのイライラしていた口調から一転、落ち着き払ってサイーシ子爵を説得する。
「では、本当に大丈夫なのですね?私は自分で言うのもなんですが、口は堅い方ではありません。なので尋問にも長く耐えられるとは思えませんから、早めにお願いします」
サイーシ子爵は、そう何かを匂わせる言い方をする。
「……もちろんだ。それらを考慮して、うちの部下達が動いているのだ。安心して出頭するが良い。その前に、心配して訪ねて来た皆の者に挨拶するが良い。ワシはまだアレクサと話があるからまた、後でな」
ハラグーラ侯爵はサイーシ子爵の言葉に一瞬、間を置いて答えると先に応接室に行く様に薦めた。
「わかりました。それではまた後で」
サイーシ子爵はそう答えると足音が扉に近づいてくる。
聞き耳を立てていたタウロは急いで扉から離れ壁に寄った。
室内から扉が開きサイーシ子爵が現れた。
最後に見た時に比べてかなり太っている。
どうやらこの数年で怠惰な生活を送っていた様だ。
サイーシ子爵は汗をハンカチで拭きながら、応接室に向かうのであった。
「……行ったか?」
「はい。ご主人様」
「ちっ!あやつ、最後にワシを脅すような事を言いおった。……だが、最後と思えばまだ、許せるか。あとは大丈夫だな?」
「はい、旦那様。お任せ下さい」
アレクサはそう答えると、急に扉を開けて廊下に飛び出してきた。
「……気のせいか?」
「どうしたアレクサ?誰かに聞かれたか?」
「いえ、気のせいでした」
「ならばよい。では、最後のお別れがなされている応接室に行くとするか」
ハラグーラ侯爵はそう言うとアレクサの先導で応接室に向かうのであった。
「……あのアレクサという人。相当な手練れかもしれない……」
タウロは、長居は禁物と感じると1階に下りると、裏口からこっそり出てハラグーラ侯爵邸をあとにするのであった。
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