第6話 冒険者として

 先約の男は左目に縦に傷を負った古参と思わせる雰囲気を持つ男だった。

 眼光鋭く隻眼である事が威圧的だ。


 そんな相手に、


「ぼくもですがあなたも相当臭いです」


 と、タウロははっきり言った。


「何だと―!小僧、お前の場合、風呂にもずっと入ってないだろ、麻袋みたいな服も、汚れで色が変わってるじゃねぇか」


 鼻をつまんでお前の方が臭いと、アピールしてみせた。


「仕方ない、お湯を沸かしてやるから湯あみしろ」


 湯あみは贅沢で宿屋でも桶に一杯お湯を入れて貰うだけでお金が取られる。

 隻眼のおじさんは大きなタライを持ち出してくると井戸の水を一杯入れ始めた。

 そして、タライの水に手をかざすと、


「熱球」


 とつぶやくと赤い球形の塊がタライの水に吸い込まれ水を温めたのだった。


「魔法!?」


 前世の佐藤太郎はもちろん、現在のタウロ・サトゥーでも観るのは初めてだった。

 当然食いつく。


「とっとと入れ!」


 軽く頭を叩かれた。

 久しぶりのお風呂だ。

 それこそ、前世以来8年ぶりである。

 タウロは一週間前に町の外の小川で水浴びをしたが、お風呂となると初めての体験だ。

 佐藤太郎とタウロの記憶が相まって感動が押し寄せてくる。


 隻眼のおじさんはタウロを持ち上げてタライの湯船に入れた。

 腰までお湯に浸かるとそれだけでも夢心地だ。

 隻眼のおじさんがそこにお湯を汲んでタウロにかける。

 石鹸を取り出すと頭をゴシゴシするが全く泡が立たない。

 元々石鹸の品質が悪い事もあるがタウロの髪が汚れているのだ。

 何度もお湯をかけては、石鹸でこする作業を隻眼のおじさんは続け、数度目にして泡らしいものがたってきた。

 身体も同じように洗う。

 垢がボロボロと出てくるから隻眼おじさんは大変だ。


「気合いを入れるか……、小僧も手を動かせ!」


 と、言うとまた、ゴシゴシとタウロの体を磨くように石鹸でこすっていくのだった。




 タライの中身は真っ黒になっていた。

 その代わり、タウロは2年間の汚れをキレイに落としきり、やせ細ったままだが汚れてボロボロだった姿を想うと最早、別人であった。

 すると脳裏にあの声が聞こえた。


「【&%$#】のスキル条件<長い年月の汚れ落とし>を確認。魔法[浄化]を取得しました。」


「え?」


「どうした?」


「今、『世界の声』が聞こえて[浄化]を覚えたみたいです」


「ああ、お前の浄化魔法を覚える条件がこの湯あみだったか」


「人によって違うんですか?」


「ああ、同じスキルでも取得条件が個人で違う。才能にもよるみたいだが火魔法を覚えたきゃ火をひたすら点火してみたり、可能性を色々試すのが覚え方だ。……それにしても浄化か、そんな条件でレア魔法とはな……」


 呆れた様子だったが、タウロは裸のままだ、用意されてあった子供用の服を渡した。

 隻眼のおじさんから服を渡されると、タウロはお礼を言った。


「ありがとうございます、隻眼のおじさん」


 感謝にはちゃんとしたお礼が必要だ。


「そういうのはいい。俺も体洗うからどけ小僧」


 タウロはわきに追いやられると隻眼のおじさんは体を洗い始めるのであった。




「タウロ君、ここの冒険者ギルドのサイーシ支部長が話があるそうよ」


 次のクエストを探してたタウロに受付嬢のネイが声をかけてきた。


「(ギルドの支部長?そんな人がぼくに会ってくれるって一体…)?」


 ネイの誘導に付いて行く事にした。



「失礼します」


 ネイが支部長の部屋のドアをノックして声をかけた。

 返事があったので入室したそこには…


「隻眼のおじさん!?」


 お風呂に入れてくれた隻眼のおじさんその人であった。


「こらこらタウロ君、支部長のレオさんよ」


「さっきはありがとうございました」


 改めてお礼を言う。


「いいから、そこに座れ」


 手で支部長レオがソファーを指し示した。

 素直にソファーに座るとネイは側に立ってくれている。


「ネイから話は聞いている。金も無けりゃ住む当ても無いそうだな」


「……はい」


「それで提案だが、ギルド内に空き部屋があってそこにベッドがある。しばらくはそこを使用していい」


「え?」


「その代わり、ギルド内の掃除、ネイ達ギルド職員の手伝いをするのが条件だ。もちろん、給金も出す」


「いいんですか!?」


 渡りに船な提案だった。


「ネイがしつこいからな、仕方ないだろう。小僧、お前は今、モーブから借金をしてなったが、曲がりなりにも冒険者の一員だ」


「はい」


「金を返さずに逃げれば、お前の経歴に傷が付くがそれと同時に冒険者ギルドの信用にも傷が付く。冒険者として節度ある行動をしろ」


「はい!」


「それと小僧、いや、タウロ、お前、頭を怪我してるな。後で治療室で治癒魔法をかけて貰え、以上だ」


 早く出ていけと言わんばかりに手を振る。


 タウロは改めてお礼を言うと退室した。


「支部長、ありがとうございます」


 部屋に残ったネイが礼を言う。


「……確かにモーブやお前が言うように目が死んでないな。見込みがある。文字化けスキルなのはネックだが、あれなら生活くらいはどうにかなるだろう」


 支部長レオのお墨付きがあった事はタウロは知らない。

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