第66話 癒やしの英雄姫

 レヴィアタンの洞窟とでもいうのだろうか?

 河の底に広がるこの空間に、振動が走る。

 レイル河めがけて、攻撃を仕掛けているやつがいるらしい。


「障壁を展開!」


『理力の壁でよろしいでしょうか』


 俺は一瞬考える。

 俺が使える壁の魔法は、光の障壁と理力の壁がある。

 前者は魔法に強く、後者は物理攻撃に強い。

 即座に決断する。


「俺は光の障壁を詠唱する。ヘルプ機能は理力の壁を同時詠唱」


『了解、詠唱を開始します』


 俺は戦いの準備をしながら、階段を駆け上がっていく。

 その後ろを、セシリアがマナとナディアを抱えて、猛スピードで追いかけてくる。


「ナディア、戦闘に入ったらあなたに任せて本当にいいんですか?」


『もちろんですわよ。仮にも英雄姫。わたくしの自衛能力はちょっとしたものですから。マナちゃん、準備しますわよ!』


「? おう!」


 マナは分かって無さそうだ。

 しかし、良いお返事をする。

 これは、ナディアとマナの本気が見られるか?

 でも、ちゃんと守る用意はしておかないとな。


 俺たちは水面へと飛び出した。

 すると、今まさに、対岸から魔法が飛んでくるところだった。

 それは、一見して巨大な泥玉。しかし、それが魔法で螺旋の動きを加えられ、まるでドリルのように回転しながら突っ込んでくるのだ。


「二重障壁、大正解!」


 俺は魔法の前に立った。

 降り注ぐそいつを、真っ向から受け止める。

 飛び散る泥の飛沫。

 障壁と魔法がぶつかりあい、衝撃波が周囲に広がった。


「あーら、残念ねえ」


 甘ったるい感じの女の声が聞こえてきた。


「あぶり出して、一撃で決めようと思っていたのだけれど……用意周到なのね、ボウヤ」


 なんだか、耳に絡みつくような声だ。

 なんだこれ。


『黒貴族マゴトの言葉は、相手を魅了する力を持っています。魔なる蛆と称され、脳内に言葉の蛆を忍び込ませることで相手の思考を操ります。ただ、女性に対してのみその効果は薄れるため、ガルム帝国は彼女と戦うことができるのです』


「男殺しの黒貴族か。たち悪いなあ……。

ま、英雄姫は基本的に女だから問題無さそうだけど。

ヘルプ機能、水上歩行で行くぞ。一旦あいつと同じところまで行って、セシリアが動けるようにする」


『了解、詠唱を開始します』


 スマホが新たな呪文を詠唱し始めた。

 これは簡単な魔法だから、すぐに発動する。

 水面は道のようになり、俺は降り注ぐ泥の雨を防ぎながら、仲間たちを向こう岸まで誘導する。


「お前たち! 勇者がやってくるよ! お行き!」


 マゴトの声が響き渡った。

 何か来るぞ。こっちは黒貴族の姿だってまだ見てないのに、次々仕掛けてきやがる。

 襲いかかってきたのは、昆虫の羽を生やした小悪魔たちだった。

 それが手に小さな槍や短剣を持ち、めちゃくちゃに突いてくる。


「数が多い! さすがに壁で防ぎきれないぞ!」


「私が散らします! たああああああっ!」


 背後で、セシリアが槍を振り回す音がした。

 小悪魔が悲鳴を上げながら、回転する槍に巻き込まれて倒されていく。

 だが、まだまだ数が多い。


『ここはわたくしたちの出番ですわねえ。行きますわよ、マナちゃん』


「おう! 秘密のれんしゅうしたやつだな!」


 なにっ!?

 障壁の外に、マナとナディアが飛び出していく。

 危ない!


 だが、俺の目の前で信じられないことが起こる。

 マナの肩にナディアが飛び乗り、その瞬間、二人がピカッと光り輝いた。

 群がる悪魔たちも、一瞬目を眩まされたようだ。

 そして光の後にいたのは、マナを十歳くらい成長させたような女の子だ。


 セシリアのイメージカラーは白。

 エノアは赤。

 新たに現れた彼女は、紫。

 その色に染められた衣装を纏い、手には飾りのついた長い棒を握っている。


「さあ、いっくよー!!」


 くるくると棒が回転した。

 近づく悪魔たちを、棒が薙ぎ払う。

 それと同時に、棒の先からふわふわと光が舞い散った。

 悪魔が光に触れると、彼らの顔がとたんに、呆けたものになる。


 殴り倒されるか、光によって無力化されるか。

 小悪魔たちがあっという間に、その数を減じていく。


「な、何をやってるんだ!?」


 俺が混乱していると、すかさずヘルプ機能が説明してくれた。


『英雄姫マナディアは、杖術と癒やしの魔法を同時に使用しています。癒やしの魔法により、悪魔の戦意を癒やし、闘争心を沈静化させています。悪魔たちは当分、戦うこともできなくなります』


 なんと。

 平和的だが、恐ろしい力だ。

 落下した悪魔は障害物となり、後から来る悪魔の邪魔になる。


「なにっ、このいやらしい魔法は!? あんた、まさかナディアなの!? あんた死んだんじゃ無かったの!?」


 マゴトが焦りを滲ませた声で叫ぶ。


「わたしは死んだよ! だけど、マナと一緒になってこうしているの。

知ってるよ。マゴトは小悪魔を、決まった数しか操れないでしょ。

小悪魔が倒されないと、新しい小悪魔を召喚できない。

だから、こうして無力化したら、いなくなってないわけだからマゴトの武器だけがなくなるの」


 なるほど。

 ところでヘルプ機能。

 さっき、マナディアって言ってたな。二人が一緒になると、そういう英雄姫に変身するってことか。

 まるで魔法少女だ。


「いい感じですね! では私はマゴトの首を刈りに行きます!」


 マナディアの横を抜けて、白い旋風が走った。

 セシリアだ。

 まだマゴトの姿が見えないって言うのに、そんなことお構いなしに、声が聞こえて魔力を感じる方に突っ走っている。


「セシリア、援護するぞ! ちょうど俺はエノアをインストールしてるからな」


 俺の身体に、赤い鎧が出現する。

 そして、スマホが輝き、エノアの弓に似た形の光を生んだ。

 見つめる先は、マゴトの声がしてくる方。

 一見して茂みなんだが……。


「射撃!」


 俺が一射浴びせかけると、茂みが散り散りになって消滅した。

 マゴトが作った幻か。

 そこに、何か羽虫の群れを纏った者がいる。


「せええええいっ!!」


 裂帛の気合とともに放たれる、セシリアの槍。


「くっ!! 洒落にならないわ!!

計算外のことが立て続けに起こってるのに、その場に留まるのは馬鹿のやることよ!!

きっとおじさまだって分かってくれるわ!」


 そんな声が聞こえた。

 羽虫の群れは、セシリアの槍が生み出す音速超えの衝撃波に砕かれる。

 だが、槍を紙一重で躱した何者かがいた。

 黒いドレスの、セシリアと同じくらいの背格好をした少女だ。

 彼女は俺たちを睨みつけると、


「覚えてろ!」


 と捨て台詞。

 次の瞬間には、馬鹿でかい蚊柱をその場に生み出した。

 彼女は蚊柱の中に消えていく。


「あれが、黒貴族マゴトかあ」


 一瞬だったが、姿はちゃんと見た。

 人間っぽい外見をしてるんだなあ。

 そして、おじさまって誰だ。


「やったー! 勝ったー!」


 無邪気に、マナディアがはしゃいでいる。

 こっちもこっちで、計算外だ。

 嬉しい計算外なんだが……。

 いつの間に変身の練習なんてしたんだ?


 後でナディアを問い詰めねば。

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