第67話 再び帝国へ

「ねえ、どう、どう? カイルお兄ちゃん」


 マナディアがニコニコしながら、俺の前でくるりと回る。

 口調がマナのものからバージョンアップされてる……!?

 あざとい。

 教育役はナディアか。恐ろしくあざとい。


「かわいい」


 俺の口からするりと本音が漏れ出た。


「そんなカイル様!!」


 マゴトを仕留め損ない、憤然として戻ってきたセシリア。

 俺とマナディアのやり取りを聞いて、ショックを受けた顔になる。


「大丈夫だよ。わたしがナディアなら、もう死んでいるでしょ。

マナなら、まだセシリアお姉ちゃんのライバルにはならないよ。

子供だもの」


「言われてみれば……!」


 ハッとするセシリア。

 既にマナディアに、手玉に取られている。


 そんなマナディアだが、見た目は俺よりちょっと年下くらい。中学生くらいかな。

 マナとナディアの黒髪は紫色に染まっていて、ツーテールの髪型になっている。

 成長したとは言え、その背丈は一般的成人女性の身長であるエノアよりも低い。


 彼女は紫の、裾が短いローブに身を包み、同じ色の装飾が施された長い杖をくるくると後手で回している。


「カイルお兄ちゃんは、英雄姫をインストールするでしょ?

それをね、わたしも真似してみたの。

ナディアをマナにインストールして、全盛期のナディアの力を取り戻すわけ。

そしたらびっくり!

マナディアは、ナディアよりもずっと強いんだよ!

やったねお兄ちゃん、戦力アップだ!」


 マナディアが手のひらをこっちに向けてきた。

 これはハイタッチの構えだな……!

 俺は彼女の手に、自分の手をぱちんと合わせた。


「いえーい!」


「いえーい!」


 ちょっと楽しくなってきた。


「あっ、ずるいです!」


 セシリアが真剣に抗議してきたので、彼女ともハイタッチすることにした。


「何をしているんだお前たちは……」


 これを見ていたダンタリオンが、心底呆れた様子で呟くのだった。







 マナとナディアは、すぐにまた光に包まれ、分離してしまった。


「楽しかった!」


『その気になればいつまでもインストールしていられますけれど、だんだん、わたくしとマナちゃんの自我が混ざり合っていく感じがしましたわね。ですから急いで分離しましたの』


「そうなのか。

俺が英雄姫をインストールしても、そんな感じはないけどなあ」


『それはスマホが上手く仲介しているのだと思いますわよ。あら、エノアさんお帰りなさい』


 スマホが光り輝き、その中から赤い革鎧を着た弓の英雄姫、エノアが現れた。

 すっかりその表情が無になっている。


「落ち着いた?」


「落ち着いたと言うか、真逆と言うか……。

なんか、うちの存在意義が根底から揺らぐような話はあるし、マナちゃんはナディアと合体して何か新しい英雄姫になるし、黒貴族マゴトは出てくるし……。

うちはもう考えるのをやめたよ……」


「エノアがぐったりしています。よしよし」


「あー、セシリアちゃんが優しい……」


 セシリアに頭を撫でられ、エノアは甘えることにしたようだ。

 セシリアの肩に頭をあずけて、目を閉じて「ママみがすごい」とか言っている。


「とりあえず大変な状況だが、まとめていこう」


 すっかり静かになった川縁で、俺はみんなを集めた。


「レヴィアタンからの話はこうだ。

人と悪魔の戦いは仕組まれていた。本当の敵はガーデンの外にいる」


 地面に絵を描いて説明する。

 大きな丸はガーデン。その外側に、敵、と書く。


「悪魔は、人間に戦うことを忘れさせないために戦争を仕掛けていた。

でも多分、そこで利益とか色々なものができたんじゃないか。

だから、今の状況を変えたくない悪魔がいる。それが黒貴族」


 大きな丸の中に、黒貴族と書いた。


「で、黒貴族は、魔王とはどうも折り合いが悪そうだ。

黒貴族が当主ルシフェルの代理っていうのも怪しい。勝手に名乗ってるだけなんじゃないのか」


「そうだろうな」


 ここで口を挟んできたのがダンタリオンだ。


「四柱の魔王と、黒貴族は基本的に没交渉だ。

その状況を解決すべく、アマイモンが我々のもとを訪れた。

彼は黒貴族の中では、中立の立場だからな」


「ダンタリオンは、魔王と接触できるのか?

レヴィアタンだけじゃなくて、他の魔王と連絡を取ったりとか」


「できない。

当主ルシフェルは聖王国の地下深くにいると言われているが、ガーデンが成立してから千年の間、誰も見たことがない。

サタンはガーデンの壁を作り出したが、やはり千年間彼を見かけたものは無い。

今では、実在しないとすら考えられている。

そして魔王ベリアルは、常にガーデンのどこかを彷徨い歩いているという。

あの方の動向は、例えレヴィアタンであろうと把握できていないだろう」


 魔王は魔王で、面倒くさいことになっているなあ。

 難しい話が続いたので、マナはすっかり眠くなってしまい、ナディアを抱っこしたまま船を漕いでいる。

 そんな彼女を、エノアを寄りかからせたままのセシリアが、ひょいっと抱き上げた。

 セシリアの膝上に乗ったマナは、暖かかったり柔らかかったりで、すぐにすやすやと眠り始めてしまった。


「ガーデンにも色々あるみたいだけど、うちも色々あったもんなあ。

英雄姫マナディアも誕生したし。

……で、ナディア。この間、別の英雄姫の名前を口にしてたけど」


『英雄姫シューファンですわね。双剣を操る、技の英雄姫と呼ばれていましたわ。彼女が現れたファントゥーは、ガーデンが生まれた時に遥か東から来た民が作ったという、独自の国家ですの。今は既に、最前線に巻き込まれて消えてしまっていますわ。あそこは今、黒貴族オリエンスの領土ですわねえ』


「そうか……。聖王国の後は、そっちに行ってみるのもいいかもな。

っていうか、ディアスポラの方向に戻ることにもなるのか」


「ということは、次は聖王国に行くんですか?」


 セシリアが俺をじっと見つめてくる。


「ああ。英雄姫を任命する役割を負った巫女がいるという国、聖王国エルベリス。

そこで何が起こっているのか確認しないとだよな」


 スケジューラーにも、その予定は既に刻まれている。

 だけど、今すぐに旅立つというわけではない。


「とりあえずさ、いったん帝国に戻って、一休みしよう!

エノアもマナも色々な意味で疲れてそうだろ?」


 さあ、一仕事を終え、ガルム帝国へUターンなのだ。

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