第54話 アマイモン登場

 何かを忘れている気がする。

 ラスヴェールに巣食う悪魔の件は片付けた。これは、ゴーラムから続く悪魔ダンタリオンとも繋がっていた。

 思ったよりも話の分かる連中で、なんとダンタリオンに案内され、魔王レヴィアタンに会うことに。

 それから、英雄姫ナディアが微妙な感じで仲間になった。

 ナディアは残留思念でしかなく、マナがいないと姿を保てないらしい。


『わたくしはごくごく弱い力しかありませんわ。ただ、幸い、素質のある子が近くにいたので契約しましたの』


「おれ聞いてないんだけど! 

守ってくれるとか言ってたじゃん!」


『あら、マナちゃんが強くなれば自分を守ることができるのですわよ? わたくし、何も嘘を言っていませんわ。見解の相違ですわねー』


 詐欺のやり口ではないか。


「驚きました。マナは英雄姫になる才能があったんですねえ」


「意外だね。世の中、けっこうそういう子はいるのかもねえ」


 セシリアとエノアは落ち着いたものだ。

 自分が英雄姫だから、マナがそうなれるということを、するっと受け止めてしまったんじゃないだろうか。


「あー、一応マナに確認するけど。

この性悪マスコットは、英雄姫ナディアと言って、一応昔の英雄ね。

マナと相性が良かったり、素質があったりするから、口先でたぶらかして君と契約したみたいだ」


『人聞きが悪いですわねー』


「俺は嘘は言ってない。

で、マナ。ここからは君の判断なんだけど……どうする?

この街に残るか、俺たちについてくるか」


 マナは口をへの字にして、唸った。


「ついてこないと、この性悪マスコットは消滅する」


「ほんとか!」


『ちょっとー!』


 ナディアから抗議の声が上がった。

 俺は公平なんだ。

 それに、マナはまだ小さい子供だし、自分で判断させるのは難しいんじゃないか。


「うーん……。でも、ここに残っても……。

おれの仲間とか、みんなすりやってるけど、たまに捕まって死んじゃう奴いるし。

ラスヴェールにいても苦しいまんまだ」


 マナは、セシリアとエノア、二人の英雄姫に振り返った。


「姉ちゃんたち優しいし、カイルの兄ちゃんについてくと、きれいな洋服とかおいしい食べ物食べれるし」


 そう言って、マナは俺の服の裾を掴んだ。


「ついてく!」


「よし、マナ。君は今から、俺たちの仲間だ。よろしくな」


「おう!」


 男らしい返事をして、差し出した俺の手を握り返すマナ。

 彼女の言葉遣いとかも、なんとかしなきゃいけないなあ。

 そんな事を考えながらも、まだなにか忘れているような気がする俺。

 この予感は、次の瞬間裏付けられた。


『警告、警告。極めて強力な悪魔が近づいてきます。警告、警告。現在の勇者カイルが有する戦力では、この悪魔と戦うことは危険です』


 突然、スマホからヘルプ機能の声が響き渡る。

 ダンタリオンやアンドロマリウスの時も、ましてや、黒貴族であるアスモデウスにアスタロトと戦ったときにだって、こんな事は言ってこなかったヘルプ機能がだ。

 これだけの警告をするというのは、よほどじゃないか?


「強力な、悪魔……!」


 セシリアとエノアの顔が、戦う時のそれになる。

 周囲の空気に緊張が走った。

 俺たちを案内すべくダンタリオンが待機していたが、彼は肩をすくめて笑う。


「暴食の王がおいでだ。

我らが主たる、魔王ベリアルとも魔法を用いられなければ拮抗できる怪物だぞ?

あれとまともに打ち合って、一合でも持つ者はこの世界にほとんどおるまい」


 暴食の王……黒貴族アマイモン。

 かつて、アスモデウスすら彼の部下だったという、黒貴族の中でも段違いの力を持つ者の一柱らしい。


「カイルくん、来るよ!

すっごくやばい気配! 影も形も見えないのに、ものすごい圧迫感が近づくいてくるのが分かる!」


 エノアが青ざめている。

 彼女は矢を番えると、まだ見えぬ相手に向かってそれを放った。

 まだ、ラスヴェールの街中だというのに。


「絶技、流星落シューティングスター!!」


 空に向かって飛び上がった矢は、天空からそこに向かって落下していく。

 進む度にその勢いを増し、空気との摩擦でまさに流星のごとく光り輝く。

 向かう先は、城壁。


『アマイモンに仕掛けるのはまずいですわーっ!!』


 ナディアが絶叫する。


「おい、おいおいおいエノア! やばいって!

城壁、普通に兵士がいるんじゃないの!?」


「あっ」


 うっかりした、という顔のエノア。

 俺は話しながら、なんとか彼女の技からの被害を食い止めようと魔法を検索した。

 だが……。


「ふーんっ」


 間の抜けた声が遠くから響き渡った。

 何か真ん丸なものが城壁の向こうから飛び上がり、エノアの流星落と真っ向からぶつかる。

 そして、


「ぺいっ」


 その真ん丸なものは、流星落を造作もなく、手のひらで叩き落としたように見えた。

 空中で爆発する矢。

 爆風を貫いて、真ん丸なものはこちらに向けて跳んできた。


「行きます!! はあーっ!!」


 セシリアが迎撃のために走る。

 疾走と共に、手にした銀色の槍を振りかぶる。


「行けっ……!!」


 投擲された槍が、爆音を立てて真ん丸いものに向かう。


「おっ! ちょーっ!」


 真ん丸いものは、間の抜けた声を上げて、両手をぺしっと打ち合わせた。

 その間に、見事に槍が掴み取られる。


「返すモーン!」


「そんな!?」


 真ん丸が槍を投げ返す。


「シャレになんないだろあいつ!」


 俺は飛行魔法を使い、セシリアの頭上へと飛び出した。


「展開、理力の壁!!」


 光の障壁が生まれる。

 槍は猛烈な勢いでそこに叩き込まれ、壁にはヒビが入った。

 アスモデウスの攻撃ですら、簡単に破られなかった理力の壁がだ。


「多重展開!」


『正しくは重複展開です。読み上げます』


 連続して、理力の壁が生まれる。

 三つ目が出現した辺りで、一枚目の壁が破られた。


「おおっ、やるもんだモン!」


 二枚目の壁の上に、真ん丸なやつが立つ。

 背丈は、俺よりも低いくらい。

 太っちょで、真ん丸な体型で、くるくる髪につぶらな目。

 ええ……。

 こいつがアマイモン……?

 今まで見た悪魔の中で、ダントツで無害そうな見た目なんだけど。


「チミたちが勇者カイルと英雄姫たちだモン? ベルゼブブが褒めてたモン!」


「そりゃどうも! 行くぜ、氷の投擲槍!!」


 理力の壁に、最小限の通り道を開け、そこから白く輝く槍を放つ。

 これを、真ん丸は拳を固めて迎え撃った。


「ちょあっ!!」


 魔法を拳で叩き落とすアマイモン。


「今の、割と危なかったモン! チミ、魔法攻撃力だけなら結構なもんだモン!」


 声が甲高くて、ちょっと舌足らずなので、しゃべる度に緊張感が削がれるなあ……。


「……で、ボクたち、なんで戦ってるモン?」


「へ?」


 アマイモンが、いきなり間抜けな事を言った。

 俺は一種、唖然とする。

 そう言えば、エノアが仕掛けたためにアマイモンはこっちに来たのだった。

 俺も思わず攻撃しちゃった。


「あのさ、もしかしてだけど、あんた、戦う気はなかったりする?」


「ん? やるならやるモン! チミは英雄姫とは違って、割とやりそうだモン!」


「マジかー!」


「マジだモン! ふんっ!」


 今や、十層以上まで重ねられた理力の壁。

 この上に立ったアマイモンが拳を振り上げる。

 そして、一撃。

 十層まとめて、理力の壁が砕け散った。


「嘘だろ!? いや、まあやると思ったけど。

これはあれだな。

ゲームでいう、攻撃力特化キャラみたいな相手だな。

守ったら駄目だ。

回避しなきゃ」


『“敏捷強化アジリティアップ”をピックアップしました』


「サンキュー!」


 俺は空中から落下しつつ、フリック入力。

 黒貴族は、なんと空中を蹴りながら、こっちに近づいてくる。

 さっきから、一切魔法を使っている様子が無い。


「手が届くモン!」


「残念! 届かないぞ!」


 ギリギリで、魔法の効果が発動した。

 俺の動きが早くなる。


「モーン!?」


 アマイモンからすると、俺の姿が消えたように見えたらしい。

 手のひらが空を掴む。

 俺は既に着地して、敵の背後まで回り込んでいた。


『カイルさん! いい感じのところで和睦して下さいませ!

ブレイブグラムを通じて理解する限りでは、この黒貴族とやり合うのはあまりにも分が悪いですわよー!』


「ナディア、情報感謝だぜ! なるほど、確かにこいつは今までの悪魔と次元が違うわ」


「急に速くなったから、びっくりしたモン!

無詠唱で魔法を使うなんて、チミはなかなかやるモーン!」


 地上に降り立ったアマイモンは、ぴょんぴょんと跳ねながら振り返った。


「じゃ、ボクも行くモン!!」


 跳躍が頂点に達した瞬間、アマイモンの姿が消えた。

 いや、視認できないほどの速度でこっちに飛び掛かってきたんだ。

 敏捷強化の魔法で、動体視力も強化されてなかったら分からなかった。

 こいつ、セシリアの最高速度と同じような速さで動きやがる。 

 しかも、音の壁を超えて発生する衝撃波を、何らかの手段で相殺して無音の音速移動をしてくる。


「あぶねっ!」


 これをギリギリで回避する。

 さらに、念のために展開した理力の壁を、アマイモンの指先がガリガリと擦った。

 紙一重だったら、腕や足を持って行かれるなこれは。


「今度は俺の番だ!」


 通り過ぎたアマイモンを、俺は追撃する。

 スマホから光の剣を展開し、その背中に向けて振り下ろした。


「モンッ!」


 空中で反転した黒貴族が、これを白刃取りで受け止める。


「びっくりしたモン!? ボクの超高速移動をかわした上、後ろから攻撃するなんて初めてだモン!!」


「そいつはどうも!

っていうかあんたも、大概反則なくらいヤバイんだけど!」


「そりゃそうだモン。

ボクはガーデンで、一番殴り合いが強いモン!」


 でかい口を叩いているけど、こいつの場合、そのまんまの意味だろうな。

 あまりの高速戦闘で、エノアが入り込めないでいる。 

 セシリアがようやく槍を回収し、俺に加勢しようと走ってきた。

 そこに、飛び込む者がいる。


「待って下さいアマイモン様!!

俺の街が壊れますから勘弁してください!!」


 アンドロマリウスである。

 スライディング土下座みたいな感じでやって来た彼の前で、もつれ合う俺とアマイモンが、ピタッと停止したのだった。

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