第292話 86

 竜人族の村に戻ったタウロは相変わらず補給組の送迎クエストをこなす日々を送る事になった。


 それ以外の時間は、カレー屋開店の為の作業を行ったり、他には、この竜人族の村の技術を自分の魔法陣研究に活用できないかなど色々と忙しく動き回っていた。


 そんな数日後の朝。


「タウロ殿。あちらから戻って来てからこの数日、今まで以上に精力的になりましたね」


 ラグーネの兄ドラゴが、タウロのこの数日の活動を見て率直な感想を言った。


「あちらで、仲間に刺激を受けましたから僕も負けていられません。それに、こちらでの経験は貴重なので色々やっておきたいんです」


 タウロは嬉しそうに話した。


「そうですか。我々竜人族もタウロ殿には色々と刺激を受けていますよ。ダンジョン攻略もそうですが、タウロ殿の魔法陣を使った魔道具の数々、そしてあのカレーという料理、あのスパイシーでおいしい食べ物は最高ですよ!」


 ドラゴは、想像して思わず出たヨダレを拭きつつ絶賛した。


「ははは。じゃあ、今日は僕が夕飯を作りますので、メインはハンバーグカレーにしましょうか。シーフードサラダも付けますね」


「ハンバーグカレーにシーフードですか!それは楽しみだ。あの肉汁溢れるハンバーグというのは、あれ1つでも最高ですから、カレーと一緒になったらもう、凶器ですよ!それに、この地域ではやはり海の幸は貴重ですから、今日の夕飯が楽しみですね!」


 ドラゴはウキウキしながら自分の魔法研究の為に自室に戻って行くのであった。


「よし、じゃあ、今日も冒険者ギルドに行って、クエストを受注しようか」


 タウロは気合いを入れ直すと、冒険者ギルドに向かうのであった。




 冒険者ギルド受付前──


「おはようございます、リュウコさん。それじゃ、今日も──」


 タウロがいつもの通り掲示板からクエストを取ろうとしたら、そこには2枚のフリークエストが張り出されていた。


 一枚は、いつものダンジョン攻略の為の深層への送迎、これはいつも通りのだ。


 だが、その横に、もう1枚が張られていてその内容が、


 ──緊急依頼──

 86階層に向かう捜索隊の送迎。

 86階層で、連絡を絶っているサポート組の捜索の為に派遣するチームの送り迎えをお願いしたい。

 依頼主・冒険者ギルド


 と、書いてある。

 冒険者ギルドの依頼と言う事は、今、この竜人族支部の支部長は留守のはずだから依頼したのは……。


 受付の方を振り向くと、そこには両手を合わしてこちらを拝む受付嬢のリュウコがいた。


「……えっと。もしかしてこの連絡が途絶えているサポート組って、支部長さんのチームですか?」


 タウロは嫌な予想をしてみせた。


「……正解。うちの支部長が、遠征期間を過ぎても戻ってくる気配が無いのよ。戻ってきた他のチームが言うには、86階層の地図の作製に向かったらしいのだけど、それっきりなの」


「86階層って、まだ、地図が作成されていないんですか?今は、200階層より深いところを攻略中なのに」


「階層によっては、まだ、未探索なところはあるの。86階層はその一つで、何しろその86階層の別名は『迷宮の中の迷宮』だから……」


「そうなんですね……。それで行方不明のチームを探す為に、捜索チームの派遣ですか」


 タウロは納得した。


「そういう事なの。深層への送迎のついででいいからお願いできる?」


「もちろんです。捜索チームのみなさんは?」


「ダンジョン入り口ですでに待機してるわ」


「わかりました、受注して合流します」


 こうしてタウロは送迎という簡単なクエストなので気軽に引き受けたのであったが、合流した護衛チームや捜索チームと共に実際に86階層の休憩室に向かうと、大変な事になっていた。


『空間転移』で捜索チームと訪れた休憩室には、すでに救助者1名がいた。


 ギルド支部長と一緒に潜っていたチームのメンバーの1人だ。


 その、唯一いた1人が


「86階層に『嵐』が来て、みんなバラバラになったんだ!」


 と言う。


『嵐』とは、この86階層独特の現象で、文字通り嵐の様な現象が起きる事を言うらしい。


 その現象とは探索系、感知系、視覚阻害系などのスキルを狂わせる何かが起きるのだと言う。


それを竜人族の間では、「スキル殺し」というのだとか。


 だがこれまで、記録されたのは何百年に数回で、ほぼそれに巻き込まれる事はなかったのだ。


 それだけにそんな極低確率の事象に巻き込まれるのは、まさに不運としか言いようがない。


 こうなると、タウロが送迎した探索チームの様相も変わって来る。


 ただの、捜索と違って、元々86階層は『迷宮の中の迷宮』である。

 そこに、『嵐』まで加わるとなると、探すのは困難を極める。


 今回、捜索チームは3チーム15人を予定していたのだが、まだ、人手が足りるとは言い難い。


 タウロはこの重い空気の中、自分の護衛チームのリーダーであるツグムに聞いた。


「僕達も捜索に回れませんか?今日の深層の送迎はもう終わりましたし。深層攻略サポート組の予備組であるツグムさん達が捜索に加わると捗るでしょ?」


 と、提案した。


「確かにそうですが、タウロ殿をまた危険に巻き込むわけには……」


「86階層というのは、そんなに危険なところなんですか?」


「魔物はあまり出没しません。ただ、一度単独で迷子になるとなぜか方向感覚を奪われ、精神崩壊寸前まで追い込まれます。我々竜人族はそういう修行もしているので寸前で耐える事ができますが、タウロ殿はその修行をしてないので、お一人で迷子になったら危険です」


 ツグムが、86階層の危険を訴えた。


「それじゃ、僕はみなさんから離れない様にしますよ」


 そう誓うタウロであった。




 そして、現在──


「何でこうなったの!?」


 タウロは86階層で、迷子になっていたのであった……。

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