第53話 善か悪か?

 アンドロマリウスは、むすっとした顔で転がっている。

 手足をロープで縛られてしまい、何もできないのだ。


「ダンタリオンは戦ってたのに、あんたは戦わなかったんだねえ」


 エノアが不思議そうに言うと、アンドロマリウスがじたばたと暴れた。


「俺は経済活動を得意とする悪魔なの!

悪魔が誰でも、強いと思うなよ!!」


「妙なところでいばる奴だなあ」


 俺はちょっと感心してしまった。


「でもアンドロマリウス。俺たちがラスヴェールに夜に到着したら、門が閉まってて入れてくれなかったぞ?」


 俺の言葉を聞いて、アンドロマリウスが目を見開いた。


「そんな馬鹿なことがあるか。夜に到着したもの専用の割高な宿が、門のすぐ内側に用意してあるのだ。

そこに泊めて、金を稼ぐよう言い渡してあるのに。

兵士どもめ、またさぼりおったな! 奴ら、魔獣の餌に……いやいや、新しい闘技場の出し物にしてやる」


 怒りに燃える悪魔アンドロマリウス。


『ね?』


 マスコットのナディアが、俺に目配せしてくる。

 なるほど、確かに他の悪魔たちとは違うよなあ。

 とても人間的だ。


『わたくしが彼らと話してみても、よろしいですかしら?』


「どうぞどうぞ。っていうか、こういうインタビューはナディアが専門だろ?」


『あら、わたくしの秘密の日記を読んだのですわね。うふふ、カイルさんったら困った人』


 ナディアが意味深な事を言うので、セシリアが目をぎらりと光らせて怖い。


「セシリア、彼女のブログのことだから!

なんか意味ありげな言い回しだけど、言葉以上の意味は無いから!」


「そうでしたか! 良かった……。

でも、実際に姿を表したら、ナディアはなんかこう、私の心をざわざわさせますね……!」


 いけない、セシリアとナディアで、一触即発にしてしまうのは大変まずい気がする。

 ナディアは、彼女と契約しているらしいマナに管理してもらうべきだろうか。


「んお?」


 情況がよく分かっていないマナが、首を傾げた。

 そもそも、彼女はまだ普通の女の子だ。

 俺たちの戦いに巻き込んで良いものなのか……? いや、いけないだろう。

 葛藤している間にも、ナディアによる悪魔たちへの尋問が行われていた。


『お久しぶりですわね、アンドロマリウス、ダンタリオン』


「ああ。お前は先代の英雄姫か。風の噂では死んだと聞いていたが」


『死にましたわね。なので、わたくしは残留思念がカイルさんのスマホで増幅されたものですわ。こうして実体化しましたし、強い後ろ盾も得ましたので、お二人に改めてインタビューをしてみようかと思いますの』


「我らは敗者だ。構わないとも」


「おい、いいのかダンタリオン!」


「この女は生前から、世界中を巡って我々のことを嗅ぎ回っていただろう。

果てはどういう伝手を使ったか、魔王レヴィアタンと接触し、真理の一端に触れている。

今更我々が知る知識を伝えたからとて、我らの主が咎めることはあるまい」


 ダンタリオンが遠い目をした。

 達観してるなあ。


『ええ、あなたがたの主についても存じ上げておりますわ。魔王ベリアルですのね。当主ルシフェル以外の魔王を上にいただく悪魔がいるなんて、最初に知ったときはびっくりしましたわ』


「その通り。ベリアルは我ら四人に命じたのだ。『人に溶け込め。人を管理せよ。争いだけでは人は生きていけぬ。娯楽とは無駄な力。だが、いつか天使が壁を超えてきた時、その力は役立つだろう』と」


『天使というものが何なのかは分かりませんが、ベリアルの計画なのですわね』


 天使!

 聞き捨てならない単語だ。


「待ってくれ。天使って、この世界に存在したのか?

誰も、神のことも天使のことも知らないと思ってたんだけど、まさか悪魔の口からそれが出てくるなんて」


 横入りの形になってしまったが、ナディアは俺に尋問の主導権を譲ってくれる。

 アンドロマリウスは驚いたように俺を見て、すぐに納得した顔になった。


「ああそうか。勇者よ、お前は異世界から来たのだったな。

どうやらそこでは、神と天使がいるようだ。

詳しい知識は俺やダンタリオンでは制限が掛かっていて話せん。

だがこれだけは言っておく。

天使は敵だ」


 無論、悪魔も味方では無いがな、と呟くアンドロマリウス。

 これでおおよそ、彼らが口にできる情報は終わりのようだった。

 制限が掛かっているというのは、この二人の上に君臨するベリアルが、不必要に詳しい情報を流さないようにしているのかもしれない。


「話は終わりましたか?

じゃあ殺しますね」


「ストップ、セシリアちゃんストップ!」


「何をするんですか! 離してエノア!

英雄姫の役割は悪魔を殺すことなんですーっ!」


「今、カイルくんと悪魔が大事なこと言ってたでしょー!

聞こう! 猪突猛進するだけじゃなく聞こう、セシリアちゃん!!」


 エノアの気遣いがありがたい。

 全力でセシリアを羽交い締めしているが、馬鹿力で今にも振りほどかれそうだな。


「セシリア、俺からも頼む。ステイ!

ステイしててくれ!」


「ぶう」


 セシリアがむくれて動きを止めた。

 本能のレベルで、悪魔絶対殺すプログラムみたいなのが仕込まれてるなこの娘。

 アンドロマリウスは、セシリアが暴れだした瞬間に青ざめてびくびくしていたが、今はちょっと落ち着きを取り戻している。


「怖い。何その英雄姫」


「うちの子が怖がらせちゃってごめんね」


 俺は思わず謝った。

 ここで、ずっと黙っていたマナが唸った。


「……でさ、一体何が起きてんの? おれぜんぜんわかんないんだけど」


 確かに、情況がこんがらかってきた。

 ここで一旦、これからどうするかを纏めよう。






 理力の構造体が解かれ、カジノが倒壊していく。

 アンドロマリウスは、これをとても悲しそうな顔で見つめていた。

 争いは何も生まないよな。


「あくまで私とアンドロマリウスが、お前たちの動向を見た上での判断だが……。

勇者カイルという存在は、ガーデンにおける不確定要素であり過ぎる。

これが偶然ならば排除すれば良いが、黒貴族を打ち倒すほどの不確定要素ならば、それは何らかの存在理由があるのではないかと思っているのだ」


『気が合いましたわね。勇者にしても、おかし過ぎますものね』


「でしょう? カイル様は特別なんです!」


 ダンタリオンとナディアの話を聞いて、セシリアが得意げにむふーっと鼻息を吹いた。

 エノアはもうツッコミを入れてくれない。


「詳しい話は制限が掛かっている故、話すことはできない。

だが、時が来たと見ていいのかも知れん。

私は勇者たちを、魔王レヴィアタンのもとまで連れて行くべきではないかと考えている」


「本気か!?」


 アンドロマリウスが、文字通り飛び上がって驚いた。

 レヴィアタン。

 何度か名前が出てきているけれど、確か世界を管理しているという魔王だ。

 似た言葉は、日本ではリヴァイアサンっていうのがゲームに出てきた。

 でっかい蛇みたいなモンスターだったりしたなあ。


「本気だ。私はしばらく、都市国家群を空ける。

アンドロマリウス。お前はラスヴェールで、この国の管理を続けろ。

ついでに温泉都市も管理するのだ。

末端が好き勝手をしている。しっかりと目を光らせろ」


「それは俺の得意とする所だが……。

ベリアルが怒らないか?」


「何があの御仁の癇に障るかは、やってみなければ分からんよ。

セーレとヴァサーゴにも声をかけてみるつもりだ。

動くのは私がやる。お前はいつも通りにやっていればいい。

それこそ、ベリアルが望んだことだろう」


「確かになあ。じゃあ、面倒そうなところは任せたぞ」


 アンドロマリウスは溜め息を吐くと、そのままどこかに消えていこうとした。

 慌ててストップを掛ける俺。


「ちょっと待ってくれ!

いつも通りの運営ってことは、無一文を外に放り出したり、闘技場で戦わせたりは変わらないのか?」


「そりゃあそうだろう。無一文など何の役にも立たないからな」


「その割には、マナみたいなすりの子供は放置されているけど」


「んお?」


 いきなり話題に名前が出てきて、びっくりするマナ。


「警備もタダではない。俺の目が行き届ききっていないのはお前も見ただろう。

お前らを宿に入れず、外で一夜を過ごさせるとは……。金が勿体無い……。

すりの子供などに構っている暇は無いのだ。

そいつらが大人になったら、また話は別だがな。

うちの兵士は、そういう連中に声を掛けて雇っている」


 なんてことだ。

 孤児になった子供を雇用したりもしてたのか。

 ますます、こいつが善なのか悪なのか分からなくなる。


「でも、残酷なのはどうかと思うんだ」


「それはお前の世界の価値観だろう。こっちではこうだ。

処刑は娯楽なんだよ。

よし、分かった。闘技場に出る連中には、同意書を書かせることにしよう」


 悪魔の作った契約書にサインさせると、そういうことらしい。

 大変倫理的に難しいところだけど、いつまでもこの話題を引っ張っていられない。

 俺は仕方なく、そのアイディアで納得することにした。

 そのうち、余計な犠牲が出ないようにできればいいんだけど。


 というわけで、享楽都市ラスヴェールでのごたごたが終わった。

 悪魔に先導され、魔王に会いに行く。

 それが次の目的になるのだった。

 とんでもない話になってきた。

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