第287話 養子縁組の話(1)

 ドラゴとラグーネの兄妹邸でタウロは一緒に話を聞きながら食事を取っていたがラグーネの説明が理解できず、完全に手が止まっていた。


「王都に居るのは、僕を貴族の養子にする為なのかい?」


 タウロはラグーネの説明からそう解釈して聞き返した。


「もぐもぐ……、うん?そうと言えばそうなのだが、結果的にそういう結論に至ったというか……。タウロの今後の安全を考えるとこの方法が一番だろうとエアリスが判断したのだ」


「エアリスが、僕の安全を考えて……?──もしかして、サイーシ子爵の僕の暗殺を撤回させる為に僕を貴族の養子にするという事かな?」


 段々と話が見えて来たタウロは頭の中を整理しながらラグーネに詳しい説明を促した。


「ちょっと違うかな。サイーシ子爵の暗い疑惑の中で、暗殺計画容疑ではっきりと証拠が残っている事件は、タウロ暗殺未遂事件だけなのは知っているだろう?」


「ああ、他は暗号文なのに僕の契約内容だけは、後から付け足した様に暗号じゃなかったからね。」


「エアリスが言うには、一介の平民であるタウロの暗殺未遂では、周囲も動けないけど──」


 ラグーネの説明の途中で察したタウロが話を引き継いだ。


「──養子とはいえ貴族の子を狙った犯行なら、堂々と事件にしてサイーシ子爵の罪を追求出来るという事だね……?確かにそれならサイーシ子爵の犯罪を表沙汰にして、もしかしたら解けていない暗号文で交わされた他の暗殺契約も追及出来るかもしれないって事か……。サイーシ子爵の犯罪を白日の下に晒して逮捕出来れば、契約主を失った暗殺ギルドから僕も狙われなくなる……。──エアリスがこれを考えたのかい?驚いたよ!」


 タウロはほとぼりが冷めてから、どう立ち回るかを考えていたので、エアリスのこの案には本当に驚かされるのであった。


 がしかし──。


「僕が、助かる為に養子になる事を受け入れる貴族がいるのかな?……もしかして、以前申し出があったところなら、善意を利用する様なこの形は嫌だなぁ……」


 以前、申し出があった貴族は、ヴァンダイン侯爵が人柄を保証する程、良い夫婦のところだとタウロは聞いていたので、自分が暗殺ギルドに狙われない為にそこへ養子に入る事には罪悪感があった。


 それに、養子になるという事は、自由に冒険が出来なくなるという事だろう。


 自由が利かないが命の保証か、命を狙われながらの自由かの選択をしなければならないのかもしれない。


 後者は、自分だけでなく仲間の命も危険に晒される事になる。


 冒険者だから命の危険とは背中合わせだが、暗殺ギルドに命を狙われ続けるのはまた話は別だ。


 そうなると、『黒金の翼』を脱退したまま、暗殺を依頼したサイーシ子爵と暗殺ギルドを相手に対峙して解決するほかないだろうが、それだと限界がある。


 今は従魔であるぺらがいるから、そう易々と命を失う事もないだろうが、大変な事に変わりはない。


 命より先に精神が削られていく方が早そうだ。


 そう考えると不自由を受け入れて貴族の養子に入るのが最短で最良の解決策なのかもしれない。


「どうするタウロ。エアリスは君の命を守る為に動いているよ」


「……わかった。この件を解決する為にも貴族との養子縁組を受け入れるよ。──となると、僕も一度そっちに行って相手の貴族の方と面談した方がいいのかな、気に入らなかったら断られる事もあるだろうし、これから大変──」


「いや、それは大丈夫みたいだぞ?」


 タウロの言葉を遮ってラグーネは言うと、最後のとんかつを頬張り、あっけらかんに続けて答えた。


「すでに、相手の貴族の方はタウロの身辺調査については済んでいて、いつでも養子にしたいと思っているらしい。タウロが了承した時点で手続きに入れるそうだ」


「え?身辺調査済んでいるの?……もしかして、アンクの雇い主って……」


 タウロはアンクの雇い主は複数いてヴァンダイン侯爵と誰かだとは思っていたのだが、どうやらもう1人は自分を養子にと前向きだった貴族だった様だ。


「アンク?どうしてアンクの名が出てくるのだ?よくわからないが、タウロが大丈夫なら、私は戻ってそう報告するぞ?いや、タウロも一度、あっちに顔を出した方が良いか、エアリスやアンクも会いたがっていたぞ」


「エアリスはともかく、アンクはあっちへの報告の為に知りたいだけだと思うけど……、ははは。わかったよ、今日は遅いから、明日、一日空けておくからラグーネ迎えに来てね」


「わかった。では明日また来よう。『次元回廊』の移動先はヴァンダイン侯爵邸内だから安心だぞ。それでは、エアリス達が待っているから帰るかな」


 そう言うと、とんかつを食べられて満足なラグーネは『次元回廊』を開くと、一瞬にしてその場から消えるのであった。


 すると二人のやり取りを黙って見ていたドラゴがやっと口を開いた。


「……全く、俺に挨拶1つなく帰るとは……、寂しいものだ……。あ、ただの独り言ですよ?薄情な妹に対するただの愚痴です。こうやって兄離れしていくんですかね……」


 遠い目をするラグーネの兄ドラゴにタウロは苦笑いすると、食後の片付けをするのであった。

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