第301話 養子縁組成立

 冒険者ギルド竜人族の村支部長サラマンをダンジョンの110階層に送った翌日。


 タウロは、朝からラグーネの『次元回廊』での迎えが来たので、それを使って『空間転移』で王都のヴァンダイン侯爵邸まで移動した。


「おはようタウロ。今日の面談は最終確認だけだから、その後のサインをしたら、グラウニュート伯爵との養子縁組成立よ」


 エアリスが、『空間転移』で遥々竜人族の村から現れたタウロを笑顔で歓迎すると、早速今日の予定を説明した。


「その後はサイーシ子爵が僕の暗殺を謀っていた事実を国に訴え出るんだよね?」


「そういう事。宰相派閥のダレーダー伯爵に昼から証拠の書類と一緒に訴える手筈になっているわ。──養子とはいえ、中立派の重鎮の1人の子供だから、国もすぐに動いてくれるはずよ。やっとこれで、タウロは暗殺者から怯えずに済むわ」


「そうなると、その後すぐにフルーエ王子殿下にも挨拶しておかないといけないね」


 タウロが身分の差がある友人の名を口にした。


「そうね。フルーエ王子は今、王家の中でも発言力が増しているそうだし、タウロが貴族になったら後押しもやり易くなって援護射撃してくれると思うわ」


 エアリスはタウロの考えに理解を示した。


「いや、そうじゃなくて、貴族になる事、この場合、なった後の報告になるけど……、それをしておかないと、へそを曲げるかもしれないじゃない?一応、定期的に手紙は書いているのだけど、今回の事は全く報告してないから」


 タウロはフルーエ王子に対して、友人なのに事後報告になる事を心苦しく思ったのだ。


 先に教えられなかったのは、友情に厚いフルーエ王子の事だ、友が貴族になるその理由が、暗殺者に狙われているから主犯を訴える為に貴族になると知ったら心配し、協力しようとするだろうからだ。


 そうなると平民であるタウロの為でも王家を動かしたかもしれない。


 それでは事が大きくなり過ぎる。


 物事には順序があるのだ。


 まずは、タウロが国を動かせる貴族の養子になる事が先決であり、その上でサイーシ子爵を訴えないと、もし、平民の為に王家が動いたとしたら、子爵の所属する派閥の長、ハラグーラ侯爵が全面対決姿勢で動く恐れがある。


 平民如きの為に自分の派閥の貴族を貶められる事になるからだ。


 だが、タウロが貴族なら話は変わって来る。


 証拠と一緒にサイーシ子爵の罪を問えば、貴族の命を脅かす行為は重罪だ、派閥の長であるハラグーラ侯爵も表立って庇う事は難しい。


 サイーシ子爵に絶対的な非があるからだ。


 ここで初めて、それに連動する形で王家が動けば、より完璧になる。


 だから、いくら友人であるフルーエ王子にも話すわけにはいかなかったのだ。


 彼は聡明な人物だから説明すればすぐ理解してくれるだろうが、友人に一言も無しなのでへそを曲げる可能性は高い。


 だから、すぐ、説明も兼ねてすぐに会いに行かなければならないのだ。


 内緒にして貰う事を条件に話す事も出来たかもしれないが、王宮内は各派閥の間者が入り混じる伏魔殿だ、どこで漏れるかわからない。


 先に話すわけにはいかなかった。


 だから今日、


養子縁組の成立

国にサイーシ子爵を訴える

フルーエ王子に報告


は、今日一日で終わらせないといけない。


 時間をおかずにやる事でサイーシ子爵側は後手後手になるはずだ。


 それに最も恐れるその背後のハラグーラ侯爵に何もさせない事が重要になってくる。


 サイーシ子爵は、いくらここ数年でハラグーラ侯爵派閥で重要な位置に付けて来たとはいえ、所詮子爵である、金蔓の1つでしかないとも言える。


 ハラグーラ侯爵にはそう判断させてトカゲのしっぽ切りをさせるのだ。


 勝算は十分ある。


 これが、宰相派閥が相手の事なら、ハラグーラ侯爵もムキになって色々とカードを切って来る可能性はあるが、今回は中立派の重鎮の1人グラウニュート伯爵である。

 カードを切って長引かせ中立派を完全に敵に回すよりは、子爵を切る事を選ぶだろう。


 この計画の骨子を作ったのがエアリスである。


 細かい部分は父ヴァンダイン侯爵、グラウニュート伯爵なども一緒に練ったのだろうが、タウロを助けたい一心で思いついた策が、見事にハマろうとしている。


 タウロはエアリスに感謝しかない。


 自分の力で何とかしようとしていたタウロでは、貴族になる選択肢は思いつかなかった。


 タウロの当初の計画では、あちらの監視が緩んだ所で、竜人族が集めてくれた情報と併せて暗殺ギルドを直接叩く、もしくは、元凶であるサイーシ子爵の弱みを掴んで依頼を撤回させるか本人を子爵の座から引きずり下ろすという数年がかりになりそうな策だったから、こんなに早く解決できる見込みになるとは思ってもいなかった。


 エアリスは少し会わない間に本当に、成長したと思うタウロであった。


 タウロはそんな思いに耽っていると、すぐに役人が訪れ、養子縁組の最終面談が行われた。


 意思の確認をして、その意思に変わりがない事を証明する書類にサインをする。


「お疲れ様でした。これで養子縁組成立です。おめでとうございます。グラウニュート伯爵も立派な後継ぎが出来ましたな」


 役人が養子縁組の成立を祝福する。


「こちらこそ、スムーズに手続きが出来た事を感謝する」


 そう言うと、ヴァンダイン侯爵が、帰り際に手続きが済んだお礼を渡す事も忘れない。


 貴族社会ではこれも慣例のひとつである。


 役人は、ホクホク顔で、書類を持って役所に戻って行くのであった。


「よし、グラウニュート伯爵。ダレーダー伯爵が訪れたら、次は、サイーシ子爵の罪を当局に訴え出るぞ」


 ヴァンダイン侯爵は、友人に跡継ぎが出来た事が余程嬉しいのか笑顔で息巻くのであった。

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