第60話 スイートルームとスケジュール整理

 通されたのは、見たことがない形式の宿だった。

 何ていうか、壁も床も天井、全て草を編んで作られた宿。

 屋根には幅広の葉っぱをいていて、雨の心配はないみたいだ。


「なんだろう。こう、初めての質感かも」


 ガルム帝国のマナーだと言うので、俺は早速裸足になって床に降りてみた。

 おお、踏み心地がいい。

 何ていうか、畳を思い出すな。

 俺の祖父母の家にまだ畳の間があって、そこを素足で歩くとこんな感じだった。

 いや、こっちの方が目が粗いな。


「うひゃー!!

なんだこれー!」


 マナは早速裸足になって、大喜びで部屋の中をドタバタ走り回っている。


「足の裏ちくちくするー!」


 床に寝転がって、けらけら笑う。

 可愛い。


「マナ! もう、はしたない!

カイル様が見てますよ!」


「えー?

カイルの兄ちゃんは別にいいだろー?

セシリア姉ちゃんも靴脱いでこっち来なよー」


「んもー」


 セシリアが呆れ顔で、でもマナー通りに靴を脱ぐ。

 ちなみに、セシリアの靴はしっかりしてて、エノアとマナはサンダルっぽい。

 俺の靴はセシリアとお揃い。

 戦闘用なのだ。


「そんなに心地が違いますか?

私、前に来た時は岩の中のしっかりした部屋に泊まったから……うひょ」


 草で編まれた床に足を下ろした途端、セシリアの目が丸くなった。


「うひょ?」


 妙な声を出したセシリアを、エノアがにやにやしながら見つめる。


「な、なんでもありません!

む、むうー!

足の裏がちくちく、さわさわします!

靴を履かないで部屋の中を歩くなんて……な、なんでしょう。

背徳的な気分です」


 セシリアの真っ白な足が、緑の床を恐る恐る歩いていく。

 始めは硬かった彼女の表情が、徐々に綻んでいくのが分かる。


「これ、なんだか気持ちいいですね……。

それに、この部屋、とっても涼しいです」


「ほんと? じゃ、うちもやるー!」


 エノアがサンダルをぽいぽいっと脱ぎ捨てて、部屋に飛び込んできた。

 すごい震動だ!

 この部屋、実は岩山から突き出した柱に吊るされていて、とても風通しがよくできている。

 なので、震動が加わると部屋がぐらぐら揺れるのだ。


「エノア、ジャンプ禁止!」


 俺は慌てて彼女を制止した……が、弓の英雄姫は面白がって、笑いながらジャンプしている。

 マナはキャーッと悲鳴をあげながら……いや、あれは笑ってるな。部屋の中をごろごろ転がってる。

 セシリアはおろおろしているようだ。


「ええい、仕方ない!

ジャイロアプリで固定して……行くぞ!」


 俺は揺れの中、平衡感覚を保ちながらエノアに向かって突き進む。

 と言っても、そこまで広くない部屋だ。

 すぐに彼女に辿り着き、ジャンプしたところをキャッチした。

 ちょうど、彼女を抱き上げたみたいな格好になる。


「ひょっ!?」


 エノアが驚いて、一瞬静かになる。


「エノア、ジャンプは良くない。

部屋が吊るされてるんだから、ショックを加えたらやばそうじゃないか……!

それマナは怖がってないけどアレでセシリアがアレで……」


 俺は話している内に冷静になってきた。

 今の状況。

 傍から見ると、俺がエノアを力いっぱい抱きしめているみたいになっているのでは?

 むむっ、エノアのいい匂いがする。


「か、か、カイルくん!! 

うちの胸に鼻息が当たっております……!」


「これは失敬!」


 俺が手を離そうとすると、エノアはなんと、両手で俺の頭を抱え込んできた。


「うわー、揺れがー」


 棒読みの悲鳴だ!

 俺は彼女の胸に顔を押し付けられる形になってしまい、大混乱だ。


「エノア姉ちゃんがカイルの兄ちゃんにしがみついてるー」


「なんですって」


 セシリアの凄く怖い声が聞こえたぞ。


「いやいやセシリアちゃん、これは不可抗力というやつだよ……!

うちも部屋の揺れに耐えきれず、思わずカイルくんをだね」


「揺れを作ったのはエノアじゃないですか!!

離れて! カイル様から、はーなーれーてー!」


 うわあっ、セシリアが参戦してきた!


「ひえー! セシリアちゃん落ち着いてー!」


「これが落ち着いていられますかー!!」


 ということで、俺たちの宿は大いに揺れ、帝国の兵士が慌てて様子を見に来るような状況になったのである。








『若いっていいですわねー』


 ナディアが皮肉っぽく言うと、部屋の隅っこで正座しているエノアとセシリアがぴくっと反応した。

 とりあえず、あの二人は反省モードなのだ。

 俺はと言うと、大変な目にあって大変興奮してしまったので、ずっと深呼吸を繰り返している。


「カイルの兄ちゃんだいじょうぶ?」


「ありがとうマナ。

マナはいい子だなあ」


「そお?

おれはすりとかしてたし悪い子なんだけどー」


「今はいい子なんだ」


 俺にくっついてきてもみくちゃにしたりしないしな。

 思えば、とびきり可愛い女子二人と旅をしていて、しかも俺はお年頃なのである。

 ここまで自制している鋼の精神を褒めて欲しい。

 いや、多分自制できているのは、スマホのセキュリティアプリのお陰という気もするけど。


『カイルさん、普通に手を出しちゃってもいいのではありませんの? できたらできたで、まあその時ですわよ』


「だめだろー!?

っていうか、セシリアにエノア、ナディアと英雄姫を仲間にして、世界の様子もなんか伝承の通りじゃないみたいな話になってきてるところじゃないか。

絶対、今って一刻一秒を争う大変な時期じゃないのか?」


『間違いなくそうですわね』


「そんな時期に、俺やセシリアやエノアが身動き取れなくなったらどうなるよ」


『世界の終わりかも知れませんわね! まあ、わたくしはもう死んでるのですけど!』


 おほほ、と笑うナディア。

 この人も無責任だ!

 俺に味方はいないのか。


『ヘルプ機能はいつも、勇者カイルをサポート致します』


「おお、ヘルプ機能……!!」


「やめてー! 私の声でカイル様を誘惑しないでー!」


 セシリアが悲鳴を上げた。

 そうか、そういうことになるな。


『とまあ、冗談はここまでにしておいて。今後の流れについて、わたくし、考えをまとめておりましたの』


 ナディアが真面目な声を出した。


「今後の流れと言うと……。魔王レヴィアタンに会う話だろ?」


『ええ、そうですわね。明日大神殿に行き、魔王との伝手を作ります。そしてレヴィアタンに会い、話を聞く。その後ですわね』


「その後か。

すっかり、魔王に会うのがいちばん重要なイベントみたいに考えてた」


『レヴィアタンは、大地を支える魔王と言われていますわ。確かに重要な存在ですけれど、それはわたくしたち英雄姫とは直接関わりがありませんの。むしろ、カイルさんが知るべきは……英雄姫に関わる根幹の部分ですわね』


「根幹の……」


 その時、スマホが自動的に地図アプリを展開する。

 俺たちの居場所を示す、地図上のカーソルが移動した。

 そこは、今まで旅してきた場所を世界の外縁だとするなら、内側。

 広大な内海に面した、まるで世界の中心みたいな場所だ。


『聖王国エルベリス。わたくしたち英雄姫を選定する、聖王女が代々生まれる土地であり、今やその命脈が尽き、歴史的役割を終えようとしている場所ですわ』


「そうか……! 確かに、一度そこに行かないといけないよな!」


 大神殿、魔王レヴィアタン、そして聖王国。

 予定がたくさんあるぞ。


『スケジューラーに登録を完了しました』


 そして、きっちり仕事をしてくれるヘルプ機能なのだった。

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