第59話 女帝との会見

『あら、話していませんでしたかしら? わたくし、当時のガルム帝国で皇位継承権第二位を有していましたのよ? ですけれど、英雄姫として選ばれましたので諸国漫遊の旅に出ましたの』


「初耳過ぎる!」


 ナディアのひどい暴露を聞きながら、俺たちは女帝ディアナと向かい合う。

 国家と英雄姫が相対した時、上位になるのは英雄姫だ。

 この世界ではずっと昔から、そう決まっている。

 ということで、女帝が跪いた。

 何度見てもすごい光景だなあ。


「いらっしゃったご用向はなんでしょうか」


 ディアナの問いに、セシリアは鷹揚な仕草で頷く。


「ガルム帝国の状況を端的に教えなさい」


「はっ。担当の者を呼びましょう」


 ディアナが立ち上がり、手を打つ。

 すると、頭の良さそうな小太りの男性がトコトコやって来た。


「私の夫です」


「どうもどうも」


 小太りの男性はカシアスと言い、女帝の夫……皇配であるそうだ。

 そして、ガルム帝国の内政を管理する仕事をしてるとか。

 この国では、表立った仕事を女性が行い、その補佐を男性が行う。

 政治を行う女帝ディアナのために、カシアスはサポートしているのだろう。


「現在、西方地域にて黒貴族マゴトの軍勢と戦闘を行っています。

それなりの戦闘規模で、これにはおよそ一月かかるものと見られます。

これは三年に一度程度発生する大規模戦闘の一つです。

英雄姫様の出てくるほどのアクシデントは発生していないかと……」


「そう。ありがとう」


 セシリアが頷くと、カシアスは一礼して退出していった。


「どういうこと?」


 俺の質問に、セシリアが答える。


「ガルム帝国は、戦力のレベルで言えばガーデンでも有数の強さを誇るのです。

黒貴族本人が出てこない限りは、悪魔に引けを取るものではありません。

私が以前、一度だけ滞在した時は、この国の将軍たちと肩を並べて戦いました。

皆、強い方たちでしたよ。

今の私は、あの頃よりももっともっと強くはなっていますけど」


 最後にサラッとセシリアのアピールが入ったな。

 彼女はちらちら俺を見てくる。

 うん、何を求められているか何となく分かる。


「そうかあ。セシリアは凄いな」


 彼女の肩に手を置くと、セシリアは素晴らしい笑顔になった。


「セシリアちゃん、分かりやすい……」


『英雄姫としての威厳ある態度と、乙女としての態度と両立できるあたり、何気に彼女は器用ですわよねえ』


「んー?」


 マナはまだ分からなくていいんだからな。


「それから、ディアナ殿」


 セシリアの話が続く。


「帝国の女たちが、勇者カイル様に色目を使います。

このお方は、二柱の黒貴族を倒した真の勇者。

それほどの人物に色目を使うという行為、どのような意味化分かっていますか?」


「二柱の黒貴族を!?」


 女帝の目が驚きに見開かれる。

 この部屋には、彼女以外に護衛の兵士や、大臣らしき女性たちがいるのだが、誰もが驚愕のあまり物も言えないようだった。


「な……」


 しばらく静かになって、ようやく女帝が口を開いた。


「なんと恐れ多い……。

国中に触れを出しましょう。勇者カイル様は、黒貴族二柱を討ち果たした凄まじきお方。

このお方の隣に立とうということは、英雄姫として他なる黒貴族とも戦うことである、と」


「それでいいでしょう」


 セシリアは満足げである。


「そんなんでいいの?

俺としてはあの視線に晒されないだけでありがたいんだけど」


「いいんです。

だって、どれだけ強い戦士でも、黒貴族と相対する勇気なんかある訳がないんですから。

あの次元の悪魔は、眼の前にいるだけで弱い人間なら殺してしまいます。

絶対死ぬと分かってることをするほど、彼女たちも馬鹿では無いでしょう?」


 そういうものなのかな?


「カイルくんカイルくん。うちらを基準にしたらだめだよ?

ディアスポラの王子様も基準にしたらダメ。

あの人だって、多分人間の中では最強クラスの一人だからね?」


「そ、そうなのか」


「そうなの。セシリアちゃんは、こと槍に関しては世界最強。

うちは弓なら最強。

ナディアはなんか適当に」


『こーらー!』


 マスコットのナディアが、エノアの物言いにプンプン怒っている。

 これを見て、マナがけらけら笑った。


 ……というあたりで、この場でできることは終わりだろうか。

 最後に一つ、俺は質問することにした。


「一ついいかな?」


「は、はい、勇者カイル様」


 その場にいた、ガルム帝国の人々全員が頭を垂れる。

 めちゃくちゃ畏れられてる……?

 セシリアの薬が効き過ぎでは。


「あのー、俺たち、魔王レヴィアタンに会うつもりなんだけど、そいつがいる場所は知ってる?」


「レヴィアタン、でございますか。

我がガルム帝国は、レヴィアタンを信仰する国家。

国の中に大神殿はありますが……それが目的では無いようですね」


「ああ。拝みに来たわけじゃなくて、本人と話をしにきたからな」


「では、レヴィアタン大神殿の教主に連絡をしておきましょう。

彼女ならば何かを知っているかもしれません」


「ありがとう」


「勿体なきお言葉」


 一同、さらに深く頭を下げる。

 うわあ、もじもじして落ち着かないぞ。

 俺にとって尊敬のレベルは、畏まってもディアスポラレベル、普通なら都市国家くらいがちょうどいいのかもしれない。


 こうして俺たちは、必要な情報やら何やらを得て城を後にした。

 ちなみにこの城、帰り際にあちこちの部屋をちょっと覗いたのだけれど、石で作られたものではなかった。

 何と言うか、この城そのものが岩山に生えている一本の木らしい。

 通路は石畳で舗装されているけれど、あちこちの部屋は木製の地肌がむき出しで、そこにゴザみたいなのを敷いて直接座るようだ。


 俺とセシリアが覗いたら、部屋の中でお喋りしていた男女は慌てて立ち上がり、ゴザから離れて跪いた。

 なんか悪いことをしたなあ。


『ガルム帝国では、床に直に座るのですわよ。椅子は貴族とか皇族だけのものですし、彼らも普段は直座りですわねえ』


「そうなのかあ。他の国と文化が違うんだなあ」


 新しい国に来る度に、こういうちょっとした驚きがある。

 まあ一番びっくりするのは、セシリアが俺と他の人々で全然態度が違うことなんだけど。


「さあカイル様! 近場に宿を用意させました。

ここで一晩過ごしている内に、女帝が発したカイル様に関する触れは国の隅々まで伝わりますよ。

神殿は明日にしましょう!」


 いつになく生き生きとしたセシリア。

 溜まっていたものを発散した感じ?

 いや、俺や仲間たちに対する彼女と、国家に相対する彼女と、どっちも本当のセシリアなんだろう。

 国家に対する厳しい英雄姫としての顔を久々に出したので、スッキリしているのかも知れない。


「まあ、どっちも結構好きだけど」


 と呟いたら、エノアだけには聞こえたらしい。

 彼女はニヤッと笑いながら、俺の脇腹を肘で小突くのだった。

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