第171話 侯爵家の執事

 タウロの慣れないヴァンダイン侯爵家での仮住まいも一週間が過ぎた。

 この頃にはエアリスも忙しさからある程度解放された。

 その一つとして以前仕えていた執事のシープスがみつかって、呼び戻せたからだ。


 シープスはびっくりというか、やっぱりというか、期待通りというか、羊人族の獣人でヴァンダイン侯爵家の職務の全般に明るい人物で有能だった。

 モフモフの白い毛並みに、丸くカールしながら伸びる「アモン角」が特徴で、本人もそれが自慢だそうだ。


 このシープスの復帰のおかげでエアリスは雑務から解放された。

 メイド長のメイも同じだった様で、「やっと自分の仕事に集中できます」と、ほっとしていた。


 だが、その喜びも束の間、執事のシープスはヴァンダイン侯爵領の領地が心配だと言って、王都の屋敷から出て行った。

 一応、溜まっていた仕事はこなして出て行ったので助かったが、後の屋敷の執事に指名されたのがメイド長のメイだった。

 メイド長には別の者が指名された為、仕事に差し支えは無いが、メイの方はたまったものではない。


「エアリス様のお世話をするのが生きがいなのに!」


 泣くメイであったが、メイはシープスに次ぐ古株で、メイド見習い時代にエアリスの誕生に居合わせ、すでに十六年間ヴァンダイン家に仕え、ヴァンダイン家の事をよく理解し、仕事が出来るので適任だとシープスが太鼓判を押していた。


 エアリスもそれに喜んで納得すると任命書にサインをしたのでメイは表立って反対できなかったのだった。


 そんな悲喜交々があった中、シャーガからダンジョンに入れる旨の手紙が届いた。


 エアリスも忙しさから解放されて時間が作れるので、シャーガに予定日を決めて貰う事にした。

 メイはダンジョンにエアリスが入る事に当初反対だったが、タウロも付いていくとエアリスが説明すると、タウロに信頼があるのか納得してくれた。


「でも、お嬢様、何かある時はタウロ殿の指示に従い身の安全を図って下さいね」


「タウロ殿も、お嬢様をよろしくお願いします」


 と、執事姿がまだ見慣れないメイがお辞儀をした。


「はい。エアリスの事は任せて下さい。それに、エアリスも立派な冒険者ですから」


「そうよ、メイ。私は冒険者ギルドでは後衛のスペシャリストとして期待されてるんだから。それにタウロは最年少の実力ある冒険者だし、私達はチーム『黒金の翼』の一員なんだからね!」


 エアリスが、胸を張って自慢した。


「そうですね。まだお嬢様が冒険者をやっている事が、不思議な感覚ですが、タウロ殿もいらっしゃいますし、大丈夫ですよね。あ、怪我にはくれぐれも気を付けて下さい、お嬢様」


「わかってるわよ。それにダンジョンは一階層に潜るだけだから大丈夫よ。お父様の亡くなった場所に献花したらすぐ戻るから」


「……私の分もお願いしますね。私はここでご主人様がちゃんと天に召され、穏やかに過ごされる事を祈っています」


 メイが、ヴァンダイン侯爵を思い出したのか、涙を浮かべながら、エアリスに言った。


 エアリスも頷くと、メイの分もちゃんと届けてくるよ、と答えるのだった。




 予定日の朝。


 タウロとエアリスは王都の北門に集合していた。

 そこには見送りにシャーガとジョシュナがいて、護衛の騎士が十人もいた。

 その中には、シャーガがダンジョン調査の為訪れた時、その護衛隊長を務めていたタイチ隊長が含まれていた。


「やあ、久しぶりだね。タウロ君。まさかこんなに早く再会するとは思ってなかったよ。わはは!」


「今日もよろしくお願いします」


「あ、今日は俺は隊長じゃないんだよ。隊長はあっちにいる、ツヨーク。俺はその副官だよ」


「タイチさんが副官なんですか!?」


 タウロは素直に驚いた。


 このタイチは、武人ウエポンマスタースキルを持つ猛者だ。

 その人よりも強い騎士という事か。


「俺よりもツヨークは強いし、指揮官としても優秀でね。槍を持たせたら右に出る者はそういないよ」


「そんな人が護衛をしてくれるんですか……」


「シャーガさんが今日の為にツヨークの日程を空けさせたくらい信頼してる騎士だよ。ダンジョンに精通していて現在、最高到達層まで潜った時の指揮を取っていたのもあいつなんだ」


 タイチが指さす先に金髪の長髪をなびかせた青い目のすらっとした板金鎧に身を包んだ凛々しい騎士が立っていた。


 タウロとエアリスは、シャーガに今回の護衛の隊長である、このツヨークに紹介され、挨拶すると護衛に感謝した。


「構わない。ヴァンダイン侯爵の件はこちらも、思うところがあったので、その娘さんを護衛出来る事をむしろ感謝している」


 無愛想だが、誠実な人の様だ。

 二人は頷くと再度この頼りになりそうな騎士にお礼を言うのだった。

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