第55話 あっという間に和解

「あっ、ゴメン! うっかりしてたモン」


 光の剣を白刃取りしたままの姿勢で、アマイモンは地面に立った。

 そして、土下座するアンドロマリウスに謝る。

 俺はなんか毒気を抜かれてしまい、剣を消滅させた。


「そっか、アマイモン、もともとラスヴェールのお客さんだったんだっけ」


「そうだモン! お呼ばれして来たんだモン!」


 闘技場で、アンドロマリウスから聞いた話を思い出す。

 彼を迎えるために、アンドロマリウスは色々準備をしていたはずだ。


「あれ? あれえー?」


 駆けつけてきたセシリア。

 俺とアマイモンが戦闘態勢を解き、談笑を始めたので槍を突き出す先を失って途方に暮れている。


 黒貴族アマイモン。

 間違いなく、俺がこの世界で戦った相手の中で最強だと思う。

 だが、なんだろう。

 最強だからこそ余裕があるんだろうか。

 やる気なら戦うけど、相手の事情があるなら戦わない、という柔軟さを持っている悪魔のようだ。


「カイル様、悪魔とそんな馴れ馴れしくするのは……」


「や、うちさ、ちょっとホッとしてるんだよね。セシリアちゃん、こいつはやばいって。

今はやりあったらだめだよ」


『そうですわね。わたくしたちは、どうやらカイルさんが強くなれば、連動して強化されるようですわ。現状のわたくしたちでは、カイルさんの足手まといにこそなれ、あの黒貴族とは戦えませんわね』


「んー? 何かあったのか? 早くて何も見えなかったぞおれ」


 マナはのんきで癒やされる。

 ナディアと契約したことで、精神的にちょっと丈夫になったようだ。

 てくてくやって来て、アマイモンをじーっと見上げている。


「なんだモン? この子、なんか英雄姫の気配が半分するモン」


「深くて浅い事情があってさ。アマイモンは、もう俺とやらないのか?」


 黒貴族は腕組みをして、頭を傾けた。多分、首を傾げたんだと思う。

 こいつの髪の毛は頭の中心にしかなくて、チョコソフトクリームみたいな色と形をしている。

 見た目は凄く間抜けなんだけどなあ……。

 めっちゃくちゃ強いんだよな、こいつ。


「ボクの仕事は北方の管理だモン。

チミみたいな強い子と戦ってみたいのはあるけど、こっちで騒ぎを起こしたら、ボクがラスヴェールに遊びに来てることがバレるモン。

これはベルゼブブにも内緒なので、バレたら気まずいモン」


「遊びに来てたのか……」


 間の抜けた悪魔だなあ。

 こっちまで毒気を抜かれてしまう。


「アマイモン、こっちから攻撃して悪かったな。

俺たち、ダンタリオンと一緒にちょっと行くんで」


「魔王に会いに行くモン?

ダンタリオンたち魔王派は他の悪魔と仲が悪いから、気をつけるんだモン。

あと、ちゃんと謝れるのは偉いモン。今回は許してあげるモン」


 心まで広い悪魔だなあ。

 不満そうな顔のセシリアをよそに、俺はアマイモンと仲直りの握手をした。

 ちょっと試しに鑑定アプリでアマイモンを見てみたら、


『黒貴族アマイモン 等級は魔王級 まだ二段階変身を残しています』


 とか出てきたので、うひょーっとなった。

 どこのバトルマンガのボスキャラだよ。

 第一段階で、スマホの力をフル活用して互角だった。

 黒貴族って、こんな奴がゴロゴロいるんだろうか?

 俺が疑問を抱いたら、マナの頭の上に鎮座しているナディアが答えてくれた。


『わたくしが調べた限りでは、ベルゼブブ、アマイモン、ペイモンの三柱が別格ですわね。他は強力な悪魔というレベルですわ』


「その人形、色々物を知ってるモン。

それからも英雄姫の気配が半分するモン。

二人合わせて英雄姫だモン?」


 鋭いなあー。

 俺、この真ん丸黒貴族がちょっと好きになりそうだ。


「そこんところは秘密で。

じゃあな、アマイモン、アンドロマリウス。あんまり人間をいじめるなよ!」


「いや、俺は俺でかなり上手く人間を管理しているのだが……」


 アンドロマリウスから不満の声が聞こえてくる。

 いや、何と言うかなあ。

 俺からすると結構扱いが悪いように思えたけど……この世界の価値観が違うってやつなんだろうか。

 難しい。

 正義感を燃やして、下手に介入しないほうがいいんだろうか?

 ちょっと考えてしまう。


 俺が難しい顔をしているのを見て、遠くでセシリアとエノアと、いつの間にかエノアの腕にくっついたナディアが何か囁きあっている。

 そして、エノアがセシリアの背中をポン、と押した。

 ラスヴェールの門をくぐる辺りで彼女は追いついてきて、


「カイル様、あまり難しく考えないで下さい!

えっと、価値観、っていうんですか?

そういうのは、カイル様のところは違うんでしょう?

だったら、カイル様がしたいようにしてください!

こっちは色々、間違ってるから私やエノアみたいなのが戦っているんです。

カイル様がいなかったら、私たちが戦っても何も変わらなかった。

だから、カイル様はそのままで、自分のやり方を貫いて下さい!」


「あ、ああ。ありがとう……!」


 真剣な顔でそう言われて、頷く俺。

 で、この言葉って、俺の腕にセシリアがギュッと抱きついてきて言っているのだけど。

 胸が、胸が……!!

 やわらけえ!!

 俺の頭は、すっかりこの感触に埋め尽くされてしまっていた。


「カイルの兄ちゃん、鼻の下伸ばしてるぞ」


『抱きつかせたのは失敗でしたわねえ』


「あれくらいで、いいのいいの」







 外に用意された馬車に乗り、俺たちはラスヴェールを発った。

 ダンタリオンは自分用に、青白い馬を召喚してそれにまたがっている。

 道すがら説明を受けたが、都市国家群には、他に二つの国があり、それぞれにダンタリオンと同じ悪魔がいるらしい。

 みんな、ゴーラムやラスヴェールのように運営されているとのことだった。


「魔王レヴィアタンは南方にいる。かつて砂漠だった大地があり、今は肥沃な森林となっている。

この地下に、レヴィアタンが眠る大空洞が存在しているのだ」


「砂漠からスタートして、熱帯雨林に向かう感じか……。

旅をしてる感が凄いなあ」


 スマホのマップアプリを起動してみる。

 なるほど、俺たちは南下していっている。

 近くに海が見え始めてきた。

 河も多いな。

 ええと……土地の関係としては、中東からエジプトに向かうみたいな感じに見える。

 ガーデンの地形が、地球のそれに対応してたら、の話だけど。


「カイル様、こちらは、悪魔と戦う第二の前線と言われています。

気をつけましょう!」


 ラスヴェールを出てからこの方、ずっと俺の右隣を占拠しているセシリア。

 真面目な顔で言うのだけど、凄く距離が近い。

 腕と腕が触れ合っているのだ。

 むむっ、いい匂いがする。


「あ、ああ、気をつけよう」


「カイルの兄ちゃん、セシリア姉ちゃんが好きなのか?」


『しっ、そういうのは黙って近くでニヤニヤしながら見守るものですわよ』


「まあ、ひと目で分かるよねえ。

これが全然進展しないんだ。

うちにもチャンスがあるかも知れないねえ、むふふ」


 うるさいぞ、外野。

 あと、エノアが不穏なこと考えてる。

 俺は咳払いして、妙な感じになってきた場の空気を変えることにした。


「ヘルプ機能。南方地方の情報を教えてくれ。ざっとでいい」


『南方。女帝が治める、ガルム帝国が存在します。この地方を担当する黒貴族は、“女公爵マゴト”。女帝の国と、女公爵。南方地方は、女性の世界であると言えるでしょう』


 女性の世界!?

 どうやら、今までとは違った冒険になりそうな予感だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る