第57話 入国

 いよいよガルム帝国が見えてきた。

 鬱蒼と生い茂る熱帯雨林の中にあるから、分かりづらいかと思ったらひと目で分かる。

 そこは、岩山が林立している場所で、この岩山を改造して国があるのだ。


「あの一番高いところにあるのは……」


『見張り塔です。この土地はスコールと呼ばれる強い雨が降り、その際に高所へ向けて落雷が発生します。見張り塔はこれを受け止め、魔力へと変換して帝国の様々な機関を動かす動力としています』


「思ったよりもハイテクだった」


 俺の頭の中にあるアマゾネスのイメージが砕け散る。


『見張り塔の下、四つの岩山を繋ぐようにして存在するのが帝国の城です。それぞれの岩山は橋で渡されており、その下端に近いほど低層の階級が、頂上に近いほど上層の階級が。頂上間近は僧侶階級の住居となります』


「へえ……なんでそんな街の作り方をしてるんだろう」


『それはですわね!』


 ヘルプ機能の声が変わった!?

 ……と思ったらナディアだった。

 いつの間にかマナから離れ、俺の肩の上に乗っている。


『よく洪水が起きるからですわ。この地方は、一年の半分近くが水没しますのよ』


「なんだって」


 とんでもない話だった。


『過去の画像があります』


「マジで!? 見せて」


 マップアプリが、ガルム帝国地方を映し出す。

 そこからズームして、帝国の帝都が大映しに。

 おっ、251枚の画像がある。

 タップすると、その画像が展開された。


 洪水と言うから、俺は以前テレビで見たような、大混乱の中にあるものを想像したのだけれど……。

 それは、静かな洪水だった。

 森の半分が水没し、周囲の光景は全く違うものに変わっている。

 熱帯雨林が、浅く巨大な湖になっていた。

 森の中を悠然と、大きな淡水魚やワニが泳ぎ回り、その上をガルム帝国の人たちが漕ぐ船が行き来する。


 そこには、普通の生活があった。


 なるほど、だから、水没してしまうところに近い岩山の下には低層階級の人が住んでいるのだ。

 逆に、落雷に近い頂上付近に宗教関係の人が住んでるのは、落雷を魔力に変えるというこの国ならではの理由があるわけだ。


「この世界に来てから、ディアスポラ以上にファンタジーしてる国に来たな……!」


 俺は感心してしまった。


「私はここに一度しか来たことがないんですけれど、その時は今みたいな季節でした。

水没するなんて知らなかったですねえ……」


「あ、うち思い出したよ。

生きてた頃に何回か来たなあ。

船にも乗った!」


 セシリアは俺と同じくらいの認識。

 なんと、エノアは経験者だ。


「エノア、その辺の話を詳しく」


「おれも聞きたいー!」


 馬車の後ろで寝転んでいたマナが飛び起き、エノアの隣に座り込んだ。


「森が水の中にはいるの? すげー。ぜんぜん想像できない」


 マナがドキドキワクワクしている。

 これは可愛い。

 俺とセシリアとエノアが、ついついほっこりしてしまう。


『ちょっとー! わたくしも詳しいのですわよー! およそガーデンで、わたくしが行っていない地方はありませんもの! わたくしに聞くのが筋じゃなくってー!』


「ナディアはほら、日頃の行いが、な」


『むきぃ!』


「まあまあナディア、常日頃の言動がこう言う時に帰ってくるんだって!

んじゃ、うちが一つ、昔話をしてあげよう。

二百年前の話だから、ちょいちょい変わってるかもしんないけどねー」


 俺たちはエノアの話を聞きながら、ガルム帝国へと入っていったのだった。








 眼の前にあるのは、上り坂の吊橋とでも言うんだろうか。


「ようこそ、英雄姫と勇者よ! 

今代の英雄姫は二人もおられるのですね!」


「銀槍のセシリア様と、弓使いの英雄姫様!

お二人がいれば、悪魔なんて物の数ではありません!」


 門番に立っていたのは、精悍な女性たちだった。

 英雄姫は彼女たち、戦う女にとっては憧れを越え、信仰の対象らしい。

 みんな目をうるませて、一部には泣き出している人もいた。


「ええ。私たちが来たからには、悪魔に好き勝手はさせません!」


 セシリアが力強く断言すると、兵士たちがきゃーっと沸く。

 なんか、アイドルのコンサートに来たファンみたいだ。

 セシリアもリップサービスではなく、平常運転だ。幸せな関係かもしれない。


 ちなみに、悪魔そのものであるダンタリオンはだんまりだ。

 存在感を消してきてるので、俺たちの従者みたいなポジションに擬態するつもりらしい。


「そんじゃ、よろしくねー。

しばらく世話になるから」


 エノアが笑いながら手を振る。

 その隣に、恐る恐る、という感じでマナが降りてきた。

 これほど歓迎をされたのは初めてだろう。

 マナの動きがカチコチになっている。


「マナ、落ち着いて。

君が英雄姫になったら、おんなじような大歓迎をされるようになるぜ」


「ほんとかよー。

ひええ、おれ、ぜんぜん落ち着かないよう」


 俺の後ろにサッと隠れてしまうマナ。


『大丈夫ですわよ! わたくしがいれば、マナさんは一年くらいで一人前の英雄姫になりますわ! まずはこのくにで、わたくしの得意技である癒やしの魔法を伝授しますわね』


 得意技だったのか。


 兵士は馬車を先導し、俺たちはその後に続く。

 セシリアやエノアは、憧憬や信仰の視線をいっぱいに浴び、質問攻めに遭っている。

 マナは兵士のお姉さんたちに、可愛い可愛いと声を掛けられ、大変照れている。

 俺は放置。


「……?」


 いや、女性の国だってことは分かってるんだけどね?

 今まで勇者として訪れた国々と比べると、温度差が凄い。

 そうかー。

 あくまでメインは女で、男は補佐の国かー。


『カイルさん、そこはまた複雑な事情がありましてよ』


「複雑な事情だって!?」


『ええ。彼女たちは一介の兵士に過ぎませんが、優秀なサポーターとしての夫を得ればより高い地位へと駆け上がることができますの。そのため、パートナーはとても重要なのですわ。内助の功というやつですわね』


「それ、俺の世界にもある言葉だな」


『きっと同じような意味ですわね。それで、男性の重要性は確かにありますの。その男性が、英雄姫二人とともにいる勇者ならなおさらですわ。カイルさんの価値はとても高いのですわよ』


「なんだって……!?」


『言うなればこれは、兵士たちがあなたを巡って牽制しあっていますの。先に声を掛けたら、周囲の圧力でやられる。でも、声を掛けないと何も始まらない。彼女たちはそんな葛藤の中にあるのですわ』


「うへえ……!

そんなドロドロとした心情が!」


『ま、実際は英雄姫の男を奪える度胸がある女なんか、そうそういないのですけれどね。あーあ、わたくしも肉体があったらなあ。マナさん、早く身体を使わせてくれませんかしら』


「それ以上はいけないぞ」


 危険な思想を口にしたナディアを、俺はチョップで諌めた。

 今はぬいぐるみのような物になっているナディア。チョップが当たったところが、ぶにっと凹んで、すぐに戻った。


『何をしますのー!』


 抗議の声は聞かないぞ。

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