第68話 悪魔の軍勢を蹂躙せよ!
ガルム帝国がまた見えてきた。
幾つも連なった、柱状の岩山は、やっぱりとびきり変わった外観だ。
だが、今日はそれに気を取られている暇はなかった。
『戦闘が発生しています』
ヘルプ機能が告げた。
なんで戦いが……と思って、ガルム帝国は南部の、人と悪魔の戦場の最前線であることを思い出す。
『マゴトの軍勢ですわね。あの黒貴族、わたくしたちには自分で対抗して、人間には軍勢を差し向けていましたのね!』
「小癪な用兵術です!」
ナディアの言葉に、セシリアが大いにいきりたつ。
ここで、ダンタリオンは俺たちから離れて行った。
「悪魔が悪魔の戦いに介入することはできない。
それをやってしまえば、内戦になってしまうからな」
悪魔にとっての本当の敵が、ガーデンの外にいる天使であると分かった今、ダンタリオンのスタンスは納得できる。
例え立場が違っていても、同じ悪魔が争うことは天使を利することにしかならないからだ。
「ラスヴェールに帰るんだな」
「私の領地はゴーラムだ。
お前の話したように、無用な新人つぶしはしないようにしておくさ」
そう言って笑うと、ダンタリオンは本を開いた。
彼の背後に扉が生まれ、その中に馬ごと消えていく。
魔王派の悪魔は去った。
ここからのしごとは、俺たちの領分ってわけだ。
「よし、行くぞみんな。ガルム帝国に加勢する!」
「任せて下さい! 不完全燃焼だったんです!」
「うちも、さっきは力になれなかったぶん、今回は頑張るよ!」
『マナちゃん、また行きますわよ』
「ほーい!」
マナが変身して戦うことに慣れてしまうのは複雑だなあ。
でも、マナディアは何と言うか、底知れぬ強者感があるからなあ……。
よし、危なくなったらサポートしておこう。
「ヘルプ機能、マナをサポートはできる?」
『英雄姫マナディアはブレイブグラムに登録されました。変身前の二人に関しても紐付けされています。該当する英雄姫にチェックを入れ、保護対象として下さい。ただし、保護対象となった英雄姫は、一定条件下で自動的にストレージへ収納されることとなります』
なるほど、緊急離脱機能ということか。
だが、他の英雄姫と違い、マナは普通の子供だからな。
俺はブレイブグラムを起動し、そこにあったマナのチェックボックスにタッチした。
よし、これで保護対象、と。
マナが危なくなったら、自動的にスマホのストレージに退避させられるようになった。
そうこうしている間に、既にセシリアの姿がない。
「大体分かってるけど、セシリアはいなくなったね」
「そうだねえ。セシリアちゃん、真っ先に戦場に飛び込んでいったよ。
うちはここからでも援護射撃ができるから問題ないけど。
あ、どっちに行ったか分かるように、そのスマホでうちの見えてるものを一緒に見られるようにしといたら?
できるでしょ?」
「そっか。できるか、ヘルプ機能」
『可能です。英雄姫エノアの視覚にカメラを同期します』
スマホに動画が映し出された。
俺が映ってるなあ。これは確かに、エノアの目を通して見えているものだ。
「じゃあ頼む、エノア。俺も行くから」
「ほいほい、お任せ!」
エノアが弓を構えた。
その横で、マナがナディアを頭の上に載せて走っていく。
『変身ですわよマナちゃん!』
「おう、いっくぞー!」
マナがぴょんと飛び上がると、次の瞬間には、紫の丈の短いローブを纏った女の子に変わっている。
ツーテールが風に舞った。
英雄姫マナディア出現だ。
彼女は弾むような足取りで、南国の大地を駆けていく。
セシリアほどじゃないけど、足が速い。
マナディアの加入で、性能が上がった俺の足とどっこいくらいだ。
「マナディア、無理するなよ。
セシリアやエノアと違って、君は二人が一つになった英雄姫だから、何が起こるか分からない」
「うん。
ナディアも戦うのは得意じゃないって言ってたから、セシリアお姉ちゃんの手伝いを頑張るね」
「頼む!」
森を抜けて、視界が広がる。
そこは既に戦場だ。
群がる悪魔兵士の群れと、その中に点在する異形の巨人。
相対するのは、ガルム帝国の女戦士たちだ。
一進一退の攻防が繰り広げられ、少なからぬ犠牲者も出ている。
……のだが。
そこにセシリアが突っ込んだことで、完全に戦力バランスが狂った。
黒貴族マゴトとしては、かなりの軍勢を送り込んだらしく、この数は正直、ガルム帝国でも危ないのではないかと思う。
ただ、そこに英雄姫がいれば話は別だ。
銀色の疾風が、戦場を駆け抜けていく。
触れた悪魔兵士が片っ端から粉々になり、立ちはだかった悪魔の巨人は、胸に大穴を空けられて打ち倒される。
ほんの一瞬だって立ち止まらない。
“風の銀槍”の二つ名は伊達じゃない。
「セシリア様が来て下さった!」
「凄い! 悪魔が次々に倒されていく!」
「あれが風の銀槍……!」
ガルム帝国の戦士たちから、感嘆の声が聞こえる。
セシリアが畏敬の念をもって迎えられるのも無理はないな。
戦場にいたら、まさに軍神に見えることだろう。
そしてさらに、降り注ぐ矢の雨。
ガルムの戦士たちだけを避け、確実に悪魔を撃ち貫いていく。
『英雄姫エノアの絶技、“
遠く離れた場所にいても、エノアの目には戦場全体が見えているのだ。
数が頼みの悪魔など、敵ですらない。
これは、俺の仕事が無くなってしまう……!
「ちょっと仕事するぞ……!」
俺は剣を展開して、戦場に切り込んだ。
群がる悪魔を斬り倒し、今まさに追い詰められていた戦士を、理力の壁を展開して救う。
「ありがとうございます、勇者様!!」
目をキラキラさせて、女戦士は礼を言ってきた。
「気にしないでくれ。あと、あんまり近づくとセシリアが怒る」
「は、はい!!」
サッと距離を取る女戦士だ。
彼女は腕をやられたらしく、血まみれになった右手がだらりと下がっている。
骨も見えてるじゃないか。
そして戦場には、彼女以上に致命的なダメージを負った戦士たちも多い。
「ちょっと見せてー。はい、“
そんな彼女たちに、マナディアの杖がそっと触れていく。
すると杖は輝き、同時に女戦士たちが受けた傷が消滅した。
傷が治ったとかそういう話じゃない。
傷が消えた。
流れていた血まで消えている。
『英雄姫マナディアの治癒魔法は、事象の書き換えです。傷病という事実そのものを、存在しなかったことにするのです』
「治癒魔法って次元じゃないなそれ……。
間違いなく、ナディアも英雄姫だったってことか。
凄さのベクトルが分かりづらかったんだな」
小治癒は、腕や足など、一部分だけの治癒。
大治癒は複数部位の治癒。
あろうことか、マナディアは死んだばかりらしい女戦士を、“
治癒魔法のオンパレードだ。
倒れたはずの戦士たちは立ち上がり、再び戦場に戻った。
そして悪魔は、セシリアが片っ端から片付けていく。
人と悪魔の戦力バランスが、大きく傾いていった。
俺たちが参戦してから、ほんの三十分。
それで勝敗が決した。
残った僅かな悪魔が、潰走していく。
「やはり、悪魔兵士ではこの程度ですね」
俺の前に戻ってきたセシリアが、満足げに言った。
「見てくれましたか、カイル様!
私、さらに能力が向上したんですよ!」
「見た。すごい」
「カイルお兄ちゃんがなんか単純な言葉しかしゃべれなくなってる……?」
そんなことはない。
この戦闘で得た情報量で、ちょっと頭がいっぱいいっぱいなだけだ。
マナディアの能力の一端も見た。
この他に、マゴト戦で見せた、インプの闘争心を治癒魔法で消し飛ばす技も含めると、英雄姫マナディアがいかにとんでもないのかが分かる。
セシリア、エノアとは違う、搦め手の英雄姫だ。
「これは、俺の出番が無くなるのでは……?」
『それはあり得ません。英雄姫で対処できない強大な敵と戦えるのは、勇者カイルのみです』
そんな敵は、できれば出てこないで欲しいものだ。
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