第302話 策士の侯爵

 ダレーダー伯爵がヴァンダイン侯爵邸に訪れると、挨拶もそこそこにヴァンダイン侯爵、グラウニュート伯爵、ダレーダー伯爵の三者はタウロを伴い、王国騎士団当局まで出頭しサイーシ子爵の罪状を告発した。


 サイーシ子爵は下級とは言え、ハラグーラ侯爵派閥でその財力で最近頭角を現している貴族である。

 そのサイーシ子爵を、宰相派と中立派の重鎮3人が、連名で告発するという事態に騎士団当局もざわついた。


 すぐに、奥に通され事情を聴く。


 そこで、ヴァンダイン侯爵達の話と、その証拠を見せられた現場責任者は、ことの重大さに気づくとすぐ、上司に報告しに部屋を出る。


 するとすぐ、王国騎士団長が応接室に現れた。


 王国騎士団は、国の守護を任されていて、警備隊の上位に位置しており、貴族の逮捕などは、王国騎士団が担う事が多い。


 その騎士団の団長が現れたのだから、問題は大きいという認識だろう。


 タウロは傍で何も話さず現状を見守る。


 改めて、騎士団団長オンビーニ伯爵に今回のサイーシ子爵の罪状を訴え証拠を見せつけると、オンビーニ団長は、渋い顔をした。


「ダレーダー伯領における暗殺ギルド支部掃討作戦は、こちらも報告を受けています。まさか、そんな証拠まで回収しておられたとは……」


 オンビーニ団長は、被害者であるタウロの方もチラッと見て確認すると、また、渋い顔をする。


「確かオンビーニ殿の奥方はハラグーラ侯爵派閥、キランワーレン子爵のご令嬢でしたね?」


 ヴァンダイン侯爵が、渋い顔をしていたオンビーニ団長の心中を察して質問した。


「ええ……。も、もちろん妻がハラグーラ侯爵派閥のキランワーレン子爵の娘とはいえ、私は中立派のオンビーニ伯爵家ですから、贔屓はしませんよ!?」


 ヴァンダイン侯爵の言いたい事に気づいて、オンビーニ団長は言い訳をする。


「ですが、あちらの実家からは後から色々言われるでしょう?」


 ダレーダー伯爵が、オンビーニの心の中を見透かして指摘する。


「ま、まあ、穏便に済ませられればそれに越した事はないですが……」


 オンビーニ団長が本音を漏らした。


 その姿を今回の被害者であるタウロが、この人最低だ、という目でじとっと見る。


 その視線に気づいたオンビーニ団長は、はっとする。


「も、もちろん、罪は罪。騎士団の職務は果たしますよ!……しかしですね──」


 なお、煮え切らない態度でオンビーニ団長が言い訳を続けようとした。


 そこへ、応接室にノックがして、1人の騎士風の男性が現れた。


 タウロが知っている騎士であった。


「オンビーニ団長、隣で待たせて貰っている間に話が聞こえてきました。一部始終を聞かせて貰いましたが、職務を果たせぬというならば、我々、近衛騎士団が引き継ぎましょうか?」


 そう答えたのは、この王都でエアリスの護衛に力を貸してくれた近衛騎士団団長コノーエン伯爵だった。


「こ、コノーエン伯爵、もう少しお待ち下さい。いや、近衛騎士団が動くという事は王家が動くという事になります。それは、流石にマズいですよ。ここは穏便に……」


 オンビーニ団長は問題がさらに大きくなりそうな事態に慌てた。


「それでは、オンビーニ団長が、動くしかありますまい。聞けば証拠まで揃っているとか。中立派の重鎮グラウニュート伯爵の世継の暗殺未遂に関わっているのですから、サイーシ子爵にはすぐに出頭命令を出さないといけません。いえ、すぐにでも騎士団を動かし、逮捕に向かうべきでは?幸いサイーシ子爵は、現在、王都入りしています。自領に帰られる前に逮捕するのが重要かと。すぐに実行に移して騒ぎが大きくなる前に終わらせるのが肝要でしょう。事が大きくなってからではオンビーニ団長の責任問題に発展する可能性もありますから……」


 コノーエン伯爵はそう言うと畳み掛けた。


「私の責任問題!?──そ、そうですな!コノーエン伯爵のおっしゃられる通りだ。誰か!今すぐサイーシ子爵の元に騎士団を派遣せよ、すぐに逮捕して今回の暗殺の未遂事件を追及するのだ!」


 オンビーニ団長は、自分への責任問題にしてはならないと、この後会う予定であったコノーエン伯爵の助言を入れてサイーシ子爵逮捕を号令するのであった。


「オンビーニ伯爵、この後の面会の予定でしたが、これから忙しくなるでしょう。私も近衛騎士団本部に戻って、サイーシ子爵の件についてこちらでもやれる事をしておきたいと思います。面会はまた、改めて次回致しましょう」


 コノーエン伯爵の申し入れにオンビーニ伯爵も頷いた。


「そうですな。私もこうしてはいられない。最悪の場合も想定して騎士団を動かせる様にしておきませんとな」


 一度決断すると動きが早いオンビーニ団長は、ヴァンダイン侯爵達にひとまず挨拶すると急いで部屋を出て行くのであった。


「コノーエン伯爵も演技が上手くなったな」


 旧知の中であるヴァンダイン侯爵はニヤリと笑うとコノーエン伯爵と握手を交わす。


「ははは。緊張しましたぞ。ヴァンダイン侯爵」


 コノーエンは苦笑いするとそう答えた。


 え?……という事は?


 タウロがヴァンダイン侯爵達の顔を見渡す。


「コノーエン伯爵は仕込みなのだ、タウロ君。この時間に面会を申し出て貰って居合わせられる様にし、良いタイミングでこちらに乱入して貰う。そして、そのコノーエン伯爵に後押しをして貰い、優柔不断なオンビーニ伯爵を動かすという作戦だったのだよ」


 ヴァンダイン侯爵が描いた筋書きだったのか今回の計画を打ち明けた。


 ヴァンダイン侯爵、策士だ……!


 タウロは、この一連の流れに筋書きがあった事をただ驚くのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る