第58話 セシリア、怒る
ガルム帝国は不思議な国だった。
地面から突き出した岩山をくり抜き、あるいはそれぞれの岩山に渡された橋や、山を巻く通り道がこの国の国土なのだ。
だから、ひたすら登ったり下ったり渡ったり。
平坦な道というものがない。
で、どの場所からも、見える風景は絶景ばかり。
「凄いなこれ……! 螺旋階段みたいに、ひたすら岩山を登っていくんだろ?
いや、これ岩山っていうか岩の塔みたいな……中国の山みたいな?」
「ちゅうごく……? それはなんですか、カイル様?」
「ああ、それはね、俺の世界の国の一つで……」
「カイル様の世界ですか!
私もいつか、行ってみたいなあ……」
セシリアが夢見る乙女の目になった。
君が俺の世界に来たら、結構な騒ぎになっちゃうんじゃないかなあ。
「えっ、カイルくんの世界に行くの!?
勇者のいた世界に行くって話は聞いたこと無いなあ。
そう言えば、うちのマユリも何ていうの? ニッポーンって世界から来たって言ってたねえ」
マユリってエノアの勇者かな?
日本出身っぽいとか、いきなり爆弾みたいな情報が来たな!
っていうか、勇者は基本的に俺たちの世界から召喚されてくるのか?
『カイルさん、こっちの橋を渡るのですよ。ほらほら、マナさんをエスコートなさいな』
「カイル様! カイル様の世界のお話、そう言えば聞いていませんでした!
私、とっても興味があります!」
「うちの勇者は女の子だったからねえ。色々カイルくんとは違うかも?」
「お前ら、一度にしゃべるなよーっ!?」
俺の頭はパンク寸前だ。
ただでさえ、あたらしい国にやってきてとんでもない光景にびっくりしているって言うのに。
ちなみにダンタリオンは、国の入口あたりで姿を消している。
これは逃げたな。
『悪魔ダンタリオンは、未知のものを嫌います。ガルム帝国に、三人の英雄姫と勇者。この状況を嫌い、帝国の外で待機しているつもりなのでしょう』
「あいつが魔王のところまで案内してくれるんじゃなかったのか?
外で待ってるんじゃ何にもならないじゃないか」
『最終的には案内するものと思われます』
本当かなあ。
いまいち信用できない。
「うわ、高いー!」
橋の下を見下ろして、歓声をあげるマナ。
手すりがあるから大丈夫だと思うけど、念のため彼女と手をつないで歩く。
小さい子はむちゃくちゃやるからな。
「ね、ね、カイルにいちゃん!
覗きに行っていい? 覗いてみていい?」
「俺が手を繋いでる間はいいよ」
せっかく、こんなとんでもない国に来てるんだ。だめって言うのも可愛そうだもんな。
「うひゃーっ!! たかーい!!」
「すごい光景ですよね……。私は二度目ですけど、いつ来てもびっくりです」
「前よりも橋の数が増えてるもんねえ。
ね、マナ、カイルくん、見上げてみて」
エノアに言われて頭上を見る。
そこには、幾つもの橋に繋がり、宙に浮いたガルムの城がある。
「あれはこの国の城、森の貴婦人。
ガーデン南端にある、悪魔との最前線を守る砦でもあるんだよ」
「へえ……」
俺の中で、この国のイメージは熱帯雨林のアマゾネス。
そこに森の貴婦人と言われると、ギャップがあるなあ。
イメージに関しても、俺の思い込みだけじゃない。
「この方が勇者様?」
「かわいい系男子じゃない」
「やだ、養いたい」
俺を見て、あちこちから女性たちのささやき声が聞こえてくる。
褐色の肌をした、南国らしい露出度の高い格好をして、この国の女子が目をギラギラさせてこっちを見てくる。
貞操の危機を感じる……!!
今までにない危険な国かも知れない。
「みんな。俺はちょっと落ち着かないんだが。
っていうかダンタリオンが入国しなかったのも、この国の女の人たちの目が怖いからじゃないのか?」
『ガルム帝国は、どんな殿方を養っているかでステータスが競われたりもしますもの。カイルさんは可愛い系男子が好きな方々に大変モテるでしょうね。それに将来性もありそうですし、成長した後の姿を愛でる意味では、あらゆる層の女性に……』
「やめるんだナディア」
『勇者カイルに危険が迫っています』
「知ってる。ヘルプ機能もやめろ」
俺が覚えた危機感を察して、セシリアとエノアがそれとなく、この国の女子たちの目を遮るように動く。
あちこちから舌打ちが聞こえた。
こええよ!
「さっさと行こう。この国は今までで一番やばい。
なんでみんな、ギラギラしてるんだ」
『悪魔との戦いの最前線ですもの。
いつ死ぬとも知れぬ身の戦士が多く住んでいますし、この国も幾度となく襲撃を受けていますわ。
だからこそ、みんな自分の血を残すということに貪欲なのですわよ』
「納得した……。
本当に俺の身が危ないかもしれないということも理解できた。
よし、さっさと王城に行くぞ!」
「はい! 全く、カイル様は勇者なのですから、特別な身なのです。
だというのに、まるで普通の殿方であるかのように思うなんて……」
セシリアが、周囲を見回す。
あれっ、なんだか彼女から、黒貴族と戦う時のような気迫を感じるぞ。
「身の程を知れ!!」
セシリアが発した声が、帝国に響き渡る。
それまで、ギラついた目で俺を見ていた女子たちが、一斉に凍りついたようになった。
一様に青ざめ、彼女たちが目をそらす。
セシリアはうんうん、と頷いた後、俺に微笑みかけた。
「これで問題ありません」
「そっかー。
セシリアは武人肌だってこと忘れてたよ」
ガルムの女性たちも戦士であるからこそ、セシリアという英雄姫がどれだけ格が違うのかを理解できるのだろう。
おかげで、妙な視線を感じなくなった。
ありがたいありがたい。
あと、セシリアは怒らせないようにしなくちゃな。
こうして、何事もなく王城へと向かう俺たちなのだった。
セシリアが姿を見せると、門を守っていた二人の兵士は、慌てて道を開けた。
彼女たちの顔は、セシリアへの畏敬に満ちているように見える。
「英雄姫セシリア様! 勇者カイル様! ご入城!!」
踏み込むと、森の貴婦人の中には、跪いた人々で溢れていた。
まるで攻め落とした城に入っていくかのようだ。
「そうだった。
最前線で、英雄姫の権威は絶対なんだったな……」
最近、英雄姫への敬意が薄い国ばかり巡っていたから、これもすっかり忘れていた。
「うっわ、セシリアちゃんすっげ」
『ここまで権威がある英雄姫は武神姫シューファン以来ではないかしら。つまり、五百年ぶりになりますわね』
また新しい名前が出てきた。
名前の響き的に、中国系?
「ヘルプ機能」
『ガーデンにおける東端地方、ファントゥーから現れた英雄姫です。詳しい情報は……』
『そこまでですわね! 皇帝の間に到着ですわよ』
ナディアの言葉で、検索を中止することになった。
そこは、床も壁も天井も、何らかの植物を編んで作られた不思議な空間だった。
壁際に、巨大な生物の骨が飾られていた。
骨は組み立てられ、まるで玉座のようになっている。
一人の女性が、玉座の脇に立ち俺たちを待っている。
「ようこそ、英雄姫よ。そして勇者よ」
精悍な外見の、年齢が良く分からない女性だ。
濃い目の美人だな。
『ガルム帝国皇帝、ディアナ。わたくしの姉の孫にあたりますわね』
「ええっ!?」
またサラッと凄い話が飛び込んできたんだが!?
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