第70話 フォーメーション
一晩休んでから旅立つ予定だったのだけれど、ガルム帝国側から滞在を依頼された。
俺たちがいない時に、今まででも最大級の攻勢を受けたから、警戒しているのだそうだ。
そうか、あれが帝国が経験した最大級の悪魔からの攻撃か。
「やっぱり悪魔は、手加減しているのでは……?」
『その可能性が高いですわね』
ナディアと俺の意見は一致した。
レヴィアタンの話から、悪魔が人を攻撃するのは出来レースみたいなものだと判明している。
悪魔も人間を滅ぼすわけにはいかないのだ。
だとすると、帝国に許容量以上の攻撃を仕掛けた黒貴族マゴトは何を考えているんだろう。
下手をしたらガルム帝国が滅びるところだったんじゃないか?
「うちはそのマゴトと戦ってないけど、多分こうじゃないかなって意見はある」
エノアが怖い顔をしている。
「うちらに対する警告じゃない?
下手に魔王派の味方をしたり、今までの流れを崩すようなことをしたら、こうなるぞって」
「それで国を一つ滅ぼすと?
許せません!! やっぱり悪魔は一匹残らず滅ぼさねばです!」
セシリアが怒りに燃えた。
うん、気持ちはとても良く分かる。
黒貴族側が、俺たちの行動に枷をはめようとしてきているのかもしれない。
だが、その誘いに乗っては、いつまでも続く馴れ合いみたいな戦いを続けなければならない。
それはいやだ。
なんというか、俺の中に、このガーデンという世界にしっかりとした決着をもたらさねば、という使命感みたいなものがあるのだ。
これは最近気付いた。
勇者だからなのかなあ。
それとも……。
またバージョンアップした、スマホのOSを確認する。
“Metatoron2.0に更新済み”
このOSの名前が、偶然であるはずがない。
メタトロンは、メタトロンだと考えたほうがいいだろう。
つまり、俺はかの有名な天使と繋がったツールを持っている、的な。
俺の精神も、その影響を受けているのかも知れない。
「むむむ」
「カイル兄ちゃんがまたなんか考えてる」
蒸しバナナをもぐもぐ食べていたマナが、じっと俺を見つめた。
「ひとりで考えてもよくないじゃん。しゃべってよー」
「いや、まだ難しい段階でさ。
みんなようやく、天使のことを知ったところじゃないか。
それにまだ確定じゃなくて、そうじゃないかなって段階」
マナは難しくて首を傾げたけれど、他のみんなは違う。
じっと俺を見る。
「カイル様、話して下さい。それは勇者としての力に関わるお話ですね?」
セシリア、理解が早い。
というか、察しが良すぎる。
英雄姫たちは、ブレイブグラムを通じてスマホと繋がっているから、深いところでは理解しているのかも知れない。
よし、軽く話しておこう。
「じゃあ、話す。
多分だけど、俺のスマホは、レヴィアタンが言う天使と繋がってる。
スマホを動かすOS……えっと、スマホの頭脳みたいなものなんだけど、それがメタトロンっていう、俺の世界ではそこそこ有名な強大な天使と同じ名前なんだ」
「敵ですか?」
雰囲気が戦闘モードになるセシリア。
だが、すぐに彼女は、纏う空気を柔らかくする。
「いえ、今まで私たちを助けてきたのが、そのスマホですよね。
カイル様の意思を代行して、手足になって活躍してきています。
ならば、それは今のところ、私たちに味方するものだと、私は考えたいです」
セシリアにしては珍しい。
そして、英雄姫たちも同じ意見のようだった。
よし、スマホのことは随時チェック。
最近、情報量が多くて大変だが、最優先チェック対象としよう。
しばらくガルム帝国に滞在するので、岩山の一つを借りて戦闘訓練を行うことにした。
英雄姫も三人になり、好きに戦わせればいい、というわけにはいかなくなった。
俺たちのフォーメーションを作らないとな。
まず、前衛はセシリア。
後衛はエノア。
これは変わらない。
中衛には俺。
前にも後ろにも移動でき、すぐに英雄姫をサポートするためだ。
あるいは、黒貴族レベルのやつが出てきたら、俺が相手をすることになる。
多少全体を見渡せて、フットワークを利かせられる位置がいい。
そして最後にマナディアは……。
「わたしはカイル兄ちゃんの隣かな?」
「なんですって!」
既に変身を終えたマナディアは、無邪気にそう告げ、セシリアは過敏に反応した。
「マナディアは戦えるのですから、前衛がいいのではないですか?
カイル様の邪魔をしてはいけません!」
言っていることは冷静なんだけど、チラチラ俺を見ているので、他の女子が自分のいない時に、俺と親しくしていることを心配しているようだ。
なんだろう。
猛烈なラブパワーを感じる……!!
「や、や、わたし、回復がメインだから。
攻撃力もないし、カイル兄ちゃんと同じように前後ろに動けたほうがいいと思うんだよね」
「むむむっ、悔しいですけど道理です」
セシリアがとても悔しそうだ。
彼女、基本的に武人思考だから、武人として間違っていない意見を頭ごなしに否定できないんだよな。
真面目な娘なのだ。
「うちはそれでいいと思うよ?
それにセシリアちゃん、マナディアの思考は結構マナちゃんに引っ張られてるから、心配いらなくない?
ナディアだって、なんか達観したおばあちゃん風じゃん」
「わたし、おばあちゃんじゃないんですけど!?」
ツーテールの髪を逆立て、両手をぶんぶん振り回して抗議するマナディア。
ナディアでもあるので、複雑だ。
「はいはい!
じゃあフォーメーションの練習やるよー!」
いつまでもお喋りしてても、
強制的に話を切り上げて、やるべき作業に集中することにした。
舞台は、岩山の頂上。
ここには何も建設されていなくて、大きな広場になっている。
普段は帝国の戦士たちが、訓練などを行っているんだそうだ。
「ヘルプ機能、フォーメーション管理はいける?」
『フォーメーションアプリで管理できます』
便利だ。
さっそくそれをインストールして、起動する。
ブレイブグラムと連動できるようだ。
戦場を3Dで見ながら、英雄姫のポジションを移動させられる。
画面上で移動した英雄姫は、現実世界でも瞬間移動したみたいに、その位置に現れる。
マナディアはこの瞬間移動が面白いらしくて、きゃっきゃとはしゃいでいる。
「三人と俺なら、そう複雑なフォーメーションもないな。俺が前寄りか、マナディアがそうかの違いくらいだ」
軽くフォーメーションを固めた後、それをフォーメーション1と仮に名付けて保存する。
「ヘルプ機能、幻の魔法を。
呼び出すのは黒貴族アスモデウスで」
『了解しました。幻像魔法の詠唱を行います。“勇者カイルが世界の理に命ずる。世界の影へ光を注ぎ、我が望む虚像を作り出さん。これを虚空より呼ぶ仮初の命にて動かし、我が意志に従える。
スマホの呪文詠唱とともに、見覚えのある巨体がそこに出現した。
俺が最初に戦った黒貴族、アスモデウスだ。
獅子の下半身を持ち、竜と獣と武人の頭を持つ、異形の黒貴族。
今まで見てきた黒貴族で、こいつが一番モンスターっぽい外見をしている。
他は、学者風と丸いのと黒い魔法少女だもんなあ。
「出ましたね、アスモデウス!!
今度は不覚を取りません!!」
闘志を燃やすセシリア。
エノアは静かに、矢を番えた。
「ヘルプ機能、幻像はどれくらいの効果がある?」
『ある程度の実体を有しています。一定以上のダメージで消滅しますが、過剰な攻撃はこの地形にも傷を残しますので、加減が必要です』
「オーケー。じゃ、そこは俺が指示する。
じゃあみんな、始めようか!」
ということで、フォーメーションの練習を開始する俺たちなのだった。
このまま、英雄姫が増えていったら、フォーメーションは複雑になっていくんだろうなあ。
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