第293話 続・86
タウロが迷い込んだ86階層は、視界ゼロ、感覚もどこを歩いているのかほとんど感じる事が無くなるというフワフワした状態で、文字通り浮足立っていた。
ツグム達、護衛チームと86階層に踏み込んだタウロであったが、『迷宮の中の迷宮』、そして、それに加えて『嵐』の脅威を安易に考えていた。
202階層を経験していたタウロにとって、そこで死線を潜った護衛チームとなら半分以下の階層は何とかなるだろうと思っていたのだ。
それに護衛チームリーダーツグムの提案で、全員を一定の長さの縄で腰にくくり付けて進んでいたのだが、最後を進むタウロの縄が、いつの間にか切られていた。
少しの間、それに気づかず進んでいたタウロであったが、風の音以外、音が届かない状態になっている事に気づき、ふと縄を確認すると縄は切れていた。
そこで、自分が迷子になった事に気づいたのだった。
こうして86階層は深層とは全く違う種類の危険に、迷った事で気づく事になったのであった。
まず、視界は靄の様なものに遮られほぼゼロ。
音も風の音以外、声が届かない。
そして、五感が奪われていく感覚である。
最初こそ、地面をちゃんと踏みしめて歩けていたのに、今はフワフワとした感覚に襲われ本当に自分が地面を歩いているのかも不安になっていく。
「……こういう時、あまり動かない方が良いって言うけど……。でも、ツグムさんの説明通りなら、86階層は広めの迷宮で壁もあるはずだから、壁の側がまだいいかな?」
タウロはそう判断すると、恐る恐る歩きながら壁に触れる為に手探りで歩いていく。
暫らく歩いたが、壁らしきものに辿り着かない。
「あれ?どういう事だ?流石に広めの迷宮でも、15分くらい歩いたら壁にもぶつかりそうなものだけど……」
タウロの不安が増した中、従魔のぺらが革鎧に擬態した体をプルンと震わせた。
「え?僕が壁を避けながら進んでいる?」
ぺらの意識がタウロに流れて来てそう言っているのが伝わって来た。
「そんなまさか!?真っ直ぐ歩いているつもりが、ジグザグに進んでいるって事?」
ぺらは返事をする様にまたプルンと震える。
「……ぺら、君には道が見えているのかな?」
タウロはこの心強い従魔にまた、質問した。
また、プルンと震えて返事をするぺら。
「じゃあ、僕に進む方向を教えて貰っていい?」
そう聞くと、ぺらはまた、プルンと震えると、体の一部を矢印に擬態して、方向を指し示した。
「ありがとう、ぺら。君がいなかったら僕はこの状態に混乱して精神崩壊を起こすところだったよ」
頼もしい従魔にタウロは安心すると心に余裕が出て来た。
「……ツグムさんの説明通りなら、複数なら症状が出ないけど1人になると感覚を失う症状が出てその結果、その恐怖に精神崩壊を起こす事になるという事だよね?と言う事は、僕はぺらがいるからまだ、そこまで行かなかった、という事かな……」
タウロは独り言つぶやきながらぺらの指示する方向に進み続ける。
従魔のぺらがいるので厳密には独り言ではないが、タウロは口に出して言う事で頭の中を整理し感覚を保とうとしていた。
「この『嵐』は、怖いな……。深層の強敵とはまた違う恐ろしさを感じる。こんな感覚を奪う状態異常は始めてだよ。……うん?──状態異常回復魔法で治らないかな?」
独り言を繰り返す事でさらに余裕が出て来たタウロは、実験まで始める事にした。
「『状態異常回復』!……治らない……か。──いや、今、少し一瞬だけど視界が開けた気がする!」
タウロはそう感じたので、今度は『魔力操作(極)』を使って感覚系にのみ焦点を絞って状態異常回復魔法を唱えた。
するとこれまで何にも感覚が無くなっていた足元に地面を感じる。
そして、視界も靄が晴れていく、そこへ『嵐』により使用不能になっていた能力の『気配察知』に反応が出た。
タウロを遠巻きに数体の魔物を感知した。
「こっちを窺っているみたいだけど……。シルエット的にイタチ系の魔物かな?前足が鎌みたいな形してる……」
ぺらがその言葉にプルンと震えた。
「え?縄はあの魔物が切ったの?」
ぺらの意識が伝わって来た。
「そっか。僕に直接攻撃を加えたわけじゃないから止めなかったんだね?」
ぺらはまたプルンと震える。
「今は、ぺらが威嚇してくれてるのか。ありがとう」
どうやらぺらはタウロの持つ、自分より弱い者を威嚇する『威光』の様な能力がある様だ。
「って、能力が使える様になってる!という事は『嵐』によるスキル殺しの治療が出来たって事か!」
そこへ脳裏に『世界の声』が響いた。
「特殊スキル【&%$#】の発動条件の1つ<領域限定守護者(『嵐』)のスキル殺しに打ち勝ちし者>を確認。[スキル殺し(弱)]を取得しました」
「……スキル殺し。──(弱)の部分が気になるけどもしかして凄いものを覚えたんじゃないだろうか……?」
タウロは喜ぶ前に自分が体験した恐怖を振り返って思うのであったが、次の瞬間には『気配察知』に複数の人を確認して、すぐ、その方向に向かうのであった。
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