第61話 ガルム帝国やまのぼり

 聖王国へ行く予定を立てたものの、まずは目の前にある目的を果たして行かないといけない。

 俺たちは一晩休んだあと、レヴィアタン大神殿へと向かった。

 ここは、連なる岩山の頂上に存在する。


『上の階層に行くほど、信仰に篤い者が住んでいるのですわ。なぜなら、岩山の上層は寒く、風が強く、日常的に暮らすには厳しい環境ですの。だからこそ、レヴィアタンを信仰する聖職者たちはこの地に住んでいるのですわよ』


「へえー……。住んでいることそのものが修行になっているんだな」


『そういうことですわ』


 上の層へ向かうには、岩山を囲むぐるぐるとした階段を登っていくことになる。

 一段一段は傾斜も緩く、とても幅が広い。

 段ごとに家が建てられているから、急な階段だと建築上困るのかも。


「ガルム帝国は、この階段が国土なんです。

だから、道として使えるように平たく、広く作っているんです。

そのぶん、どうしても歩く距離は長くなってしまうんですけど」


 セシリアの説明を受けて納得する。

 道を行き来するのは、この国の人たちだ。

 女性が胸を張って前を歩いていて、その後ろに男性が続いている。

 上下関係があると言う感じではなくて、男は三歩遅れて女性について行き、サポートするみたいな感じだった。

 仲はみんな、結構良さそうだ。

 彼らの胸には、螺旋を描いた大蛇のペンダントが掛かっている。

 これが多分、レヴィアタンを信仰する証になるんだろう。


「やっぱりチラチラ見られてるねえ。

でも、声をかけようとしてくる娘は減ったみたい?

女帝もきっちり仕事してくれるねえ」


 エノアが周囲を見回しながら言う。


「確かに平和になった気がする。

視線を浴びて肌がチリチリしないしな」


 まだ、こちらをちらちら見る人はいる。

 だけど、厳しいお触れが出たらしく、彼女たちが俺に声を掛けてくることは無いのだ。

 平和だ。


 俺たちはこのような感じで、町並みを眺めながら緩やかで巨大な螺旋階段を登っていく。

 途中、岩山に大きなトンネルが開いている事がある。

 この向こうは、ずーっと奥に橋が掛かっていて、別の街まで繋がっているのだ。

 そしてトンネルの中は、なんと商店街。

 限られたスペースの国だから、どんな土地も無駄にしないんだな。


 魔法の明かりが照らしている中を、みんなで歩く。


「おー!

なんか見たこと無いものばっかりある!」


 マナは興味津々で、あっちの店を覗き、こっちの店を覗き。

 勇者と英雄姫一行の中に混じった小さい女の子ということで、店の人たちは微笑ましげにマナを見る。


「お嬢ちゃん、うちの棒飴食べていくかい」


「えっ、いいのか!」


「もちろんさ! 勇者様に宣伝しといてくれよ!」


「ありがとー!」


 棒に刺さった、赤白黄色とカラフルなぐるぐる巻きの飴。

 マナはもらったこれを、さっそくペロペロ舐めている。

 へえ、これ、この国を形作る岩山の形をしているんだな。

 こりゃ面白いや。


「あ、じゃあ俺ももらっていい?

金は払うから。えっと」


 三人を見回す。

 セシリアと、エノアと……。


『食べますわよ!』


 ナディアもか。


「四本ちょうだい」


「あいよ、ありがとうね勇者様!

さあさあ、ご通行中の皆様方! うちは、なんと勇者様と英雄姫様がたが利用した菓子のお店だよー!

この岩山飴がそのお菓子さ!

勇者と英雄姫の加護が欲しい人は、買った買ったー!」


 おお、商魂たくましい。

 俺たちが飴を買って離れると、店には周囲の人々が詰めかける。


「岩山飴四つ! いや、五つだ!」


「あたしは七つおくれ!」


 にぎやかにぎやか。


「うふふ、カイル様に買ってもらっちゃった」


 ニコニコしながら飴を舐めるセシリア。


「飴おいしー」


 ニコニコしながら飴を舐めるマナ。

 二人並んでいると、姉妹みたいだな。


「ま、お財布はうちら共有だから、買ってあげたとかもらったとか関係ないんだけど……。

こういうのは言う必要無いよね」


 エノアは大人な事を言いながら、飴をガリガリかじった。

 ちなみにナディアは、あのマスコット状態でどうやって飴を食べるのかと思ったら……。

 ウィーンとか言う音がして、ナディアの口に入った飴が削り取られていく。

 掘削機か!?


『なかなかのお味ですわね。死んでからは物を食べられませんものねえ。久々ですわ』


「ナディアは死んだあとの時間感覚があんの?」


 エノアの問いに、ナディアは頷いた。


『無論ですわ。わたくし、残留思念ですけれど、それも魂が入っているほど濃い残留思念ですもの。ずーっと時間を数えていましたわ。ああして放置されていれば、三百年ほどで薄れて消えていたかもですけれど。幸いカイルさんが、数十年で見つけてくださいましたから濃いままですのよ』


「どういうシステムなんだ、残留思念」


 そんなやり取りをしながら、店を冷やかしてトンネルを抜けていく。

 トンネルの中は幾つかに分岐していて、橋に通じる出口、上の層へ出るところ、下の層に向かう所と分かれている。

 俺たちは当然、上に向かう。


「うひー、疲れたようー」


 マナが弱音を吐いた。

 よくよく考えたら、ナディアと契約したとは言え、彼女はこの中で唯一の一般人だ。


「よし、マナ、俺がおんぶしてやる」


「ほんと!?」


「えっ!!」


 セシリア、なんて声を出すのだ。


「カイル様、それなら私が……」


「いや、俺がおんぶした方がいいだろ。だって、セシリアは道案内があるし」


「ううーっ」


 悲しそうな目で見つめてくる彼女。

 ……あれ? これはまさか。


「よし、セシリアが疲れたら、俺がおんぶしてやるからな」


「本当ですか!!」


 セシリアが文字通り、飛び上がった。 

 凄い。

 めちゃくちゃ喜んでる。

 体力おばけのセシリアが疲れるなんてこと、無いような気がするんだけど。


 マナをおんぶして、上層への出口に向かう。

 結構な上り坂だけど、マナ以外の仲間たちはみんな体力に溢れている。

 疲れた様子もなく上りきり、より上の螺旋階段へと到着した。


「これ、トンネルを駆使したほうがショートカットになるな。

岩山をぐるりと一周するより、直線で抜けたほうが短いもんな。

円周率からすると三倍くらい効率的?」


「えんしゅうりつ?

でも、確かに三割強ほどの距離で進めるとは言われていますね」


 セシリアが頷く。

 この世界では、円周率という概念はさほど広がっていないのかも。


 トンネルを抜けてぐるりと歩く。

 またトンネルに入り、抜けて歩いて……。

 昼過ぎくらいには岩山の頂上にやって来た。

 途中、風景がどんどん変わっていくから、飽きることが無かった。


 普通の家並みから、緑が増えて公園のようになり、そして小さなトンネルが無数に開いた、聖職者たちの集落。

 そこを越えると、いよいよ岩山の頂上だ。

 頂上そのものを削り出し、建物の形に整えたものがそこにはあった。

 岩に半分埋まるようにして、荘厳な神殿が存在している。


「ここまで来ると、ちょっと寒いな」


『高度およそ1000mです。地上とは6度気温が違います』


 ヘルプ機能が気温を測ってくれた。

 なるほどなあ。

 天候の変化も凄そうだ。


「さて、神殿に行くとしようか!

今日の観光の締めは、レヴィアタン大神殿だ!」

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