第52話 対決、二人の悪魔

「ま、待て勇者たち!! ここにも人間がいるだろう!

どうして平気で襲撃して来れるのだ!」


 焦った様子で、アンドロマリウスが叫ぶ。

 その横で、ダンタリオンはツボにはまったようで、ゲラゲラ笑っていた。


「いや、アンドロマリウス。これは私たちが作り上げてきた世界の、言わばバグだ」


 バグ?

 まるで、俺がいた日本みたいな事を言う。

 コンピューター用語なんじゃないのか?


「彼らは腹を決めてきたのだろう。

最優先は、我ら悪魔の撃滅とする、と言うような。なるほど、英雄姫を人間たちから遠ざけたのは我々だ」


「何をわけの分からないことを言っている!

覚悟!」


 話を聞かないセシリア。

 いきなり槍を振り回して、悪魔たちに突っかけた。

 彼女は、スピードに特化している。

 だから、雑なような攻撃でも、決して無視はできない。


「ぬうおっ!」


 アンドロマリウスは慌てて、腕に巻き付けた蛇を膨らませた。

 蛇が巨大化し、鋼のような鱗でセシリアの槍を受け止める。

 だが、それは英雄姫の勢いを受け止めきれず、弾き飛ばされてしまった。


「セシリアちゃんナイス!

んじゃ、うちも行くよー。絶技、針鼠ヘッジホッグ!」


 エノアは駆け足で屋内を移動し始める。

 それと同時に、彼女の弓が無数の矢を吐き出す。

 標的は全て、二人の悪魔だ。


「まずいな。彼女たちは本気だ。

このままではやられてしまうぞ」


 ダンタリオンは冷静に告げながら、手にした本から次々にモンスターを呼び出している。

 だが、モンスターが形を成す前に、エノアによって撃ち抜かれてしまっている。


「アンドロマリウス、カジノは諦めろ」


「なんだと!?」


「我々が生き残るためだ。

詠唱開始! 炎の矢!」


 ダンタリオンが叫ぶと、彼が背負った人面の曼荼羅が回り始める。

 そこについた顔が、一斉に詠唱を始めた。


「一気に魔法を使おうってわけか!

セシリア、エノア、一旦撤退!!」


 俺は指示を飛ばしながら、マナを後ろにかばった。


「展開、理力の壁!」


 スマホが輝き、全てを防ぐ光の壁を生み出す。

 そこに、セシリアとエノアが駆け込んできた。


「降り注げ、炎の矢よ! 何もかも焼き尽くせ!」


 ダンタリオンの宣言と同時、文字通り雨のように炎の矢が降り注いだ。

 床が焼け、壁が焦がされ、貫かれ、天井が破れ……。


「や、やめろダンタリオン! このカジノは俺の美学が詰まった作りをしていて、構想に三十年掛かったんだぞ!!」


「今は生き残る方が大事であろう。

この責任は、黒貴族のお歴々に請求すればいい」


「暴食の王がそんな難しい話を聞くはずがないだろうが!」


「たらふく食わせれば聞く耳も持ってくれるさ」


 炎の矢が炸裂する轟音の中、なんだか呑気な会話が聞こえてくる。

 なんだろうなあ。あの、悪魔たちに感じる人間味は。


『カイルさんも感じまして? わたくし、何度か黒貴族や悪魔たちと接しているのですけれど、その疑問が浮かんできてから戦う気になれないのですよね』


 ナディアの声が耳元でした。

 俺の腰の辺りに、真っ青な顔をしたマナがしがみついていて、彼女の頭の上にマスコット化したナディアがいるのだ。


『戦えない事はないのですけれど、この世界の姿には、何かが隠されている気がしますのよね。ただ、それを調べるには、わたくしの寿命では足りませんでしたの』


「ナディア! なんか意味の分からないこと言ってないで、対策とか教えて!」


「そうです! ダンタリオンはとにかく物量がひどくて、手出しが難しいんです!」


『情緒の無い娘たちですわねえ。ま、まだ子供ですから仕方ありませんわね』


「ナディア、君の精神年齢って、結構おばあ」


『それ以上言ったらわたくし、どんな手を使ってでもカイルさんの寝首を掻きますわよッ』


「ごめん」


 素直に謝った。


「だけど、悪魔に対する知識が豊富なナディアなら、あいつらの癖も知ってるんじゃないか?」


『ええ。ダンタリオンの攻撃は手数。ですけれど、一つ一つの脅威度は低いのですわよ。セシリアさん』


「はい?」


『あなたの最大の攻撃で飛び込めば、突き抜けられますわ』


「任せてください! カイル様、それじゃあ行ってきます!」


「あっ、せめて炎の矢が止んでからでいいのに」


 セシリアが飛び出していってしまった。


「おおおおっ!!」


 セシリアの咆哮が響く。

 彼女が一歩を踏み出した瞬間に、その姿が消えた。

 その直後に、轟音と、とんでもない衝撃波が周囲に撒き散らされる。

 これはまさか……。


『英雄姫セシリア、音の壁を超えました。彼女の技、超音速突撃マッハチャージです』


 ヘルプ機能がとんでもない情報を教えてくれた。

 なんだそれは。

 人間ができる技じゃないだろ。


「ぬうおーっ!?」


 ダンタリオンの悲鳴が聞こえた。

 炎の矢は衝撃波に吹き散らされ、カジノはズタボロ。

 天井はまるごと吹き飛び、壁は粉々だ。

 床だって今にも抜けそうで、もうもうと視界を粉塵が覆っている。

 やがて、それが晴れたところで、セシリアの槍がダンタリオンを貫いているのが見えた。


「こ……今代の英雄姫、やるではないか。

私が見えてきた英雄姫の中でも、トップクラスの実力だ……!」


「カイル様から力を分けてもらっていますから!

それに、これは周りに被害がある状況じゃ使えないんです」


 鼻息も荒く、ダンタリオンに言葉を返すセシリア。

 そうだよなあ。

 あの技を街中で使ったら、大惨事だ。


「セシリアちゃんも、うちと同じようなの持ってるんだねえ……。

あ、やばいよカイルくん。床」


「え、マジ!?」


 俺は慌てて、マナを抱き上げる。


「ひゃーっ」


 耳をふさいでいたマナが悲鳴を上げる。

 だが、彼女は全く異常が無さそうだ。


『マナさんは、わたくしと契約を結んだ状態ですのよ? つまり、半英雄姫になっていますの。ちょっとやそっとの衝撃波なんて堪えませんわ』


「さらっととんでもない事言うのやめてくれるかな……!

ヘルプ機能! 建物が崩れそうだ。対策は?」


『理力の壁を応用した魔法、理力の構造体フォースストラクチャを使用可能です。完全な威力を発揮するためには、勇者カイルによる詠唱が』


「詠唱流してくれ! フリック入力する!」


 ぐらぐらと揺れ始めたカジノ。

 俺は画面に流れてきた詠唱を、フリックで高速入力する。

 すると、理力の壁が消え、周囲に光り輝く無数の柱が出現する。

 これが、崩壊しかかっているカジノを内側から支えているのだ。


「ええい、こんなところにいられるか!

俺は逃げるぞ!」


 アンドロマリウスは一声叫ぶと、窓に向かって走った。


「逃さないってば! それっ!」


「ぎゃーっ」


 エノアに矢を当てられて、悲鳴を上げている。

 なんだかなあ。

 さて、俺は、カジノの全体を把握しないと。


「ヘルプ機能。カジノのお客の流れはどう?」


『もうすぐ、全員の避難が完了します。理力の構造体により、避難終了までにこの建造物が倒壊する可能性はゼロです』


「よし。じゃあ……」


 俺は英雄姫たちに向かって、手を振る。


「二人とも、悪魔を拘束!

尋問するよー!」


「「はーい!」」


 元気な返事がかえってくるのだった。

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