第52話 国王、動く

「なるほど……」


 宰相はガーフィッシュの説明を聞いて頷いた。


「それでは!」


 ガーフィッシュは期待に聞き返す。


「……事はそう簡単ではない。領内でのことは自領で解決するのが鉄則。いくら私でも他の貴族領の裁きに口を出すわけにはいかん。できるとすれば、バリエーラ公爵個人として嘆願書を送る事か。それで、素直に聞くならいいが、最近、あそこはミスリルが産出するとあって急激に力を付け始めてるからな。天狗になってなければよいが……」


「ですが、公爵家を足蹴にはしないかと」


「……そうだが、貴族にも派閥があってな。サイーシ子爵はハラグーラ侯爵の一派だとと言えば、理解できるか?」


「閣下と敵対している派閥ですね……」


 合点がいったとばかりにガーフィッシュは苦虫を噛み殺した。


「……ふむ。こうなると、陛下に動いてもらう他ないな」


「陛下ですか!?」


 話が大きくなってきた、ガーフィッシュは宰相に会えれば解決すると思っていただけに驚くしかなかった。


「我が派閥のみならず、リバーシを嗜む貴族は多い。その者達を集めて嘆願書を書いて貰うとしよう。王妃様にも説得をお願いし、フルーエ王子殿下にも一役買って貰うか……」


 庶民の10歳の子供の逮捕で、王国の貴族階級を動かす大事に発展し、今まさに、王家も動くかもしれない事態になろうとしていた。




 フルーエ王子は宰相からの報告に憤慨した。

 友人の危機である。

 こうしては居られない。


 だが、側近のセバスが止めた。

 いきなり陛下にお願いするのは良くないと言うのだ。

 兄達を巻き込んで一緒にお願いするのがいいだろうという事だった。

 各兄達は、陰で各々の派閥が支えている。

 兄達を飛び越えて陛下に進言すると各派閥からの反感を買う可能性があるという事だった。


「わかった。兄上達に会おう。それと母様にも頼んでみる」


 今や、リバーシは貴族のみならず、王族でも嗜みの1つとして、女性達の間でも流行っていた。

 それに一役買ったのは以前にフルーエ王子と宰相の試合が白熱した為であったが、それらはタウロ・サトゥーという少年指南役がいてこそである。

 リバーシの少年伝道師のピンチはすぐに王宮で女性の噂話から一気に広がった。




 国王が動いた。


 各方面からの嘆願が相次いだのだ。

 国王は、嗜む程度にリバーシはしていたが、指南役の少年についてはよく知らなかった。

 5番目の王子フルーエが熱中していて、宰相のバリエーラ公爵を負かしたという話は面白い話だったが、その陰の立役者がその少年らしい。


 聞けばサイーシ子爵は宰相や王子らが懇意にしているのを知っていて、無実の罪を着せて捕らえたらしい。

 このまま見過ごすと派閥間の争いにもなりかねない、放置できないだろう。

 そう判断するとサイーシ子爵を王宮に召喚した。




「サイーシ子爵よ、今日は召喚された理由は承知しているか?」


「い、いえ……」


 子爵は平伏していたが、緊張は伝わってきた。


「聞けば、貴族達の間で流行っているリバーシの指南役なる少年を無実の罪で捕らえ、幽閉していると余の耳には入って来ておる。みながその事に心を痛めて、余に嘆願する者が後を絶たない。どうしたらいいと思う?」


「……そ、それは……」


 サイーシ子爵は動揺して言葉を濁した。


「そなたの領内の事だ、そなたが自分の領内の民をどう法に照らして罰するかは知らぬ、しかしな、これほど嘆願される者を、それも無実の者をと聞かされては、余も聞き逃すわけにはいかぬ」


 はぁはぁ……


 緊張のあまりサイーシ子爵の呼吸の乱れが周囲に聞こえてくる。


「そ、その事につきましては、先ごろ、無実だとわかって釈放の手続きを進めているところです!陛下におかれましては、ご心配とご迷惑をおかけし申し訳ございませぬ!」


 苦し紛れに子爵は嘘をついた、子爵の独断で逮捕させたのだ、子爵の一声で釈放できる話だった。


「そうか、無実とわかったか。それをそなたの口から聞けて安心した、下がるがよい」


「ははあー!」


 サイーシ子爵は国王陛下を一度も見上げる事なく慌てて退室した。


「……これで良かったか、グレト」


 そばでグレト・バリエーラ宰相が頷く。


「陛下は憂慮を伝えただけですからな。判断したのは子爵、問題は何もありませぬ」


 こうして、タウロの釈放が遥か離れた王都で決定した。

 捕らえられてから、三か月が過ぎていた。

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