第65話 この世界について
『勇者カイルよ。はじめに問います。あなたはこの世界をどのように感じていますか?』
いきなり、ふんわりした質問が来たな。
俺は一瞬考える。
「理不尽な世界だ。
人間は悪魔と戦い続けなくてはいけないし、そのために、英雄姫が犠牲になってる。
だけど最近思う理不尽は違う。
それは、この理不尽は誰かが用意したものじゃないかって思うからだ」
レヴィアタンの幻は目を閉じた。
そして深く頷く。
『その通りです。これは、人間に戦いを忘れさせぬため、我らが仕掛けた戦いです』
「やっぱり!!」
薄々感じていたことだが、それを悪魔の大ボスみたいな魔王から聞くと、結構衝撃がある。
人と悪魔の争いは、マッチポンプだったのだ。
マッチポンプにしてはスケールがめちゃめちゃ大きいし、人は洒落にならない数が死んでるらしいし、あまりにも長く続きすぎているけれど。
「やはり悪魔は滅ぼさないといけないですね!」
ちなみにセシリアはよく分かってない。
というか、彼女は言葉の裏を読むということが苦手らしくて、レヴィアタンが話した「悪魔が戦いを仕掛けた」だけを聞き取り、怒りを燃やしている。
これはこれで、彼女らしいのでいいと思う。
むしろ、言葉の裏を読んだりするのが得意らしいエノアが、顔面蒼白になって口をパクパクさせているのが心配過ぎる。
『あー、やっぱりそうでしたのねー』
ナディアの反応はもう驚かないぞ。
この人、ずっとガーデンを調査してて、自分でもこの結論に辿り着きつつあったみたいだ。
『では勇者カイルよ。これからガーデンの置かれている状況と、敵についての話を……』
「ちょっとストップ。レヴィアタン、待っててくれ。うちのメンバーで一人がやばい」
俺は慌ててエノアに駆け寄った。
うわあ、いつもはお姉さんぶってる人が、真っ白な顔でひゅーひゅー息している。
過呼吸だ。
「エノア、落ち着いて、落ち着いて。
めちゃくちゃショッキングだったのは分かるけど、多分この後、もっとショッキングな話が来るから」
「ま、マジで……!?
うち、死んじゃう……。感情の整理がおいつかないぃ」
いかん、エノアがしおしおになっている。
「ヘルプ機能、なんとかならない?」
『エノアを一時的にインストールしてはいかがでしょうか。勇者カイルと一体化させることで、知覚や思考を同調させることができます』
「それだ。
悪いけど、インストールするぞ、エノア」
返事を聞いている暇はない。
「エノア、インストール!」
ブレイブグラムを開き、エノアのアイコンからインストールを選択する。
すると、彼女の体は光に包まれ、粒子になってスマホに吸い込まれていった。
「うわーっ」
びっくりしたのはマナだ。
いきなりエノアが光になって消えたもんな。
「エノアの姉ちゃんがきえたー!! なんだよこれー!」
「大丈夫、エノアはこのスマホの中にいる」
「わかんないってー!」
「魔法なんだよ。だから大丈夫」
「魔法なのかー!」
納得したようだ。
マナは物わかりが良くて助かるなあ。
「じゃあ今度、おれも魔法でその中にいれて!」
「ええー」
子供の考えることは分からないなあ……。
いや、俺も未成年だけども。
そして俺、頭上から注がれる視線を思い出してハッとする。
「あ、ごめん。ちょっとこっちの事情で取り込んでて」
レヴィアタンは無表情のまま頷いた。
『英雄姫にとって、己の存在意義を揺るがされる話です。無理もありません。むしろ、なぜ彼女は平気なかおをしているのですか』
レヴィアタンが言う彼女というのは、間違いなくセシリアのことだろう。
すぐ横で槍を構えて、まだレヴィアタンと戦う気満々だな。
衝撃的事実を聞いても、理解しているのか理解していないのかさっぱり分からない。
「セシリア、あのさ、レヴィアタンが言ったことは多分理解して……いる? いない?」
「何を言うんですかカイル様。私だってそれくらい分かります!
つまり、悪魔が人間を襲っていたり、私たちが戦っていたのは全部別の目的の準備だったのでしょう?
だからといって、悪魔と戦う私の役割が変わるわけじゃありません!
悪魔以外が出てきても戦ってやっつけるだけです!!」
むふーっと鼻息も荒く宣言する。
おお、ちゃんと現状を認識している。
セシリアが平気そうなのは、彼女、めちゃくちゃ精神がタフなんだな。
何もかも、どう戦うかに帰結する、戦闘民族みたいな物の考え方をしている。
『なるほど。彼女があなたを召喚できた理由が分かりました。最後の英雄姫と、規格外の勇者。この組み合わせは必然だったのでしょう。あるいは、ルシフェルはこれを見越してガーデンを……』
「セシリアがそろそろ突っかけそうなので手短に……」
『失礼。私たち悪魔には寿命がないため、どうしても気が長くなってしまいます。勇者カイルよ。あなたが戦うべき相手は二つ。このガーデンの状況を良しとする黒貴族の派閥。そして、ガーデンの外にて、今もこの壁を突破しようとしている天使の軍勢です』
「天使の存在はこの世界の人たちには秘密にされてただろ。あれはどうして?」
『人の脳はそれほど多くの情報を受け入れられるようにはできていません。近々の脅威としての悪魔。これだけあれば、彼らは常に脅威と隣り合わせで生きているという気持ちになるでしょう』
「すごく合理的だ……。
まるで、魔王と言うか、世界を管理するコンピューターみたいだな。
……っていうか、黒貴族の派閥までいるとか。
悪魔も一枚岩じゃないのかよ」
俺の呟きに、ダンタリオンが答えた。
「我々魔王派の悪魔はむしろ少数だ。他は、黒貴族におもねっている。
我々は管理派と呼んでいるがな。
管理派の首魁はベルゼブブ。それに、アスタロトとマゴトとペイモン、オリエンス、アリトンが賛同している。
アスモデウスとアマイモンは中庸。魔王派と管理派のどちらにも与していない」
俺たちはアスタロトとアスモデウスを倒したから、管理派と中庸側、両方を削ったことになるのか。
「問題は山積みってことだな。
それは分かったけど、あんたが信用できるって証拠はあるのか?」
レヴィアタンは目を見開く。
『どこまでが真実で、どこまでがまやかしか。他者の口から聞いたことであなたの世界は規定されるのですか?』
「自分で確かめろってことか。もっともだな!」
俺は勇者。
向こうは仮にも、魔王を名乗る存在だった。
信用なんかできなくて当然だな。
だけど、ちょっとでも真実があるならそれでいいか。
そこら辺を確認する手段は、俺には幾らでもある。
というところで、いきなりスマホが唸りだした。
『警告、警告です。勇者カイル、外部に複数の魔力反応です』
「しまった、後をつけられたか!」
いつもは余裕そうな顔をしているダンタリオンが、初めて焦りの表情を浮かべた。
「つけられたって、誰に?」
「この地域で魔王派の活動をよく思わない者など決まっている!
黒貴族マゴトだ!」
うわっ、いきなりやばい雰囲気だ。
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